第一章 変わるもの、変わらぬもの(5)
無事ベルナデッダを旅立った後、ひやひやものの旅が続いた。
ロックウェル領内に入り、いくつかの星系を跳んだところで、行軍中のロックウェル艦隊とすれ違ったのだ。
運よく索敵中でもステルス中でもなかったようで、肉眼では見えない位置をいつものように防空レーダーをだましながら通過することで事なきを得た。
その行軍の列は、三星系にわたっていた。兵力にして、十行動単位はあるだろう。
その行軍の方向には、少し不吉なものを感じざるを得なかった。
僕らの船の方向と逆行していた。つまり、エミリア、あるいは、さらにその先のファレン。
エミリアが十六行動単位の艦隊を駐屯させているファレン共和国。
これだけの規模の艦隊戦となると、両軍のその被害は計り知れない。
事態はすさまじい勢いで進展している。
少しでもぐずぐずしている暇は無い。
そのことは、セレーナが一番理解していた。
ファレンでの衝突の可能性について話し合ったときも、一瞬暗い顔を見せたものの、すぐに決意の表情で、自分たちの目的を果たすことを最優先にしましょう、と毅然と宣言してくれた。
だから、僕らはそのまま前に進んだ。
途中の星系で汎惑星ネットワークにつながったとき、ようやくそのニュースを僕らは知った。
ロックウェル連合国が、大艦隊をファレンに派遣した、というニュースだった。
まだ直接の衝突には至っていない。
ファレンに隣接するの無人中継星系に陣地を構え、いつでもファレン星系に突入できる態勢を整えている、とニュースは伝えている。
ロックウェル内のニュースなので、その論調は、ファレンに対する侵略行為を行ったエミリアに撤退を促すための出兵、ということになっている。
けれど、ロックウェルの戦力を全領域からかき集めればこんなものじゃないはずだ。
さらに遠征規模を拡大して、いずれは衝突に至るだろう。
力でエミリアを排除することになるはずだ。
先に侵略行為を行ったエミリアに対して戦争を仕掛ける大義名分はあるのだから。
時間が無い。
衝突に至る前にエミリアを自ら退かせること。
僕らの行動に、新たな条件が付け加わってしまった。
焦っているのは僕だけだろうか?
セレーナは、一見平然とした顔で、リュシーへの旅を率いている。
でも、僕は、知っている。
彼女が誰よりも心を痛めているだろうことを。
それでも、彼女は騎士団を率いるリーダーとして、不安をその小さな胸の中に閉じ込めて、決して人に見せないのだ。
彼女は、そういう人なのだ。
***
「セレーナ様」
キアラは、また星空を子守歌にしようと操縦席を訪れ、そこにたたずむセレーナを見つけた。
「あらキアラ。どうしたの?」
「私に、ストンと眠りにつくという特技はなさそうでして」
キアラがそんな風に遠回しな言い方をすると、セレーナも小さく笑った。
「こちらへいらっしゃい、ナビゲータ席の方が星がよく見えてよ」
「そこはジュンイチ様の」
「あんなのの指定席じゃないわよ。なんとなく、習慣でそうなってるだけ」
キアラの遠慮を一言で切り捨て、セレーナはキアラに椅子を勧める。
遠慮がちに、キアラはナビゲータ席にすわり、セレーナに並んだ。
「セレーナ様はさすがでした」
キアラは唐突にそんなことを言う。
「私も、ロックウェルの提督に向けてだいぶ尊大な態度をとって見せましたが、セレーナ様がラファエーレ様に見せた、なんというか、迫力、すごかったです」
「見習っちゃだめよ」
「ええ、そのあたりはこれからもセレーナ様にお任せしますわ」
顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。
「でもね、キアラ。私、ラファエーレさんとお話してて。少し。分かったの。彼らも、自らの意思で戦いたいと思ってるってこと。その時、私ね、自分でも気づかずに、あなたの言葉、繰り返してた」
「……私の言葉、ですか?」
