第五章 その壁の、内へ(6)
「ジュンイチ様、接続が確認できました」
「手筈通りに。急いで艦隊備品管理システムの管理者権限パスコード推測。管理システムに侵入後、管理ネットワークの構成変更。運行ネットワーク経由で旗艦ジーニーへのルート設定。同時に、旗艦ジーニーの管理者権限パスコードを推測、管理者権限で接続」
「かしこまりました――完了しました」
「ではすべての照明をオフに」
「完了です」
こうして、この作戦の最も困難な部分が解決した。
キアラが持ち込んだ画面の割れた端末には、裏にひそかにソケット型ジーニーインターフェースが取り付けられている。使い古したポーチ型ケースに隠すように。そして、その端末を艦隊の内部にある何らかの情報装置――最も簡便なところで言えば、外部モニターか何かに接続してしまえば、そこが突破口になる。ジーニーのユニバーサルプロトコルはあらゆる伝送方式の上で自在に構成可能なのだ。それが単なる映像接続のためのリンクだとしても。そして、艦隊に置かれるあらゆる備品は管理用ネットワークに接続されている。あとは映像リンクと管理ネットワークと運行ネットワークの間を遮断している論理的ファイアーウォールを無効にしてしまえばおしまいだ。
これで艦隊の無力化は完了。分かりやすくそれをキアラとマービンに伝えるために、照明を落とす、というサインを送る。
そして照明を落とすことにはもう一つの意味がある。その混乱に紛れてキアラとマービンが脱出すること。これだけは、ジーニー・ルカにもどうしようもない。二人の才覚に頼るしかない。
振り返ると、セレーナが目をつむって、膝の上でぎゅっと手を握っている。
「……大丈夫だよ、セレーナ。キアラは、きっと無事に帰る」
「分かってる、分かってるわ、でも、あの子は一人で戦ってるのに――」
「マービンが一緒だ。一人じゃない」
セレーナが目を開き、うん、と小さくうなずいた。
「ジーニー・ルカ、キアラとマービンの居場所は分かるね?」
「いいえ、当該艦内にそれに相当するセンサーは機能しておりません」
「ああ、間違えた。ジーニー・ルカ、キアラとマービンの位置を、直感推論」
「かしこまりました。――直感推論した艦内フロア図上に、プロットいたします」
そうして、僕らの目の前のモニターに、ものすごくデフォルメされた艦内地図と、そこにプロットされた赤い光点が示される。
艦内は、比較的シンプルな構成になっている。艦内で白兵戦をするでもないわけで、できるだけ導線をシンプルにする必要性があるからだ。艦橋は一つの大きな部屋を形成していて、そこから、将官の居室、下士官・兵卒の居室に向かう短い廊下がつながっている。もう一つの廊下は、下のフロア、資材倉庫や火器管理室などにつながる階段に直結だ。その下のフロアのさらに下に、数々の戦艦基盤に関わる機械室だの格納庫への通路だのが伸びていて、キアラたちを運んだ戦闘艇がドッキングしているポートが接続しているのもこのフロアだ。
そんな三次元表現の中で、キアラたちの光点は艦橋にあり、二つある出口の片方に向かってゆっくりと動き始めている。多分今は暗闇の中で気づかれないようにそっと隠密行動をとっている。
「ジーニー・ルカ、二人の位置から戦闘艇までの最短ルートを。彼らが道を選択しなければならないとき、彼ら視点で右であれば青、左であれば赤のフラッシュを、キアラの持っている端末で光らせて。手筈通り、変更なし」
「かしこまりました」
このあたりの相談も事前に手早く済ませている。キアラとマービンが二人でボディランゲージを交えながら『右が青、左が赤』と唱えて――踊って? いた姿を思い出す。お前ら仲良しかよ、とツッコミを入れたくなったけれど、やめておいた。ともかく発案者のマービンがいれば、間違えることはないだろう。
