Operation#3:コード・ヴェルメリア(6)
「二人とも、試験お疲れ様。さちも、付き合わせちゃってごめん」
試験を終えた二人に、郁菜はペットボトルのお茶を手渡す。単座のコックピットに無理やり二人も乗り込んでた上に各種スキンセンサーからもたらされるアラートの雨嵐で、和仁の体力は完全に枯渇していた。
「すげぇ怖かった」
「ワタシは全然疲れてないけどね」
「いいって。私こそ、なんかよくわかんないけど、付いてきちゃってごめん、郁奈ねぇ」
全ての試験を終えた和仁達は、行きと同様に自衛隊の車で寮の近くまで送ってもらった。
もうしばらくすれば、日も沈んで辺りは暗くなるだろう。少しずつ赤らんでくる太陽を見て、和仁は一日の終わりを感じていた。終わってみれば、あっという間の一日であった。
「じゃあねぇ」
郁奈は最後に小さく手を振って、車のドアを閉める。音もなく走り去ってゆく車の後ろ姿が見えなくなって、紗千はようやく大きなため息をついた。
「疲れた?」
「それは、まぁ……。なんか、色々とびっくりした事が多すぎて」
フェリルの問いかけに、紗千は今朝からの事を思い返して苦笑気味に答える。
実は紗千、今朝の食堂で和仁と一緒に早退するからその気があるなら付いて来れば? と挑発をかけられ、お昼までの授業中ずっとどうするか悩んでいたのだ。
見た目のイメージ通り、紗千は友達だけでなく先生達からの信頼も厚い。実に模範的な生徒だ。授業を中抜けするなんて言語道断なのである。
そんな紗千がこんな行動に出た原因は、もちろんフェリルが更なる燃料を投下して煽っていたから。だって、『アンタのカズヒト取っちゃっても別にいいわよね?』なんて言われて、やらないわけにはいかないではないか。
模範生がなんぼのもんじゃい、乙女の青春は今この瞬間しかないんだもん。
そんな一世一代の決意の元に学校を抜け出して二人の後を付いて行けば、自衛隊の駐屯地に行くわ、中から出てきた隊員さんに郁奈の所まで案内されるわ、挙げ句の果てには和仁とフェリルが戦人機のランナーだと発覚し、しかもこれから新しい武器のテストをするので見学していけとまで言われる始末。
しかも中抜けしたと思った授業は、実は早退届が受理されていて合法的に下校していたと来たものだ。
これで疲れるなと言う方が無理な相談と言うものだろう。
「はぁぁ。アレって、本当に大丈夫なんだよなぁ……」
「『アレ』って?」
明後日の方向を向いたまま力なくつぶやいた和仁の一言を、フェリルは耳ざとく聞きつける。
赤味を帯び始めた夕日のお陰でわかり辛いが、血の気のない真っ青な顔になっていた。どうやら、なぜ和仁がこうなっているのかわかっていないらしい。
同じコックピットに乗っていたのだから、少しは察して欲しいものである。
「ビームの銃。壊しちゃったじゃんかよ」
実は新型の仮想粒子装甲展開盾の試験の後、粒子大銃という新型兵装の試験も行ったのだが、なんとこれが試験途中に壊れてしまったのだ。
粒子大銃は特殊な粒子を収束し射出するという機構なのだが、この収束部が異常加熱を起こしてしまったと郁奈が言っていた。
兵装の開発班は、二台目の組み立てに徹夜するらしい。
「あぁ……。何? そんな事気にしてたわけ」
和仁の答えを聞いた途端、フェリルは一気に冷めた視線を向けてきた。
「あれは、新型の粒子大銃の方に問題があったって、カナが言ってたでしょ」
確かに郁奈からはそう言われたが、実際に使って壊してしまったのは和仁だ。異常加熱にもっと早く気付けていたら壊れるまでいかなかったかもしれないのに。
コックピットの中でも、責任は全て木更澤重工業にあるのだから気にする方がバカだ、とフェリルに言われたが、罪悪感のようなものは一向に晴れてくれる気配がない。
「あはははぁ。ヒューマン・エラーって恐いねぇ。えっと、出力数値を、間違えてたんだよね。郁奈ねぇが言ってたけど」
外側から爆発する様を見ていた紗千も、その時の事を思い出して顔をひきつらせる。郁奈が言うには、以前にも木更澤重工業内で実験が行われたのだが、その時の入力電圧の値が本来の紅金の値からだいぶずれていたらしいのだ。