「ええ。戦う自由。私があなたから奪い、あなたを精神の牢獄に閉じ込めていた、そのこと。ケガの責任の所在をめぐって戦う自由。友達を巻き込もうとする敵と戦う自由。ペンと紙と理論で宇宙と戦う自由。――みじめな自分と、戦う自由。私が彼らに与えられるもの。きっと、そのこと」
しばし、キアラはセレーナの言葉をかみしめている。
「お助けになれて、幸いです」
小さくつぶやく。
「……私ね、ジュンイチたちに約束したの。ジュンイチたちが究極兵器を――至高の魔法を手に入れてくれるというのなら、私は、エミリアの民を導く心の究極兵器を手に入れるって。でも、『エミリアの民』って言ったとき、どうしても私の言葉が届かないかもしれない人がいるって思って……その人の心にどんな言葉なら届くのか知らなきゃならないと思って……だから、心の究極兵器を手に入れるために、その人を探すことにしたの」
優しいほほえみを浮かべながら、セレーナはキアラの瞳をじっと覗き込んだ。
「あなた。キアラ。それが、私の最後の試練。そして、私はあなたと向き合い、嫌と言うほど弱い自分を味わった。ジュンイチといるときはいくらでも湧いてくる勇気が、ひとかけらも湧いてこなかった。ただただ、腫れ物に触るようにあなたと接してた。何が間違ってたのか、ちっとも分からなかった。……でも、あなたは、ちゃんと教えてくれた。私が奪ったものは、あなたの戦う自由。そしてそれはきっと、今、諸侯がエミリア国民から奪おうとしているもの」
「セレーナ様……」
「究極兵器は、あなただったの」
しん。
わずかばかりの時間、コックピットに静穏が流れたが、
「……ぷっ」
その静音を破ったのは、キアラの笑い声。彼女は失敬にも吹き出していた。
「なっ、なによっ!?」
「うっふふふ、ふふっ、キメ顔で『究極兵器はあなただった』、ですって! ちょ、ちょっと、セレーナ様、そんな臭いセリフ、どこのドラマで覚えてきたんですか!」
「は、はぁ!? ちょちょちょちょっと、いくらキアラでも、あの、ちょっといや、ほんとに!」
セレーナは顔を真っ赤にして言葉を失い、キアラはそれを見てさらに笑った。
「ありがとうございます、セレーナ様! 私にそんなお役目があったんですね。私も何もかもぶちまけた甲斐がありました」
「いやほんと、その、そうよ、ちょっと、真面目にお礼言ってるんだから」
「はい、存じ上げてます。でも、私、セレーナ様のそういうの、笑い飛ばすことにしたんです。だって、笑っている方が、楽しいじゃないですか」
「も、もう、キアラ!」
耳まで赤くしてキアラの肩をパンパンと叩くセレーナも、実のところ、キアラがこんな風に笑い飛ばしてくれることが本当にうれしかった。ここで真面目な顔で『そうです、それこそがあなたの使命です』なんて言われようものなら、きっとセレーナは再びキアラに要らぬ負い目を感じたかもしれない。キアラはきっと、そのことを、セレーナ本人より良く理解していた。
「あ、そうそう、笑い飛ばす、で思い出しました。セレーナ様、セレーナ様がお屋敷に現れたとき、私、次は私が旦那様の毒牙にかかるかもしれません、って泣きつきましたよね」
「ええ、そう言えば。ほんと、あのバカ三男どうしてやろうかしら」
「ごめんなさい、実は、あれ、全部嘘です。ああ言えばセレーナ様、連れだしてくれるだろうと思いまして、とっさに。旦那様は女性に優しくて誰からも慕われてます。余りに気優しいものですから、貴族家の跡取り候補としてもちょっと頼りないと、別邸に移されていて、それでも腐らずに自分を磨いてらっしゃるような方でした。悪いことしちゃいました」
そう言ってキアラは舌を出す。
セレーナはさすがに呆れ顔だ。
「……今度、謝りに行きます。いえ、行きなさい。命令です」
「はぁーい」
そんな風にして二人の夜は更けていった。
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