第二章 知恵と勇気と優しさ(4)
例によって、ドルフィン号の中と同じく毛利と相部屋という部屋割りとなっていて、あとは寝るだけとなった僕と毛利はそれぞれ簡易ベッドにひっくり返って思い思いに時間を過ごしていた。
安っぽいアナログ時計が、コチコチと小さな音をたてている。
それに、時々体の向きを変えるときに起こる小さな布ずれ。
「なあ、毛利」
僕は、彼に話しかけて、その静寂を破った。
唐突、ということになるんだろうけれど、彼は、あー? と間延びした応答を返してよこした。
「お前の親友ってさ、誰?」
僕が言うと、毛利は寝転がったまま首だけこちらに向けた。
「結構失礼なこと言うじゃねーか。俺はさ、お前が親友のつもりだったけどな」
「そうか、悪い。僕がそこまで評価されてるとは思わなくて」
「評価とかなんとかじゃなくて、一緒にいて気分がいいかどうかだろ? 親友かどうかなんてのは。お前は、まあちょっと理屈っぽくて女々しいところもあるけど、やるときゃやるやつだ。俺様の親友ってことくらいにはしておいてやるよ」
「お前もずいぶん尊大だな」
「まあな。俺にとって親友は子分でもあるわけだからな」
「分かったよ親分。じゃ、ちょっと聞きたいことがある」
「この俺に? 人生相談ってやつか? ま、言ってみろ」
読書かビデオ鑑賞でもしていた自分の端末を横に放り出して、彼は体ごと僕のほうに向いた。
「仮の話。お前には、クラスメイト全員を助ける義務がある。お前が助けないと、クラスの半分は家を失って路頭に迷い、何人かは、たぶん、戦争で死ぬ」
「おう、いきなりヘビーな設定だな」
「ま、そのくらいきつい状況だと思って欲しい」
僕は、天井の模様をぼーっと眺める。
確かに、きつい状況だなあ、と思う。
「毛利には、助ける手段がある。お前が腕を一振りすれば、すべて解決。誰もが今までどおり、幸福に暮らせる」
「なんだそれ。どこに迷うところがあんだ?」
僕は、彼のほうに顔を向けて、にやりと笑ってみせる。
「その代わり、その腕の一振りで、親友が一人、死ぬ」
「……俺が、殺すってことか」
「……そう」
「お前を」
「この妄想劇の中で僕がその役目をもらえるんなら、僕でいい」
勇気ある毛利が、どのような決断をするのか聞いてみたかった。
「一思いにやってやるよ、そりゃな。この俺をその程度の条件で縛れると思ったか? 心理テストとしちゃ、落第点だな」
「どうしてそう思う?」
「一つ。それをすればみんな確実に助かる、しなければみんな不幸だ。そこに、大崎も俺も入ってるかもしれない。俺は自分や親友が不幸になるのなんてまっぴらだからな。一つ。俺は、こういうとき喜んで自分を捨ててくれるようなやつしか親友とは呼ばない。お前もそうだろう?」
「……いや、親友と言って真っ先に僕の名前が挙がると思ってなかったから、その覚悟は無かったけど」
「じゃあ」
毛利は起き上がり、ベッドに腰掛けた。
「大崎、死んでくれ。あの三十何人かが不幸にならないために」
その瞳に躊躇が無いのを見て。
迷わないって、すごいことだな、と素直に感心した。
だから、僕は答えた。
「喜んで。僕の命一つでお前らが救えるなら」
すると、にんまりと笑った毛利がうなずく。
「……な? お前はそういうやつだ。俺様の誇らしい親友だ」
「あんまり褒めるなよ、僕は図に乗りやすいんだ」
僕が眉をひそめて抗議すると、毛利は大笑いした。
「確かにな、お前が図に乗ると、国一つ滅ぼしちまう」
「あっ、あのことはもういいだろ、本当にどうかしてたんだ」
自由圏の陰謀に我を失ってしまったことをまた思い出して、軽い自己嫌悪がよみがえってくる。
「……不謹慎かもしれないけどな、あのときのお前、ちょっとかっこよかったぜ。『セレーナを傷つけようとするやつは何十億人でも相手にしてやる』とか言ったっけな?」
「そんなこと言ってないよ」
……だったと思うけど。
いろいろ、痛いことを言っちゃった気は、しなくも無い。
「……悩みがあるんだろ? まだ俺たちにも言えないような」
「うん、……そうかな」
いつも思う。なぜか、彼はとてもよく僕のことを理解している、と。
それを、親友というのだろうか。
「だったら、お前が決めるんだな。俺にできるのは、こんなたとえ話の中ででも背中を押してやることくらいだ」
「うん、……ありがとう」
「よせよ、気持ち悪いな」
そう言って、彼は再びベッドに寝転がって自分の情報端末を持ち上げた。
「俺こそ、ありがとうな。この鼻の怪我はまだ痛むけどさ、こんなエキサイティングな旅に巻き込んでくれてさ」
アルカス共和国で彼が演じた大立ち回りの痕は、まだ赤黒く腫れ上がった彼の鼻に残っている。
何度か、病院に行った方が、と勧めはしたが、これは俺様の勲章みたいなものだ、と頑として聞かなかった。
ドルフィン号の簡易メディカルチェッカーで見た限りは打撲に過ぎないらしいから、その点は一応安心はしているんだけれど。
「いや、その話、実は、悪かったなって思ってる」
「あれだろ、大した説明もせずに強引に連れ出して、って」
言いながらも彼は端末から目を離さない。
「気にすんな。説明されたってどうせわかりゃしねーよ、俺、頭わりーから」
「そんなことない、毛利は、僕にないものをたくさん持ってる」
「だからやめろって、気持ちわりーな」
と言いつつ、彼が照れ隠しの笑みを浮かべているのを見逃さなかった。しかし、それに気づいたことを知らせる僕のにやにや笑いに、彼はついに気づかなかった(あるいは気づかないふりをしたのかもしれない)。
「これで心理テストは終わりか? ……じゃ、もう一つアドバイスしておいてやる。お前が悩んでるなら、セレーナさんの事だろ? だったら、浦野にも相談しとけ」
もう浦野に相談したとは言いづらいけど。
「浦野はさ、なんていうか、優しいやつでさ、それに、あいつは……いつもお前のこと見てるんだよ。だから、お前の悩みだったら、あいつは分かってくれるんじゃないかな」
「そ、そうかな、浦野なんてプリンのことしか頭にないような気が……」
「あいつはあいつなりに、な。いつだってお前のこと見てる」
「そうか……毛利って、浦野のこともちゃんとわかってやれてて、すごいな。浦野も親友候補に入れてやれよ」
「親友……まあ、そうだな、親友だな」
ちょっと声に寂しそうな色が見えたのは気のせいだろうか。
「行ってくるんだろ? 寝坊すんなよ」
「ぐっ、わ、分かってる……!」
僕は彼の横顔に応え、それから、ちょっと出かけてくる、と言い残して部屋を出た。
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