具体的には、一桁入力間違いしていたのだとか。まったく、迷惑な話である。
「普通なら、気付きそうなものだけどね」
苦笑いを浮かべる紗千のつぶやきにも、フェリルはしっかり毒づいた。
「設定したやつがよっぽど無能だったんでしょ。カナが『また開発が遅れるぅ』とか、『納期がぁ……』って頭抱えてた」
うむ、それはなんとなく想像がつく。和仁達の見えないところでやってそうだ。
郁奈は見た目のだらけっぷりとは正反対に、責任感はけっこう強い方なのである。ただし、自分のことに関してはとことん無頓着だ。
「それじゃ、私はこれで。二人とも、また明日ね」
「あぁ。またな」
「お疲れさま」
紗千は名残惜しそうに和仁をちらちら振り返りながらも、自分の寮がある方に歩いていった。
それを見届けて、和仁も自分の寮へと向かう。いや、自分達の寮、か。
大きく背伸びすると、全身の関節や背骨からポキポキと小気味良い音が鳴った。自分で思っている以上に、体には疲れが溜まっているようだ。もちろん肉体的な疲労ではなく、精神的なものであるが。
なにしろ、初めての搭乗よりも緊張していたのである。今は精神的にハイになっているからいいものの、これだと帰った途端に睡魔に襲われそうだ。
「カズヒト」
「ん?」
紗千の姿が見えなくなってから、フェリルは口を開いた。
「あれ、本当にカズヒトの彼女じゃないの」
「ぶっ!? いっ、いきなり何言ってんだよ……!」
妙な脱力感におざなりな受け答えをしていた和仁であったが、フェリルからの不意打ちに一気に意識が覚醒する。いきなりなんつう事を言い出すんだ、コイツは。
「だって、すごくいい子じゃない。直結型アークスの偏見もないみたいだし」
「紗千とは、そんなんじゃねぇって。幼馴染みってだけで。直結型アークスも、俺やねーちゃんで見慣れてただけだよ」
「ふーん。オサナナジミ、ねぇ」
フェリルは、この数日で見慣れたいやらしい笑みを浮かべる。また、ろくでもない事を考えているに違いない。
主に、和仁と紗千の関係、とか。
「なんだよ。幼馴染みだと悪いのかよ」
「べっつにー」
フェリルはふんと鼻を鳴らして、歩幅を広げた。勝手にへそを曲げておいて、こっちにどうしろというのか。
そんなに紗千の事が嫌いなのだろうか。先の会話の内容からは、それ以外にフェリルが不機嫌になる理由が見当たらない。
「それよりも、コンビニ寄ってこ。食堂まで行くのシンドイ」
しかし、それも一瞬の事。話題を切り替えるのと同時に、フェリルはいつもの無表情に戻っていた。いや、正確に言うなら無機質の方が適切か。わかりにくかったりいやみったらしいのが多いだけで、なんとなくわかるようになってきた。
それはそれとして、和仁も視界端の時計へと目をやる。確かに、今からだと最終オーダーはギリギリの時間になりそうだ。
昨日はお昼に外食をいただいたので無駄遣いは避けたいところだが、致し方ない。
「そんじゃ、この前行ったとこでいいか?」
「……うん」
「おにぎり、残ってたらいいな」
「……うん」
前は時間が少し遅かったのもあって、ほとんど残っていなかった。果たして今回は、どれくらい残っているのやら。
『ピーッ! ピーッ! ピーッ! ピーッ! ……』
だがその時、突然頭の中に甲高いアラーム音が高鳴った。
「うっせぇなぁ……。故障か?」
設定した覚えのないアラームに、顔をしかめる和仁。しかしそれとは対照的に、フェリルの顔は恐ろしいほどに引き締まっていた。
宝石のような青い瞳の奥には、今にも爆発しそうな感情の高ぶりが垣間見えている。
「コンビニのおにぎり、お預けみたいね」
フェリルがそうつぶやいた瞬間、外部からの強制接続により電話回線が繋がった。
こんな芸当ができる人物、和仁はたった一人しか知らない。
『かず、ふぇりる、すぐ迎えに行くから、その場を動かないで』
その時の郁奈の声は、先日のミサイル攻撃の時を彷彿とさせた。




