第一章 変わるもの、変わらぬもの(6)
際限なき信頼も、また人を弱くします。
時に信頼を裏切っても、お互いに試練を与えることが必要なのです。
たとえそうなっても、あの子たちは、きっとその試練を乗り越えますわ。
それでも、それさえも幻想であったと知ったら――それはたとえ小さなさざ波だったとしても。
それは優しい自由という形となって、絆を蝕んでいくのです。
みずから掴み手繰り寄せる、戦ってでも勝ち取る……命の価値を天秤にかけてでも。
その決断があの子たち自身にできるかどうか……。
信じております。
でも。それでも。
この、たった一度きり、きっと宇宙終焉まで二度と起こらない一度きりの奇跡の機会を、どうしても。
どこかで告げねばなりません。
ただ運命に任せるときは、終わりなのかもしれません。
私がかつて味わった、罪の重さ、別れのつらさ、そして、赦し。
あの時、――は、イエスと言ってくれた。私を赦すと。
でも、私はまだ自分を赦しているとは言えません。
私が知ったすべての――を、あなたにお伝えするまで、私は私を赦さないと、決めたのです。
だからこそ、希望を、たった一度きりの奇跡を守りたい。
あのとき、私が引き裂いてしまった――――が、今あそこにいる奇跡。
私はあれに伝えたい。
そして、それを未来につなげたい。
……こんなものも、私の身勝手でしょう。
自己満足にすぎませんわ。
それでも、私は私の意思として守りたいのです。
かつて、――――と交わした約束を、守るのです。
さあ、参りましょう。
彼らの行く先は――――。
運命を、守らなければなりません。
――――様。しばし、勝手な真似をいたします、どうぞご寛恕を。
いつかこの国を、貴方様の元を去るときには、私の本当の姿を、お知らせいたします。
***
マジック推進を全開にして異常な速度でドルフィン号はリュシー反重力研究所の一画に降り、地面に一瞬タッチして再び遥か軌道上に去っていった。
地上には、僕とセレーナとルイスだけが残された。
まずは、ビクトリアに接触して、目的を話さねばならない。
そのために大人数で危険を冒すわけにはいかなかったから。
事前に準備した偽のID旅券情報を提示して、ビクトリアを呼び出す。
面倒そうなしかめっ面で出てきた彼女は、しかし、そこに立っているのが僕たちだと気づくと息を呑んで立ち止まった。
手招きして、ロビーの隅に彼女を呼ぶ。
「全く知らない名前だったのに、ジュンイチ君だったなんて……それに、先生」
「お久しぶりです、ビクトリアさん。博士を連れてきたわけは、後で話しますが、ともかく、博士はここでは有名人過ぎます、隠れて話せる場所は無いでしょうか」
「見られたくないのね、じゃあ、私の研究室へ」
彼女はすぐに三人分の入館カードを受付で発行させると、僕らを招いて、前にもお邪魔した彼女自身の研究室に僕らを招き入れた。
「ごめんなさい、お茶も何も準備できていないけれど」
きれいに整頓され暖色系で統一された研究室の応接ソファに僕らを座らせ、彼女も向かいに座った。
「いいんです、まずはありがとうございます。それから、謝らなくちゃならないことがあります」
「ルーサー先生を連れているところを見ると、ちょっと話がややこしくなってる、ってことは分かるけれど」
そう言って、彼女は、まぶしそうにルイスを見た。
「単刀直入に言います。この、セレーナは……僕の妹なんかじゃなくて、エミリア王国の王女、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ殿下なんです」
僕が言うと、ルイスを眺めていた彼女の暖かい表情は、一瞬で真っ青になった。
「え、エミリアの王女様!?」
「その通りです。以前は身分を隠してだましていましたこと、本当に申し訳ありませんでした。どうぞお許しください」
セレーナは僕の言葉の後を継いで、それから、深々と頭を下げた。
「王女様、その、もったいない、お顔を上げてください」
触れることもできず両手だけを空中に漂わせながらビクトリアはあわてている。
「それで、ニュースはもうご存知かと思いますが……」
僕がさらに続けると、
「ニュース? えーと、何のニュースでございますか?」
もう敬語も何もかもしっちゃかめっちゃかのビクトリア。
「……ふふ。世俗に疎いのは、私の教育が悪かったかな」
「いえ、その、先生、すみません! ちょっと混乱してて……」
無理も無いよなあ。
何年も前に別れた恩師と、大国の王女が同時に訪ねてきたんじゃ。
