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「このお花も、家が明るくなります」
「ロズは散った花弁も大事にするから感心するよ。ほら、先日作ってくれた乾燥花弁の匂い袋……これな。売り物にしたいと思ったのだが」
いい香りがするからここにかけようと、店の入口に吊してある。ヤンは看板を仕舞いながら袋をつついた。
「ポプリです。あれは遊びで作ったものですし……すぐ香りが飛んでしまって」
ロズリーヌは散らかったゴミを集めて袋に入れた。
以前、傷ついたりして落ちた花弁を集めて乾燥させ混ぜ合わせて、母が端切れで縫ってくれた小さな袋に入れた。もっとおしゃれな布で袋を作り、口をリボンで結んだりすると、きっと素敵だと思った。
「いや、とてもよかったよ。近所のおかみさんも素敵だと言っていたじゃないか」
褒められたときは嬉しかった。
「香りの強い花弁を混ぜ合わせて作ればいいと思いますが……」
(香りの強いというだけで高値だし、貴族のあいだで人気で売れ残ることはあまりない。仕入れの時に花が落ちていれば別だけれど、生花として売り物にしているのに、ポプリのために使うのは勿体ないし)
エプロンを解いたロズリーヌだった。
「ポプリはこれ? うん、いい香りだ」
背後から、よく通る低い声が聞こえた。振り向くと、長身の男性が立っていた。
「公爵様!」
ロズリーヌは驚いて声をあげた。ヤンも慌てている。仕舞った看板を倒しそうになった。
(テオドール様、またお会いできた)
胸が高鳴る。ロズリーヌは背筋をしゃんと伸ばし出迎えた。
「なんと、いらっしゃいませ」
「やぁ。いい、このままで話を。店じまいの時間に来て悪かった。この近くまで来たので、おふたりの顔を見ていこうと思ってね」
「お気遣い、ありがとうございます」
「先日の、ピンクの薔薇は晩餐会のテーブルにとてもよく映えたよ。ありがとう」
「それはよかったです」
彼はテオドール・フォルチュ。若くして家を継いだ公爵である。
歳はロズリーヌのふたつ上だった。
長身で、癖毛でふわふわした金髪には少々銀色が混じっている。涼しげな目元に填められた宝石のような琥珀色の瞳を持ち、そこにいるだけで人目を惹く。
コーントに1年ほど前から来店するようになった。馬車から降り立つ彼を見て、町を歩く人々がわっと声を上げたほどだった。それに、フォルチュ公爵の屋敷は町から馬車で半日かかるのに、わざわざ出向く。
ロズリーヌが彼を初めて見たときは、この見目麗しい青年があのテオドール・フォルチュだと知らなかったけれど、ひとめで庶民ではないどこかの貴族だと分かったので、緊張して手と足が同時に出てしまった。
公爵だと分かり、ますます驚いたのだけれど。
来るたび、花や野菜などをあれこれと購入していってくれる。そうすると、フォルチュ公爵が立ち寄った店だということで、客足が伸びる。ありがたいことだった。客足が伸びて商売繁盛なのは、彼のおかげが大きいのだ。
(没落貴族の子孫であるわたしなど、こんな風にお話できる身分ではないのに、気さくに……本当に素敵なかただなぁ)
公爵様と呼ばれるのが好きじゃないというので、ヤンとロズリーヌは「テオドール様」と呼んでいる。
ロズリーヌは深呼吸をした。テオドールが立ち寄るのを、心待ちにしている自分がいた。
「なにかお探しでしたか?」
「いや。顔を見に来ただけだから……うん」
テオドールはロズリーヌをじっと見つめて、なにか言いたげだったが、すっと視線を逸らした。そしてポプリに手を伸ばす。
「ところで、これ、作らないのか?」
テオドールの言葉に先に反応したのはヤン。
「テオドール様、わたしの話を?」
「たまたま聞こえてしまってね。俺はいいアイディアだと思うよ」
ロズリーヌは、まさかポプリの作成を薦められるとは思っていなかったので、どう返事をしたらいいのか分からなかった。
(なにを仰っているのかな……)