Operation#3:コード・ヴェルメリア(11)
突然紅金とのリンクが再開された和仁は、右腕のあまりの痛みに腕を振り払った。するとどうだろう、つい先ほどまでどうしようもできなかった敵戦人機が、呆気なく吹き飛んだのだ。
「何だ、これ……。どうなってんだよ……」
アクチュエータの出力が異常なほど向上している、としか考えられない。
恐らく、先ほどインストールした謎のプログラムが原因なのだろう。だがこんな異常な出力、出し続けていれば機体の方がもたない。
しかし、
「でも、これなら……いける!」
今の和仁に、迷いはなかった。
足元に落ちていた噴粒刀を拾い上げ、敵戦人機に向かって走り出した。
「あっ、くぅ……!!」
腕部と同じく、脚部のアクチュエータも桁外れに向上している。あまりの加速度に、今度は意識がもぎ取られそうになった。
それを気力だけで堪え、和仁は噴粒刀を突き出した。
――――ギギィッ!!
回避されたものの、相手の脇腹をわずかに斬り裂く。すかさず急制動をかけ、和仁は敵戦人機に追いすがる。すると向こうは先ほど和仁がはね飛ばした散弾銃を拾い上げ、今まさにトリガーを引こうとしていた。
左腕に展開されていた仮装粒子装甲は、既にない。和仁は即座に、大きくサイドステップを踏んだ。
直後、真横の地面がえぐれ、近くの木々が粉微塵に消し飛ぶ。
「なんで装甲がもうなくなってんだよ。形状を維持するだけの粒子は、まだあっただろ!」
愚痴る和仁に答えるように、紅金のバッテリー残量が表示された。戦人機がどれだけの時間活動できるかは知らないが、バッテリーは目視でもわかるほど減り続けている。
少しずつとはいえ、これは明らかに異常な減り具合だ。このペースで減り続ければ、あと数分しか持たない。
「バッテリーの節約ってか。こんな時に」
悪態をつきながらも、和仁は地面を蹴った。
立ち止まっていては、いつ散弾の餌食になるかわかったものではない。しかも今は、バッテリーの限界も間近に迫っている。
相手の側面から回り込むように、和仁は紅金を走らせた。敵戦人機も紅金を追って、銃口をスライドさせる。
だが、追い切れていない。後方から聞こえる破壊音を聞きながら、和仁は突然向きを変え、敵戦人機へと肉薄した。移動速度が上がったといっても、純粋な速度は相手の方が上だ。動揺して動きを止めている今しか、撃破するチャンスはない。
しかし、
「くそッ!!」
そう易々と接近する事はできない。接近すればするだけ、射撃の誤差は小さくなる。それも相手は散弾銃なのだから、アサルトライフルと比べれば命中率は段違いだ。
和仁は空中から無理やり地面に足を着け、横に思い切り跳んだ。ふくろはぎの辺りを、ヂリッと刺すような熱さが通り過ぎる。
それでも、動きを止めるわけにはいかないのだ。すぐさま体勢を立て直し、紅金を走らせ続ける。
「ちくしょう、近寄れねぇ……」
射撃の腕と同様に、弾倉交換も恐ろしく速い。お陰で近付くだけの隙すらない状態だ。
これでは向こうが弾切れを起こすより、紅金がバッテリー切れを起こしてしまう。
その前に、決着を付けねば。だが和仁が踏み込もうとする瞬間を狙いすましたかのように、相手は散弾を撃ち込んでくるのだ。
まったく、嫌味なほどにいい腕がいい。
しかし、和仁とて諦められるわけがない。
力を、もっともっと…………力をくれ……………………。
『―ログ―ム【―v――lo―.e―e】は、正常にバージ―――ップしま―た。
搭載機―、拡張。新―に、─来演―シ――ムを、実装し――た』
突然、視界中央に不格好なテキストメッセージが浮かび上がる。そして次の瞬間、和仁の視界にさらなる変化が起こった。
敵戦人機が二機にだぶって見えたかと思うと、片方の機体がもう一機より僅かに先んじて、銃口を紅金へと向けてきたのだ。
――カメラが故障でもしたのか? いや、まさか!!
先に浮かび上がったテキストメッセージが、どのような意味を持っているのか。和仁は次の瞬間に理解した。
かすれていた内容は恐らく、未来演算システム。搭載されたコンピュータによって導き出された限りなく短い先の未来が、和仁の視界に映し出されているのだ。
先に動いている映像に追いついた戦人機が、引き金を引く。だが、紅金は既に回避行動に移っていた。目標を違えた散弾は、無情にも地面をえぐっただけ。
「これなら、今度こそッ」
回避に徹していた紅金は急制動をかけ、敵戦人機へと進路を変えた。和仁は紅金の見せる数秒先の敵の動きを、全身全霊を持って追いかける。
未来演算のできるこの瞬間がきっと、最後のチャンスだ。
もちろん、本当の意味で全てを避ける事はできない。演算によって導き出さええた挙動とは肝心一致するわけではない。
かすめた弾が装甲を削り、被弾を知らせる警告アラームが壊れたように鳴り続ける。そのダメージは直結型アークスを通じて、和仁の肉体まで及んでいた。あまりの痛みに手足の感覚は既に麻痺していてる。
もはやちゃんと動かせているのかどうか、和仁自身にもわからない。
だが、彼我の距離が急速に縮まっているのだけは、はっきりとわかった。
銃口が光った瞬間、肩をヤスリで削られたような痛みが走る。
ふくろはぎに、釘を打ち付けられたような痛みが突き刺ささる。
しかし、直撃ではない。機械の体はまだ動く。そしてまた、今の和仁は痛みだけで立ち止まる事もなかった。
この痛みを乗り越えた先にしか、今の和仁が欲しい物はない、叶えたい思いはないのだ。
だから走る。痛みを耐え、堪え、乗り越えて、その先へと手を伸ばすのだ。
一矢報いる。そんな些細で、自分勝手で、でも誰にも止める事のできない、穢す事のできない思いを掴み取るために。
「これで、終わりだ……!」
ランナー意志に応えるように、右手の噴粒刀へと膨大な粒子が供給される。過剰な粒子は本来の長さを大きく超え、仕様にないはずの大太刀を作り出した。
「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
紅金はその名に冠する深紅の大太刀を振り上げ、大上段から一気に振り下ろす。その瞬間、全ての電力を使い切った紅金はシステムを完全に起動を停止させた。
だが、意識がコックピットに引き戻される間際に、和仁は確かに見た。深紅の大太刀によって、肩から腰にかけて両断された敵戦人機の姿を。