扉を潜り抜けた光点のスピードが上がる。すぐに階段を二フロア分降りると、そこでおそらく赤いフラッシュが焚かれている。彼らは階段から左に曲がり、正しい通路をどんどんと進んでいる。
セレーナは、その動きを食い入るように見つめている。相変わらず手は膝の上で関節が真っ白になるほど握り締められている。
ふいに、光点が止まった。
「ジーニー・ルカ、キアラとマービンの周囲の状況を直感推論」
「かしこまりました。……正面左の通路に軍人が二名。お互いを認識したようです」
「だめ……」
セレーナが小さくつぶやく。
「大丈夫。右に機械室の扉。入るようにサインを出して。通っていけば後部の機械室扉に抜けられる。そこからフロアを半周して逆回りでドッキングポートに。敵兵の位置を直感推論。出会わないルートを見つけて。もしどうしても出会うなら、一瞬最高照度で照明をつけて、それから再び真っ暗に。目くらましでやり過ごす」
この目くらましのアイデアも、マービンに伝えてある。というより、マービンが考えた。どうしてもまずい時は躊躇せず発動するように、と。自分たちの目もやられるが、そうなると心構えしていればそれが敵と大きな差を作れる。
「かしこまりました。敵兵位置を青い光点で示します」
そして、フロア内にいくつもの青い光点が現れる。二つの光点は、既にキアラとマービンに気づき、機械室に逃げ込んだ二人を追っている。ほかの光点はそれぞれの部屋でじっとしている。異常時はその場で動くな、と厳命されているのだろう。だから、たまたま廊下にいた二人だけが、キアラたちを追う形になっている。
二人の光点はやがてドッキングポートに近づいた。追う二人はさすがに速い。一度手の届くほどの距離に近づいたが、その時は照明フラッシュで距離を稼いだ。そのアドバンテージも、厳しい。
「浦野、毛利、悪いけど、頼む」
僕が短く言うと、二人は席を立った。浦野の手には、神経銃。浦野の手が小さく震えているのが見える。
そして二人は、ドッキングポートに向けて駆けていった。
***
真っ暗になった艦橋で、キアラはほのかな蓄光を放っているマービンの腕時計を見つけると、手早く手錠のロックを解除した。そしてその手を取ると、忍び足でドッキングポートに向かう扉を目指す。
これに備えてマービンもずっと目を閉じて慣らしていたので、彼もつないだ手を通じて暗闇にほの見える扉へ誘導した。
扉を抜けると廊下、その先にすぐに階段がある。この階段をまとめて二フロア降りれば、ドッキングポートのあるフロアだ。
「大崎君がうまくやりました。キアラさんの演技も見事でした」
マービンが小声でそんなことを言う。
「マービン様、ご不便をおかけしました」
「誰の目があるかわかりませんよ、まだ幼く高慢なお姫様でいてはどうです?」
暗闇でキアラは顔を真っ赤にする。あの演技は、確かにいろいろな貴族を見てきた彼女にとってはたやすいものだったが、それでも、それをマービンにじっと見られていたことは、ちょっと恥ずかしく、さすがに赤面するしかない。
しかし、階段を下りながら、キアラは言う。
「……マービン様。ありがとうございます」
「何がですか?」
「セレーナ様と、喧嘩が出来ました。言いたいことを全部言えました。……どうでしたか?」
その問いかけに、マービンは、小さく、ふふ、と笑う。
「ええ、まるで親友同士のようでした。でもそのあとのことには少し不満が」
「えっ、何かありましたか?」
「影武者役のキアラさんの株はずいぶん上がりましたが、人質役の私をもう少し高く売ってくれてもよかったんですよ?」
