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結婚式と、そして親しいひとたちだけを集めた披露宴も滞りなく終わった。ふたりとも、すぐに着替えをしてフォルチュの屋敷へ帰ることになった。
そもそも結婚式自体が急がれたものだった。そんなに急がなくてもと思ったのだけれど。
完全な引っ越しは数日先になるのだが、当初の予定では、ロズリーヌだけは数日先にフォルチュの屋敷へ入ることになっていて、普段使う日用品と少しの着替えだけを運び込んで貰っていた。
モネルとヤンのことも発覚したので、モネルを後発の予定にしておいてよかったのかもしれない。
(結婚式が終わったといっても、まだしばらくは忙しいだろうなぁ)
覚えることもたくさんあるだろう。ロズリーヌは支度を整えながら考えていた。
「ああ、くたびれた」
迎えの馬車に乗り込むなりそう言って、しばらく黙って馬車に揺られていたテオドールだったが、ロズリーヌの手を握ったまま眠ってしまった。
彼の寝顔を見ていたら眠くなってきたので、ロズリーヌも目を閉じた。
優しく肩を揺すられ、意識が浮上した。
一瞬、いま自分がどこにいるのか、なにをしているのか理解できなかったけれど、隣にいるひとが現実に引き戻してくれた。
「すみません……眠ってしまって」
「俺もいま目覚めたところだよ。ほら、もう屋敷の門をくぐったところだ」
馬車窓を指さすテオドール。ロズリーヌは、外の景色に目を奪われた。
夕日があと数分で沈みきるという時間だった。僅かばかりの明るさが、景色を視界に留める。
広い。これが噂のフォルチュの庭なのか。植え込みは正しく整えられ、季節に花で彩られていた。ずっと向こうには森が見える。鳥を象った像と、噴水が並び、真っ直ぐ伸びる道は大きな白壁の屋敷へ続いている。
これから、ここで暮らすのか。
「すごい……」
「植物園と果樹園は、屋敷の向こう側にあるから、明日にでも連れて行ってあげる」
「こ、こんなに広くて美しい庭、見たことないです」
「自慢の庭さ」
ふふっと笑うテオドールは「さぁ、到着だ」と手を差し伸べた。馬車が停車すると、前を走っていた馬車からニコロが降りてきて、ロズリーヌたちが乗る馬車のドアを開けてくれた。
「お疲れ様です。到着です」
先にテオドールが降り、あとに続こうと思ったら、下から腰を抱くように降ろしてくれた。
凄く自然に、テオドールはロズリーヌの手を繋ぐ。慣れないから戸惑ってしまう。
重厚な玄関のドアを開け、中に入った。玄関ホールの広さに驚いた。
壁が白く、家具は落ち着いた色合いの木造りで統一されていた。庭も屋敷も広いけれど、華美で目が疲れてしまうような雰囲気ではなかった。花瓶には花が活けられ、植木鉢の緑も美しい。
テオドールとニコロは歩きながらこれからの予定を話している。キョロキョロ上下左右に頭を動かすロズリーヌだった。
「明日は午後から来客があり、打ち合わせとなります」
「ありがとう、ニコロ。今日はもう皆、休むようにしてくれ」
「承知いたしました」
「お茶と、甘いものを少し、部屋まで運んでくれないか」
「手配します」
続けていくつかのやり取りをし、そこで、ニコロと別れる。
(絶対、屋敷内で迷いそう)
「あの、テオドール様。屋敷内の地図などございますか?」
まるでスキップをしそうなほどご機嫌な様子のテオドールがにこやかに答えてくれる。
「うん、あるよ。ニコロに持ってこさせるよ。どうした?」
「広いお屋敷なので、迷ってしまいそうで」
「そうだなぁ。増築を重ねているからね。俺も、何年も足を運ばない部屋もあるし、地下室もあるんだよ」
なんとなく暗いイメージのある地下室という言葉に、ロズリーヌはすっと肩を狭めた。
この国には、罪人などを収容する牢獄を、地下に作る歴史がある。入口をひとつにし、塞いでしまえば逃げることができない。
大きな力を持つフォルチュ公爵の屋敷だ。地下牢があってもおかしくはない。
しかし、近年では罪人は専用の牢獄施設に送られて管理されるので、個人の屋敷に牢獄があっても殆ど使われない。
だから、フォルチュの屋敷にある地下室は、昔は地下牢として使用されたことがあったにしろ、いまはなにか別の用途で利用しているのだろう。もしくはそのままか。
(わたしには縁のない場所ね。好奇心から覗き見たりするかもしれないけれど。そのときはテオドール様に連れて行って貰おう)
階段を上り、また廊下を進む。突き当たりに大きな出窓があって、丸いサイドテーブルの上には白い花瓶に赤い薔薇とカスミ草などが活けてあった。




