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23:鴉の求愛!

 穏やかな春の日差しにつつまれて、私は今日も家の周りを散歩している。

 境内の桜がやっと咲いたので、この後、菖蒲に報告するつもりだ。


「やっと、お花見が出来るな」


 菖蒲と二人、桜の下でお弁当を食べるのは楽しそうだ。

 そんなことを考えながら鳥居の近くを歩いていると、一番上の鳥居の近くに人が立っていた。


「菖蒲……?」


 にしては、少し背が低く違和感がある。

 でも、この場所には菖蒲と薄と柊と長しか来ないはずだ。

 近寄った私に気が付いたのか、その人物はまっすぐにこちらを見つめて来た。


「あれ、人がいたのか。女の子……?」


 そう呟く人物は、見たことのない青年だった。年齢は私より少し上くらいに見える。

 黒い髪に青い目、服装は着物ではなく今風の装いのイケメンだ。

 彼も、天狐なのだろうか。


「あの、あなたは誰ですか? 菖蒲に用事ですか?」


 菖蒲のお客さんなら、家に案内した方が良いかもしれない。

 人付き合いは苦手だけれど、私は勇気を振り絞って彼に声を掛けたのだが……


「……見つけた」


 そう言うと、青年は私に近づき、着物の上から両手でポンポンと肩に触れた。


「えっ……? 見つけたって? あ、あの?」


 戸惑う私の顔に手をやった彼は、そのまま私の顎を持ち上げて顔を近づけて来て……


「——薊!!」


 結界内の異変に気付いて現れた菖蒲によって、数メートル先に吹き飛ばされた。


「あ、菖蒲……?」


 心配そうな表情の菖蒲が駆け寄ってきて、私を抱き締める。

 人を吹き飛ばすという不思議現象は、彼が天狐マジックを使ったのだろうか。

 だとすると、あの男はお客さんではなく不法侵入者ということだろうか?