「まあ。欲張りな方です。あんな素敵なお友達がいるのに」
「……ふふ、そうかも、しれませんね」
マービンは小さくうなずいて返した。
フロアに下りた二人は、キアラの端末のフラッシュが示す方向に向けて一気に駆け出す。
足音を気にしている暇はない。
しかし、それが良くなかった。
「誰だ?」
廊下の向こうから、誰何の声が聞こえてくる。
運悪く、廊下を歩いていた兵士がいた。
そしてその兵士は携帯用の明かりをともし、キアラとマービンの姿を見つける。
「おい、あれ」
「まずいぞ――待て、動くな!」
二人の兵士はそう言ってマービンとキアラに迫ろうとする。
一瞬我を失ってしまった二人だが、その時、端末が青くフラッシュする。見ると右側に扉がある。
「大崎君が別のルートを見つけたんです。従いましょう」
確固たる信頼のこもったマービンの言葉に、キアラは従うことにした。キアラはまだ、大崎が起こす奇跡を何度も見たわけではない。彼が起こすことに半信半疑だったとしても仕方がないだろう。それでも、マービンの表情は、それを覆すに足るものだった。
飛び込んだ二人は、フラッシュの示す通りに、機械室内の何かの装置やらパイプやらをよけて走る。
すぐ後ろから、追ってくる兵士の足音が聞こえる。さすがに鍛えている大人で、その足音はどんどん近づいてくる。
やがて扉が見えてきて、端末のフラッシュに従い彼らは迷わず扉を開けて廊下に出た。
軍人の足音はすぐ後ろだ。
まずい捕まる――。
思った刹那、廊下の照明がフラッシュする。目がくらんで再び真っ暗闇になる。何も見えない。
でも、マービンはそれを予測していた。きっと大崎はこのタイミングでこれをやってくれるだろうと。
だから彼はひるまず、キアラの手をしっかりと引いて、前に進んだ。後ろの足音が一瞬やむ。距離が取れた。
どこが廊下の角かもわからないが、彼が信頼する大崎とジーニー・ルカの発する信号に従い、全力で駆ける。
やがて、ドッキングポートにつながる小部屋の扉が見える。ロックはジーニー・ルカが解除してくれているはずだ。古臭い気密開き戸になっているその扉を引き開け、飛び込むと、目の前にはもうドッキングポートが見えている。
さらにそのハッチを引き開け――
「おい待て!」
その時、二人の兵士が追いついてきた。
マービンとキアラは構わず飛び込む。一瞬、無重力下で体勢を崩してしまう。
「キアラさんっ」
戦闘艇の中で空中に投げ出されそうなキアラを、マービンは抱くようにして引き寄せ、さらに進もうとする。ドルフィン号のハッチまでほんの数歩。しかし、そのわずかな隙に、兵士二人の手が彼らにかかろうとしていた。
その刹那。
「触んじゃねーよクソ野郎!」
なつかしきダミ声とともに、ドルフィン号のハッチから飛び出してきた頼もしい拳が一人の兵士を吹き飛ばした。
そして同時に。
不安定な足場、おぼつかない姿勢、激しく動く標的――そんな困難をものともせず、浦野の神経銃がぴたりともう一人の兵士に照準を定め、カチ、という小さなトリガー音だけを残して、昏倒させた。
浦野と毛利の支援を受けた二人は、ドルフィン号に飛び込む。浦野が続き、毛利がハッチを力いっぱい閉めたところで、船はグンと加速し、接舷用フックがちぎれる甲高い音が響き渡る。後には、ジーニー・ルカの支配下に置かれた大艦隊が残されるのみとなった。
キアラが汗をぬぐいながら操縦室に戻ると、向こうを向いたセレーナの姿。
やがて、セレーナは、椅子をくるりと回す。
「あらキアラ、戻ったのね。あなたの墓前に供えるお菓子を選んでいたのに」
「まあ、それはありがとうございます。そういえば、六年前、私の家にしばらくの間差出人不明のお菓子が届きましたわ。一体誰なんでしょうね? あのお菓子がまた食べたいわ」