「ビクトリアさん、あわてさせてすみません、敬語など考えないで、どうぞ、前と同じようにジュンイチの妹のセレーナと思って接してください」
セレーナが助け舟を出すものの、まだ狼狽の色は消えない。
彼女は僕よりずいぶん年上のはずなんだけど、そんな風にあわあわしているのを見ると、なんだかひどくかわいらしく感じてしまう。
決して、前にセレーナが言ったような意味での好みという意味ではなく。
「ビクトリア君、いくら君でも、ロックウェルとエミリアの戦争の話くらいは聞いているだろう?」
「ええっ、戦争!?」
……知らないみたいだ。
「……すまんな、セレーナさん。この通りだ。最初から説明してやってもらえんか」
「ええ。何もかも」
そして、本当に何もかもの最初からの話を、セレーナは語った。
ビクトリアに最初に会いに来た理由、その前提の究極兵器の話も。
その後、マジック爆弾の秘密をめぐる陰謀があったことも。
あるいは、マジック鉱をめぐる大国同士の巨大な陰謀があったことも。
……そして、そのすべての原因が、エミリアの諸侯たちによる危険な試みであることも。
ジーニーの秘密やカノンを使った究極兵器については、僕からかいつまんで補足した。
その物語はあまりに長く、それだけで一時間の時が流れていた。
ともかくこれで、ビクトリアもすべての秘密を共有する一人となってしまった。
「……話は分かりました。責任重大ね」
そう言って、ビクトリアは右手をセレーナに差し出し、セレーナもそれを取って握手を交わした。
「ただ者じゃないのはジュンイチ君だけかと思ってたら、それどころじゃなくなっちゃいましたね」
「集まった中では僕だけがただ者ですよ」
僕に向き直ったビクトリアに、僕は肩をすくめながら反論した。
「どうかしらね。生まれ付いての王女様、マジック研究の権威、宇宙国家の礎となった人の子孫。そんな中で、君だけがただ普通の人、というのは、異常すぎるわよ。君こそがもっとも非凡なんじゃないかしら」
と、彼女はとても鋭いことを言う。
でも、その話は置いておこう。
「ビクトリア君、まず雑談はいいだろう。ここで、私とスコット博士が研究するための場所を貸して欲しい」
「ええ、もちろん。なんなら、先生が出て行ったままのお部屋をご用意します。あれ以来研究員は減るばかりだし、あの部屋を新しく誰かに与えようとは誰も思わなかったんです」
「なんだ、君はずいぶん、私の自尊心をくすぐるようなことを言うようになったな、よろしい、遠慮なく使わせてもらおう」
「それから、私が研究のために用意したマジックデバイスなら、いくらでも使ってください。タイトル更新のために倉庫にあふれかえってるわ。今ある分は、好きに使って、粉々にしてもらっても」
「だけどビクトリアさん、それじゃあ、あなたのタイトル更新が」
僕が思わず口を出すと、
「そんなもの、来年にすればいいのよ。各種の測定器と調整器具も、押さえておきますね。それから、大型エンジン組み立て用の格納庫。――ああ、大丈夫、疑われたりはしません、年に一回くらいは唐突にこんなことしてるのよ。どうせ『またミッチェルのタイトル更新熱が出たか』って笑われるだけ。今回は、久々の失敗になるわけですけどね」
最後にビクトリアはウィンクを付け加える。
「いつから使える?」
「ちょっと待って」
彼女は手元の端末でなにやら予約システムか何かをチェックし、
「大丈夫、今日から。測定器も調整器も誰も使ってない」
「驚いたな、測定器など三ヶ月先まで予約が埋まってその取り合いのためだけに所内政治問題まで起きていたのに」
「……それは、先生がいたからですよ」
と、彼女は、ルイスの顔を見上げた。
去った恩師を惜しむ優秀な生徒と、成長した子弟を誇らしく思う旧師の姿がそこにある。
僕に、こんな師との出会いはあるだろうかな。
少なくともあの高校じゃ、どうだろう。
大学にいけばもしかすると。
……大学といえば、行ける大学を決めるための考査はいつからだろう。そこまでには帰ろう、なんてマービンは言ってたけど。
日付の感覚がなくなってきていたけれど、三月末の考査はもうすぐだ。
僕が手伝って早くなるものなら、とは思うけれど。
考査の期日どころか、ロックウェルが痺れを切らせて戦争を始めるその日より前にやりきらなきゃならないことではあるんだけど。
僕がそんなことをぼんやりと考えている間に、ビクトリアとルイスは手早く機材の手配をしてしまっていた。
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