第二章 知恵と勇気と優しさ(6)
格納庫の外、左手に広い実験場が見えるところまで進んだその場所は、芝生がきれいに整備されていた。
そこに、浦野の見立てのワンピース姿のキアラが、座っているのが分かった。
街灯などはなくほとんど真っ暗だけれど、建物から漏れるほのかな光の中、キアラが、ぼうっと星を眺めている。
「キアラさん」
「……キアラ」
「っ、キアラ、その、眠れないの?」
相変わらずのやり取りを繰り返す。どうも、キアラは僕に厳しい。呼び捨てにしないとなんだか怒る。
「それもありますが、ひとりでぼうっと過ごすのって、すごく贅沢ですよね」
ああ、なんだか分かる。僕だって、高校に入ってからずっと、誰にも邪魔されず、何も考えず、わざわざ遠回りして家までの土手を歩くのが好きだった。
「邪魔だったかな」
「いいえ。そんな時間を邪魔されるのも、また贅沢な経験です」
面白い発想だ。僕には持てなかった境地。ちょっと興味が湧いてくる。
というか、キアラ、セレーナと同い年だって言ってた。なんだろう、この落ち着いた感じ。年齢詐称の疑いもあるぞ。
「ジュンイチ様、私を探しに?」
「いや、……いやいや、うん、実はその通りで」
一旦否定しかけたけれど、僕は素直に認めた。
「君の気持ちを聞いておきたくて」
「あらあら、もしかして、私に愛の告白ですか?」
「ちちちち、違います!」
僕が慌てて否定するも、キアラはいたずらっ子のようにくすくすと笑っている。
「大丈夫、分かっています。ただ、セレーナ様への身分違いの懸想には思うところがありますけれど」
「それも違います!」
もうなんだってんだろう。浦野に続けてキアラまで? いやこれはきっと浦野に吹き込まれたな。間違いない。
「ちょっとマービンと話をしていて」
「マービン様と」
と、キアラは、僕をいじって遊ぶ雰囲気でないと分かったのか、ちょっとニヨニヨ顔を引き締めた。
「……どんな気持ちだったのか、聞いておきたくて。あの時――君が、セレーナの身代わりとして死地に向かうと決めたとき」
「ああ……」
小さくうなずき、それから、雲一つない星空に視線を上げる。
「答える前に一つ確認いたします」
目線を合わせないまま、キアラがそんなことを言う。
「ジュンイチ様。あなたが一体何を作り出そうとしているのか……私にはそのかけらほども分かっていません。でも、何かを急ごしらえしている、それはきっと、何か重大な問題を持っている……そうですね?」
「……はい」
鋭い質問に、僕は正しく答えるしかなかった。
「そして私にそんなことを聞きに来た。答は一つしかありません。ジュンイチ様、あなたが何らかの形でその身を捧げねば、セレーナ様の至高の魔法は完成しない……そうでしょう?」
そうともいえるしそうでないとも言える。
でも、今僕が聞きたいのは、そうでない場合のことだ。
だけど、これは、今はっきりと返事をしたくない。きっと、セレーナの友人であるキアラにも、関わってくることだから。
「……そこは、どんなふうに仮定を置いてもらってもいいよ。結局僕が聞きたいことは変わらない」
「……そうですか」
と、キアラは小さくため息をついた。
それ以上、彼女の追及がないことを確かめて、
「……死にたくないと、思った?」
僕は、たった一つの質問を投げかけた。
自ら命をささげると決意した人。
その人に、どんな言葉をかければいいのだろう。
その人は、どんな感情を持てばいいのだろう。
怖がりの僕は、それをあらかじめ知っておきたかった。これは、僕のエゴだ。
「……そうですね。死にたく、ありませんでした。残されるセレーナ様のことを思うと」
そして、彼女は僕に視線を落とした。
「死んでもいい、なんてのは、死にゆくものの身勝手です。私自身は、あそこで命を使うことは、私の生まれてきた意味を確かめることでした。だから、死んでもいいと思いました。でもやっぱり、死ぬのは怖かった」
それからキアラは小さく微笑む。
「私の魂が抜けた肉体を見てセレーナ様が泣いている姿を想像すると、怖かったです。だから、私は、死にたくないと思いました。……ジュンイチ様の知りたかったことは、こんなことですか?」
「……うん。よかった。君が、心から死にたいなんて思ってなかったと知って」
「馬鹿にしてますか? 私が、あの程度の苦境で諦める女だと?」
「ああ、ごめん、そんなつもりはなくて。きっと生きようともがいてたんだろうな、って。だったら、生きたい、死にたくないって気持ち――感情、衝動、そう言うものって、きっと大切なんだろうな、って。諦めずにもがくためにも」
「なるほど、そう言うことですね。大丈夫です。私はあの時も、自暴自棄になっていたわけではありませんから。だから、もしジュンイチ様がそんなことを考えてらっしゃるのだとしても、決して自分を捨てないでくださいね」
「……もちろん」
「……私はマービン様に救われましたが、さて、ジュンイチ様を救ったのは私、ということでよろしいでしょうか?」
「……ふふ、君がどう仮定を置いたかで、君の好きなように解釈してもらっていいよ。でも、そうだね、生きたいって気持ちは、大切だ。ありがとう。勉強になった」
そして、生きるってどんなことだろう、と思う。
人間の数だけ生きる形はある。
人間だけじゃない。犬も猫もクジラも蟻も。
生きるものにはみんな違う形がある。
「……僕はもう行くよ。余り身体を冷やさないように」
「ありがとうございます、ジュンイチ様。私ももう少ししたら休みます。おやすみなさい」
おやすみ、と声をかけて僕は寝床に向かった。
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