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番外編 義息子と嫁(薄視点)

本編完結済み。

 生まれ落ちた黒い毛皮を見た瞬間、その母親は子供を放棄した。

 だから、俺と姉は、その子供を引き取ることにした。

 忌み子である黒狐。

 母親にさえ捨てられた子狐は、天狐達にとって必要な存在だった。


 黒狐は、強い力を持つ狐だ。特に、天狐の住処である狭間を守る結界を張る能力に優れている。

 けれど、一代に一匹しか生まれないその狐は、狭間の番人として閉鎖された世界で生きる(さだめ)や、役目故の自殺率の高さから、いつしか周囲の天狐達から忌まれる存在となってしまっている。必要な役目を引き受けてくれている相手に失礼な話だ。


 俺も姉も、本当は黒狐を自由にしてやりたい。役目を代わってやりたいとも思う。

 けれど、狭間の結界を守る役目は、黒狐並みの強く安定した力がないと勤まらないので無理だった。

 それに、白狐には黒狐とは別の役目が与えられている。

 白狐は異なる世界間を渡る能力に長けていた。

 結界を通り抜けて様々な世界間を行き来し、情報収拾をするのが俺の仕事なのだ。

 黒狐とは正反対の役目である。


「そなたらに、この子を預ける」


 長としての仕事が忙しい姉は、俺と妻に黒狐の子を預けた。

 子供のいない妻は、その狐を可愛がり、「菖蒲」という彼女の趣味丸出しの可愛らしい名前をつける。それは、女に多い名前ではないのだろうか。


 菖蒲と名付けられた子供は、健康にまっすぐに……無気力に育ち、立派な狭間の番人になった。

 与えられた役目に文句も言わず、淡々と仕事をこなしている。

 今では、齢千二十二歳の立派な大人だ。天狐は千歳でやっと成人する。



 ある日、境界に寄ると、真面目に番人をしていた菖蒲の結界がガタガタになっていた。

 やる気を出せば俺さえ締め出せる力を持つ菖蒲にとって、これは異常事態だ。

 こっそり菖蒲の様子を伺うと、いつも一人きりでいる菖蒲が人間の娘を連れていた。


「あの人間は、どこから入ってきたんだ!? 菖蒲の結界を抜けたのか!?」


 おろおろする俺とは裏腹に、菖蒲は締まりのない顔で娘に笑いかけている……

 もしや……と、思った俺の勘は当たった。

 人間の娘は、菖蒲の「嫁」だったのだ。

 どういう訳か娘が菖蒲の結界内に入り込み、その瞬間に雨が降ったらしい。


 出会いの少ない歴代の黒狐は、圧倒的に独身者が多いし、結婚をしても破綻する例が多い。

 俺は、さっそく嫁を結界内に囲い込んでいる菖蒲が心配になった。

 折角手に入れた嫁を手放すまいと必死になっているのが見て取れる。


 菖蒲の前の黒狐の死因は自殺、その前は無理心中。

 二千歳にも満たないうちに、命を絶つ黒狐の多いこと……

 ここは、菖蒲にしっかり頑張ってもらわねばなるまい。その為に、俺は菖蒲の初恋を応援してやることにした。

 千年以上、世話をし続けている俺にとって、菖蒲は息子のようなものだからだ。

 彼等には、円満な夫婦生活を送って欲しい。


 菖蒲の嫁として現れた人間の娘は薊という。なんというか、存在感の希薄な娘だった。

 影が薄いと言うのではない。

 生に対する執着というか、魂の存在感が全く感じられない危うい存在である。

 だからこそ、人の身でありながら狭間に入り込めたのだろう。

 基本的に無気力な菖蒲よりも、更に無気力な娘だった。

 彼女は、命を絶とうとしていたところを菖蒲に保護されたらしい。


「薊、薊」


 菖蒲は、若い人間の嫁に既にデレデレだ。そりゃあ、結界も緩むだろう。

 俺は、妻である柊に菖蒲のことを相談することにした。ついでに、嫁の素性も調べることにする。

 菖蒲は世間知らずだ。

 番人の役目はあるが、今の時代、知ろうと思えば外の情報はいくらでも入ってくるというのに。

 菖蒲の嫁の素性は、すぐに判明した。悪い意味で、人間の世界では有名だったのだ。

 ——八重葎(やえむぐら)(あざみ)

