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32:鴉と両親

 けれど……

 それは、予期せぬところで起こった。


「菖蒲、お気に入りのお酒は見つかりましたか?」

「んー……どれも捨てがたい。でも、全部持って帰るわけにはいかないからねえ。いくら私でも、持ちきれないよ」

「瓶に入ったお酒は、一本でも重いですからね」


 菖蒲と私は、二人で人通りの少ない山道へと入る。

 ここから、狭間へと移動する為だ。行き来は、薄が手伝ってくれる手筈になっていた。

 菖蒲に手を取られて、奥へと進む途中で……

 不意に、あり得ない声が聞こえてくる——


「薊!!」


 振り向くと、そこには……私の両親と妹が立っていた。


「えっ……!?」


 私の姿を認めるなり、母が叫び出す。


「やっぱり、薊ね! 雰囲気は違っているけれど……あなた、今までどこへ行っていたのよ! こんなに心配を掛けて、世間様に迷惑を掛けて!」


 どうして……この人達が、ここにいるのだろう?

 母は泣きそうになりながら、父と妹は渋面で。皆、私の方だけを見つめている。

 あまりのことに声も出ない。

 そもそも、こんなことはありえないのだ。

 私の元家族が、ピンポイントで目の前に現れるなんて。それも、こんな山奥で。


「やっぱりな、どっかで見た顔だと思って、調べてみたら……薊、失踪事件の子だったんだな」


 そう言って、両親の後ろから現れたのは、鴉の躑躅だった。私の両親を調べ上げ、居場所を告げたのだろうか……? なんのために……?

 駄目だ。突然のことに頭が混乱しすぎて、考えが纏まらない。


「お姉ちゃん……」


 妹の菜々子が、こちらを睨みつけながら低い声を出す。


「今まで、どこにいたのよ。皆、心配していたのよ。ニュースにもなって、私達がどんな思いをしたか……全部、全部、お姉ちゃんの所為で!」

「やめなさい、菜々子」


 父が菜々子を宥めるが、彼女は構わずに私を糾弾した。


「嫌よ! こいつの所為で、私は転校までしなきゃならなかったのよ! 変な雑誌の記者に付き纏われたし、友達も減った! お父さんだってそうでしょう? この女が失踪なんてするから、転勤になってしまったんでしょう? あんな田舎に!」


 妹の剣幕に圧倒された父が、口を噤む。

 やっぱり、彼は未だに菜々子に甘い。


「帰りましょう、薊」


 母がこちらに向けて手を伸ばしたが、私は一歩後ずさった。


「私達が悪かったわ。あなたの不登校のこと、とやかく言って。理由があったのよね? あの時、信じてあげられなくてごめんなさい……」

「……」


 何も答えられない私の手を、菖蒲が握った。


「鴉……どういうこと?」


 険しい表情の菖蒲の問いに、躑躅は余裕の表情で答える。


「どうもこうも、失踪した薊を探していた両親に、彼女の居場所を伝えただけだ。薊が人間の世界にいれば、番人の役目を負う黒狐は簡単に手を出せないだろう? 邪魔者を排除して、薊を家族の元へ返してあげられる。一石二鳥の良い方法だ」

「薊は、そんなことを望んでいないよ。余計なことをしてくれたね」


 菖蒲が、私の為に怒ってくれている。

 そんな彼に後押しされた形で、私は口を開いた。


「ごめんなさい……私は、家に帰らない。これからも、失踪したものとして扱って欲しい」

「薊! 何を言っているんだ!?」


 父が出す大きな声に、体がビクリと反応する。

 彼は菜々子に甘い反面、私にはいつも厳しい言葉を吐いた。今でも、その姿勢は健在らしい。


「いつまで家族に迷惑をかける気だ! これ以上、恥をかかせるな! なんだ、その目は。母さんだって謝っているだろう、俺も悪いことをしたと思っている。何が不満なんだ! 戻って来なさい!」


 予想はしていたけれど……

 父にとって私の存在は迷惑だったようだ。そして、恥のようだ。

 なら、放っておいてくれればいいのに……

 謝る謝らないの問題ではないのに……

 私は俯きながら、更に元家族達から距離を取る。


 世間体というものが、そんなに気になるのか?

 娘の失踪が、そんなにも許せないのか?

 父の口から次々に発される批判の言葉は、娘に失踪された自分を正当化するものばかりだ。

 うんざりした。

 どうせ、ここで私が家へ帰っても、菖蒲に会う前の日常に戻るだけだろう。

 彼等は何も変わっていない。


「あなたたちは……薊の心配はしないの? やっと会えた娘なのに、彼女を気遣う言葉の一つも掛けてやれないの?」


 失望で、答えることを放棄した私の代わりに言葉を発したのは、菖蒲だった。


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