二人はくすくすと笑い合い、それから、お互いを力いっぱい抱きしめた。
そしてそれを見ていた浦野が頬っぺたを膨らませて一言。
「……むう、妬ける」
当然、その後頭部から、大崎のツッコミのすぱーんという軽快な音が響いたことは説明するまでもない。
***
気がつくと、浦野がぐすぐすと泣いている。
最初に気がついた僕が、彼女のいる操縦室の入り口ドアの脇に向かった。
「どうした、浦野」
僕が訊くと、彼女は、小さく、うええ、と嗚咽を漏らした。
「人……人を……撃っちゃったあ……」
作戦がうまくいったことに喜んでいたが、そうだ、彼女は。
本当は暴力なんて大嫌いなただのプリン好きの女子なのに。
高揚感でマヒしていた恐怖が、反動のように彼女の心に押し寄せてきたのだろう。
そんな彼女に神経銃のトリガを引かせてしまったのは、僕。
「大丈夫、大丈夫だから、ほら、撃てって言ったのは僕だし。そうしなきゃ、撃たれてたのはマービンとキアラだし、もしかするとセレーナや僕だったかもしれないんだ」
「分かってるよう……でも……うええ……」
いつの間にか神経銃も放り出して、手すりにしがみつくようにしてまた泣いている。
「大丈夫よ、トモミ。ほら、私をごらんなさい」
一旦キアラをキャビンで休ませていたセレーナが戻って、浦野に優しく声をかけた。
「セレーナさん……?」
セレーナは背筋を伸ばしてみせる。
「一度あれに撃たれた私がこんなに元気なのよ。ただちょっと痛いだけ、たいしたこと無いわ、あんなもん」
セレーナが言うと、浦野はまたセレーナにすがり付いて、うーとかなんとか言っている。
だが、もう一度、顔を上げたときは、少しだが、笑顔が戻っていた。
「……うん、ごめんね、取り乱して。今度機会があったら、あたしも試しに撃たれてみるよ……」
「そ、それはやめておきなさい」
あわてるセレーナを見ると、ぜんぜん『たいしたこと無い』ってなもんじゃないんだろうな、あれに撃たれるのって。
セレーナが浦野の頭をまだなでているが、まだ僕らの作戦は終わっていない。気持ちを引き締めなおす。
「まだ、最後の仕上げがあるんだ。僕らの大艦隊が、あいつらをやっつけなくちゃ」
「さて、どのくらいの大艦隊を用意したのかしら?」
「さあね、あいつらの受け取り方次第さ」
僕とセレーナが軽口を交わしている間にも、大きな塊が視界の中をゆっくりと通り過ぎていく。
視覚的にステルスを効かせるために真っ黒の艦体でも、ここまで近いとさすがにはっきりと見える。
「ジーニー・ルカ、確保したプローブから、索敵ビームを」
僕がオーダーすると、それはおそらくすぐに実行された。
そのプローブは、ジーニー・ルカによる工作で密かに戦艦から放たれ、その後方を漂わせていたものだ。
「プローブが通信ビームを検知しました」
背後から索敵ビームを受けては、誰何せずにいられない。予想通り、彼らは通信路を求めてきた。
「つないで。送話は無し」
すぐに、音声が聞こえてきた。
『こちらはロックウェル連合艦隊、M艦隊である、所属を明らかにせよ』
「ジーニー・ルカ、相手索敵システムに擬似入力。そうだな、身元不明の戦艦三十艦と護衛艦九十くらいでいい」
豪華、五行動単位の大艦隊だ。
返答代わりに突如大艦隊が検知されたのだから、彼らの驚きはいかほどのものだろう。
ジーニー・ルカを通して、最大レベルの戦闘態勢に移行したことが伝えられ、窓の外に見える戦艦がステルス性を失うのも構わずにサイドスラスターを噴射しながら大急ぎで向きを変えるのが見えた。
ドルフィン号が急加速して戦域を離れたことに気づくものは、ジーニー・ルカに支配された艦隊の中に一人もいなかった。




