始まり
深く深く、持っている短剣が目の前の一角獣へ刺さっていく。
キッチンで肉を切って料理をするときとは違い、奇妙でとても慣れることのない感触が剣の刃先から柄を通り、そして俺の体へと伝わってくる。
断末魔の叫びを上げる一角獣は、一度だけ大きく痙攣してから動かなくなった。
これが殺すということ。
俺はこの一角獣に恨みはないが、依頼を受け取ってしまったからには理由が出来てしまったのだ。
一角獣から短剣を抜くと、ぽっかりと開いた薄い線のような穴から血が流れ出して地面を染めていく。
見ていて、気持ちいいものではない。
早く作業を済ませてしまおう。
一角獣の討伐完了を報告する際には、頭に生えた、その象徴である角を示さなければならない。
短剣のほかに持ってきていた斧で角を切断する。
これでここですることは終わりだ。
撤収が始まる。
俺は、仲間というか、とりあえず一緒にいるパーティメンバーの二人へ声をかけようと後ろを向く。
「ショウも鍋食べるー?」
「食べるタイミングは俺の支持に従ってもらうからな」
「また鍋奉行がでたわ」
「なんで鍋食ってんだよ!」
俺のパーティメンバーは俺が戦っていたにも関わらず、いや本当に我関わらずという感じで参加もしないで鍋をつついていた。
草原の真ん中で鍋をつついている光景はとてもシュールなものに見えた。
こんな風情溢れる情景なのに、はふはふ言いながら鍋を食べてる姿など見せられたらため息しか出てこない。
「今、ちょうど肉が追加されたところだ。一角獣の肉なんて珍しいぜ」
嫌な予感がして俺が討伐した一角獣を見直そうとするが……その姿は忽然と消えていた。
これはおそらくあいつの魔法だろう。
「ジェイク! それ俺が今討伐した一角獣じゃねえか!」
「ああ、俺の魔法でこちらに飛ばさせてもらった」
「お前その魔法一日に一回しか使えないのに、なんでそんなつまらないことで消費するんだよ!」
「人間の三大欲の中の一つである食欲。それを満たすことに使うのは愚かとはいえないと俺は思う」
「お前、すげえ面倒だな!」
得意げな顔をしてそう語るのはパーティの一人であるジェイク。
彼の日課は筋トレであるらしく、暇さえあればいそしんでいるらしい。そのおかげか、筋肉のつき方がとてもよく、肉体美を感じてしまうほどだ。
そんなジェイクの職業は魔法使い。
俺がパーティメンバーを募集した時に魔法使い枠で加わってきた。『俺はとてもすごい魔法を使うことができるんだ』というので採用してみたのだが、それがとてつもない詐欺だった。
ジェイクができるのは移動魔法のみ。しかも一日に一回だけである。
初めて見せてもらった時は大きな岩を別の場所に移動させたのを見た時は心が動いたが、その後はとてつもなく役に立たなかった。
一日一回の限定技をしょうもないことで消費するとんでもないやつである。
もうこれ以上なにかを言っても意味がなさそうだ。
俺は上から鍋を覗き込んでみると、一角獣の肉が細かくちょうどいい大きさで煮られているのが分かった。
細かく……って、ここでも魔法を使われてたのか。
「いい感じで切れでしょう?」
「そりゃあ粉砕魔法つかったらな」
「今回の私からの依頼は一角獣を鍋にして食べることだったのに、ショウはなにも手伝ってくれなかったです」
「今日の依頼はお前からじゃないし、畑に害を与える一角獣の討伐なんだよ!」
「討伐……? なにそれ初耳です」
「嘘付け!」
とぼけたように口笛を吹いている彼女はミュウ。
このパーティの紅一点といえば……言いたいのだが、その実態は暗殺者であると本人は語っている。
なんでも王都で指名手配をされているらしくそこから逃げてきたのだということだ。
この町ではすでに町長を脅して無理やり滞在できる環境を作り出したと笑い話のようにしていた。
ということで、ミュウの口から飛び出てくるのは信用性は皆無なのである。
俺が王都に行った時にミュウの発言の真偽が明らかになるのだろうが、絶対にでまかせであると断言しよう。
そのたびにミュウは機嫌が悪くなるのだが、華奢な女の体で暗殺者など信じられない。
彼女のパーティでの役割も粉砕魔法という強力な魔法ゆえに魔法使いである。
「ショウも食べましょう?」
「ショウは食べないのか?」
ジェイクとミュウの二人からそう聞かれる。
一角獣の討伐自体はなんの怪我もなく成功したのだ。
ここで一服として鍋というのも悪くはないだろう。
それに、
「リーダーとして二人の手下からそう言われて断れるわけないよな」
その瞬間、ジェイクとミュウがまとっている雰囲気が変わる。
気のせいか、肌が触れる空気が冷たい。
「ははは、笑っちまったぜ。ショウは冗談がうまいよな。俺より弱いのにリーダーとかありえない」
「は? 俺がメンバー募集してジェイクが来たんだから俺がリーダーに決まってるだろうが。まあ、そもそも俺のほうが強いのでそれも関係ないけど」
「なに言ってるか分かってんの? 俺の移動魔法にかかれば、ショウなんてすぐに銭湯の女湯に飛ばして社会的に殺せるのだが? マジな戦闘でも負けるつもりはないけどな」
「ああん? やれるもんならやってみろよ。ていうかどうぞお願いしますぅ!」
そこで割ってくるようにミュウが会話に加わる。
にこやかな笑みを浮かべてどうにか体裁を整えようとしてくれているようだ。
「まあまあ……二人とも落ち着いてください。一番強いのは暗殺者たる私に決まっているでしょう」
「「無乳はだまってろ!!」」
ミュウは顔を赤くして視線をさえぎるように胸の前で腕を交差させた。
そしてその視線は座っていて、龍をも竦めさせそうな鋭さだった。
「てめえら二人ともバラシテやるよ……」
「似非暗殺者に負ける道理はない」
「ここで決着をつけるのも悪くねえなぁ」
俺、ジェイク、ミュウが一斉に地を蹴った。
そこからはすばやい攻防である。
ぶつかりあるたびに周りの鳥が羽ばたいていった。
ショウ、ジェイク、ミュウ。
その三人のパーティの技術的な実力は非常に高く、ギルドからも重宝されていた。
しかし、このパーティには決して無視することが出来ない致命的な欠陥が存在していた。
メンバーの主張が激しすぎることである。
全員が自らをリーダーであると名乗ることによって、今までにも何度も衝突を重ねてきた。
そのため、三人は別々にパーティをつくることにした。
自分がリーダーであるといっても、誰も否定しないような心地の良いパーティを。
それぞれにパーティになりたいと面接で訪れる人がいて採用した時点でこのパーティは解散だということになり、三人はギルドに仲間の募集についての張り紙を張り出すことにした。
しかし、すでに三人の現状を知っている人が大半であるこの町で、なかなか三人とパーティを組もうとする人間はいなかった。
そのため三人はパーティを組んだままなのである。
この三人が解散できる日はいつになるのだろうか、果たしてやってくるのだろうか。
それは未だ誰も知りえない。
今日もギルドの張り紙は寂しく揺らいでいる。
ショウ、ジェイク、ミュウが別々に内容を考えた張り紙ではあったが、その内容は三人とも同一であった。
『仲間募集中。ただし言うことを聞いてくれる人に限ります』