 旭町女子高生失踪事件あさひちょうじょしこうせいしっそうじけんで捜索されている少女の名である。


「マジかよ……」


 人間の世界の街中に渡り、ビルに取り付けられているディスプレイで大画面で流されているニュースを見る。そこには、薊の異常な性癖がデカデカと映し出されていた。

 ネットカフェで薊についての情報を集めると、悪意に塗り固められた個人情報が出るわ出るわ……あの娘が自死に走った理由に納得がいった。

 この話は、菖蒲に知らせておくべきだろう。


 しかし、俺はミスを犯した。

 菖蒲に薊の情報を告げる際に、その話を薊本人に聞かれてしまったのだ。

 初めに異常に気付いたのは菖蒲だった。


「結界が変だ——薊!?」

「どうした、菖蒲?」


 俺の言葉に返事をする間もなく、菖蒲は立ち上がる。そのまま炊事場の方へ走り去ってしまったので、俺も菖蒲の後を追った。

 炊事場内は、修羅場だった。

 刃物で首を突こうとする薊に、それを止めて彼女を地面に押さえつける菖蒲。


「薄! 刃物を薊の目につかない場所へやって!」


 今までにない菖蒲の鋭い声で、俺は床に転がっていたナイフを取り上げる。

 いつもは大人しい薊が、声を張り上げて菖蒲に抵抗していた。


「薊は大丈夫か?」

「うん。刃物や尖った物は全て隠したし、その他にも自殺に使えそうな物は全部撤去したよ」


 薊が落ち着いた後で、俺は一度柊のところへ戻り、夜中に再び菖蒲の元を訪れた。


「ねえ、薄」

「何だ?」

「人間の世界には、薊の味方は一人もいないの?」


 菖蒲は何やら考え込むように、金色の瞳を伏せている。

 俺は、知りうる限りの情報を菖蒲に与えた。


「……ああ、いなかったようだな。だが、味方にならなかったことを後悔している人間ならいた。薊の両親だ」


 薊の両親と言う言葉に、菖蒲がピクリと反応した。


「……薊は、人間の世界に未練なんてないんだよね。彼女は両親を味方だとは思っていないもの」


 そう言って、菖蒲は嬉しそうに微笑んだ。

 菖蒲は、なにかと理由をつけては薊を自分の元に囲い込もうとする。


 これは、少し危険な兆候かもしれない……

 無理心中を図った過去の黒狐、俺の友人だった椿(つばき)と似ている。

 椿は、出会った瞬間に嫁を独占、監禁した黒狐だ。

 奴は、自分を見ても嫌悪を示さなかった嫁という存在に異常に執着し、嫁が外の世界に興味を示せば不機嫌になった。

 嫁はそんな椿に怯えて脱走を繰り返していた。

 そうして、数百年が過ぎた頃、二人とも死んだ。椿が嫁を噛み殺し、その後に自分の喉笛を裂いたのだ。

 そんな悲劇を、菖蒲に繰り返させるわけにはいかない。


 家に戻っても悩んでいる俺の様子を見て、妻の柊が独断で動き出した。

 妻はいつも予想外の行動を起こすので、気をつけていなければならなかったのに……迂闊だった。


 なんと、その翌日に柊は、勝手に薊を人間の世界へ送り返してしまったのだ。

 柊は力の強い雌狐で、一人でそれくらいのことはやってのけてしまう。

 ただ、彼女は、その後のことを甘く見積もっていた。


 薊が人間の世界へ飛ばされたことを知った瞬間、あの大人しくて無気力な菖蒲が、かつてないほどに荒れたのだ。反抗期なんて生ぬるいものではない。

 自ら張った結界を全て破壊し、俺の家を半壊させ、長に直談判し、意見が聞き入れられなかったら狭間の空間を破壊してねじ曲げて、無理矢理人間の世界と繋いでしまうという暴挙に出た。

 こんなことを仕出かした天狐は、過去にいない……また、黒狐の悪しき伝説が一つ増えそうだ。


 幸い、薊が狭間の近辺にいたのでそれ以上の被害は出なかったが、下手をすると人間の世界の一部を破壊しかねない勢いだった。

 黒狐の力は、それ程までに強い。だからこそ、番人として一カ所に留まることで周囲への被害も防いでいるのだ。


 薊は、自ら菖蒲の元へと戻って来た。

 柊はこの結果を予想していたようだが、黒狐の歴史でこんなことは今までなかったので、俺は驚いた。

 嫁が自ら戻って来たことを知った菖蒲は、薊の外出を禁じる全ての結界を解いた。

 菖蒲は、彼女の心を信じることにしたらしい。

 そのまま祝言を挙げた二人は、今もあの家で仲睦まじく暮らしている。


 最初はガタガタになっていた菖蒲の結界も、近頃は落ち着きを取り戻しているようだ。

その後の薊と菖蒲の話(番外編)を、一話投稿したいと思います。

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