「大丈夫? 薊、アイツに変なことされなかった?」

「……はい。何もされていません」


 私の返事に、あからさまにホッとする菖蒲。


「あの人は、菖蒲の知り合いですか?」

「まさか。私には、あんな無礼な知り合いはいないよ……あれは、天狐じゃない」


 吹き飛んで地面に転がった青年が、擦りむいた腕をさすりながら菖蒲を睨んでいる。


「迷惑なことに……春になると、たまに結界内に迷い込んでくるんだよね。鴉が」

「鴉!?」

「そう、奴らの習性。繁殖期になると、毎年境界付近で番を探すんだ。天狐と人間の世界の境界だったり、別の生き物の世界の境界だったり場所は様々だけれど」


 私はこの時初めて、この狭間に天狐以外の生き物も現れるのだということを知った。

 狭間には天狐以外の種族もいるらしいのだが、引きこもり夫婦生活をしている私は彼らに出会ったことがない。

 菖蒲は、男から私を隠すように立ちはだかる。


「他人の嫁に手を出すとは、いい度胸だね、鴉」

「彼女は、僕の番にする予定だ。手を出さないでもらおうか、狐」


 険悪な雰囲気だ。心配になった私は菖蒲の袖を引いたが、優しく手を握られ抵抗される。


「心配要らないよ、薊は何も気にしなくていい。不届き者には、すぐに退場してもらうからね」

「え、あの、菖蒲?」


 菖蒲がニッコリと微笑むと、また突風が巻き起こり、青年を鳥居の向こうまで吹き飛ばした。

 このまま落下したら怪我をするのでは……と、少し心配になったのだが、彼は鳥居を通り越した場所でこつ然と姿を消す。


「……姿が消えてしまったのですが!?」

「結界の外に締め出した。もう来ないだろうから、安心するといいよ」


 そう言って、菖蒲は優しく私の髪を撫でた。

 菖蒲に髪を撫でられるのは好きだ。ちょっとドキドキするけれど、それと同時に心が安らぐ。


「結局、あの人は何だったのですか? 私のことを番だって……」

「気にすることないよ。薊は私の嫁だ、鴉には渡さない」

「はい」


 腑に落ちない部分はあるけれど、私は菖蒲の言葉に頷いた。

 菖蒲は少し屈んで私に目線を会わせると、頬に口付ける。彼の唇が触れた部分が、一気に熱を持った。


「そうだ、菖蒲。ついに、桜が咲きましたよ」

「よかったね。薊は、花が咲くのを楽しみにしていたものね」

「一緒に、お花見をしませんか? 今日は二人で。別の日には薄と柊さんを誘って」


 あの二人はお酒が好きだから、短冊に頼んでおこうと頭の中で予定を立てる。

 薄と柊も、菖蒲も、お酒が強い方だ。日本酒の瓶を何本も空けてしまう。

 私は、まだ未成年なのでお酒を飲んでいない。四年後にお酒を飲んで良いのか、年を取らないので飲んではいけないのかが疑問である。


「いいね、早速用意をしよう」


 私達は短冊にお弁当を要求し、桜の下に並んで座る。

 重箱を開けると、美味しそうなおにぎりといなり寿司が並んでいた。手の込んだおかずも沢山入っている。


「はい、薊。口開けて?」


 菖蒲が卵焼きを箸で掴み、私の口元へ持ってくる。

 彼は、私の好物が卵焼きということに気付いたらしい。


「ん、はい……」


 少し恥ずかしいけれど、私は口を開けて菖蒲から卵焼きを貰った。

 お返しに、いなり寿司を掴んで菖蒲の口元に持って行く。


「ふふっ。ありがとう、薊」


 菖蒲は、嬉しそうにいなり寿司を口に入れた。金色の目を細めてこちらを見てくる菖蒲に、胸の鼓動が高鳴る。

 少しずつ距離を詰めて来た菖蒲が、私を膝の間に座らせた。


「この体勢じゃ、菖蒲がお弁当を食べにくいですよ?」

「大丈夫。私は器用だからね」


 その言葉の通り、菖蒲は上手にいなり寿司と肉類をついばむのだった。


「今日は、驚きましたね。天狐以外の生き物が、ここに来るなんて思いませんでした」

「普通は来ないよ、あいつが例外なだけ。自分の縄張りに勝手に入り込まれるのは、いい気がしないね」


 お弁当を食べ終わった後も、桜の木の下で二人のんびり過ごした。お昼なので、菖蒲はお酒を控えているようだ。

 お腹がいっぱいになった私は、そのままウトウトしてしまい、菖蒲の腕の中で眠ってしまった。



 目が覚めた私は、菖蒲の部屋にいた。


「おはよう、薊」

「へ? あ、おはようございます?」


 とはいうものの、菖蒲の部屋からは茜色の空が見える。もう、夕方だ。


「ごめんなさい、私。あのまま眠ってしまって! 適当に起こしてくれて良かったのに……」


 自分で花見に誘っておきながら、菖蒲に対して失礼なことをしてしまった。


「起こそうかとも思ったのだけれど……寝顔が可愛かったから、そのまま連れて来たんだよ」

「ええっ!? そんな、重いのに」

「重くなんてなかったよ……ほら」


 菖蒲は、ニコニコと笑って私を抱き起こす。

 少し恥ずかしくなった私は、赤くなって俯いた。


「相変わらず、仲が良いな。そういうのは、俺のいないところでやってくれ」


 菖蒲の向こう側から聞こえて来た声に、私は驚いて固まる。


「薄……いたのですか」

「ああ、菖蒲がお前を運んで来た時からいた。鴉に求愛されたらしいな、薊」

「鴉? 求愛?」


 鴉というのは、今朝会った青年のことだろう。

 求愛というのは……よく分からない。


「あいつらは、キス魔だから気をつけろよ」


 薄の言葉に、顎を固定されて顔を近づけられてことを思い出す。あれは、キスをされそうになっていたということだろうか。

 ……私は、そんな場面を菖蒲に見られていたようだ。

 確かに、あの時の菖蒲は、男に対してかなり怒っていた。


「今日はうっかりしてしまいましたが、今度から気をつけます。わ、私が好きなのは菖蒲だけですよ!」


 私が菖蒲に向かって言い訳すると同時に、黒いフサフサが部屋を覆う。

 また、菖蒲の尻尾が出てしまったようだ。

 彼の尻尾が私を優しく包み込む。


「だから、お前ら。そういうのは俺のいない時にやれ」


 黒い尻尾に包まれながら、私は薄に尋ねた。


「それにしても、あの鴉は、どうして私にキスしようとしたのでしょうね。私は菖蒲と結婚しているのに」

「あいつらは、他種族の事情なんてお構いなしだ。気に入った相手がいれば、即求愛する。一度番になれば死ぬまで別れない」

「迷惑な相手だよね。自分達の種族で番のいる者には手を出さないくせに……」


 薄の説明に、菖蒲が不満げに口を挟む。


「そりゃあ、死ぬまで別れない相手に手を出しても無駄だからだろう。その点、他種族は入り込む隙があると思われているのさ」


 なるほど。

 けれど、私と菖蒲に関してはその限りではないと思う。

 私は心移りなんてしないし、菖蒲だって誠実な天狐だ。


「まあ、お前らに関しては心配無用だとは思うけどな。鴉の繁殖期は春だけだが、結構しつこいから気をつけろよ」


 薄の言葉に、菖蒲は微妙な顔つきになった。私は神妙に頷いた。

 部屋に、沈黙が訪れる。

 いち早く無音に耐えられなくなった私は、声を上げた。


「そうだ、薄、お花見しませんか? 神社にある桜が綺麗に咲いたので、柊も一緒に」

「そりゃあいいな。また寄らせてもらおう」


 薄はにやりと笑うと、いつもの如く窓から去って行った。


「夜桜もいいですね。短冊に提灯をお願いしておきましょうか」

「そうだね。夜の桜の木の下で見る薊も、美しいだろうねえ」


 金色の目が私をじっと見つめてくる。目を逸らすことが出来ずに、私はぽうっと相手を見つめた。

 夜に美しく見えるのは、菖蒲の方だ。月の下で見る彼は、私の目にいつも妖しく綺麗に映る。

 菖蒲は、普通に暮らしていれば決して手の届かないような人だ。

 そんな相手に大事にしてもらっているのは夢のようで——時々、無性に切なくなる。


 私は、菖蒲がいなければ生きては行けない。

 彼が、私の生きる理由だから。


「薊、今日みたいなことがあったら、すぐに私を呼んで? 結界内なら、どこでも薊の声は聞こえるから」

「はい」

「約束だよ」


 差し出された菖蒲の小指に、私はそっと自分の指を絡ませた。

番外編にするつもりが……長くなってしまいました。

もう少し、続くかもです。

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