第四章 巨鳥の羽ばたき(5)
ディナープレートはすっかり空になっていた。
僕は味気ないミネラルウォーターの入ったグラスを持ち上げて、ぼんやりと眺めている。
毛利はもう四杯目のお酒に手を伸ばしつつあった。とっておきだと言ってルイスが途中から持ち出してきたのは無色透明のグラッパというお酒らしく、度数は結構なものらしい。それをうまいうまいと飲む毛利も、同じ十七歳とは思えないんだけれど。来月の月次栄養健康診断では累積アルコール値が絶対引っかかるだろうな。かわいそうに。
「明日の朝にでも発とうと思います」
特に何のきっかけがあったわけでもないけれど、そろそろ言っておこうと思い、僕は、ルイスに向けて告げた。
「そうか」
特に驚いた風も無く彼は受け止めた。
「博士のお察しの通り、時間が無いんです。博士が必要と言った……カノンの純粋理論家。探しに行きます」
いいかな、と言うように周りを見回すと、みんな同じようにうなずいた。
「どこに行くつもりだね」
「惑星オウミ。ロックウェル連合国内です」
「そうか、気をつけることだ。君たちがどんな手を使って警戒網を潜り抜けているかは分からんが、仮に、宇宙艦隊にでも見つかると面倒なことになるかもしれん」
「いやー、それがもう何度か見つかっちゃって」
毛利が応えると、ルイスは少し深刻そうな表情に変わり、グラスを静かにテーブルに置いた。
「よく無事だったな。知っておるかもしれんが、宇宙戦艦ではマジック推進を使わない。なぜなら、マジック船にはどうしようもない弱点があるからだ。――そうだな、たとえ話をしよう。海の上の戦いを想像してみてくれ。帆船と動力船、まともに戦えばどちらが勝つと思うかね?」
「もちろん動力船ですね」
答えたマービンはまだ一杯目のブランデーをちびちびと飲んでいる。
「その通り。帆船の機動力は風次第だ。自力で行動できる動力船にはかなわぬ。重力の風を推進力に変えるマジック船もある意味で帆船と同じだ」
「それでも、現実には重力の風は尽きないし、化学推進の船よりもはるかに自在に飛び回れます」
あまりに腑に落ちず、僕は思わず反論した。
「はるか昔、そういう戦争があった。実を言うと、惑星リュシーでね。マジック推進船を開発したリュシーの反乱軍はロックウェル艦隊を翻弄し、圧倒した」
宇宙戦艦の一撃必殺のアタック・カノンも、蜂のように飛び回る小型マジック船には手も足も出ないだろう。化学推進に過ぎない誘導ミサイルでさえ、それは捉えられないに違いない。僕らがオウミの空でミサイルから容易に逃れられたように。
誰がどのように考えても、マジック艦隊が勝つに決まっている。
「だがね、ロックウェルはすぐに対抗策を見つけたのだよ。反重力フラッシュボムと名づけられたがね、マジック鉱に瞬間的に爆発的なパワーを入れる。実際は圧電素材と火薬を使った至極原始的な起爆装置なのだがね、当然、マジック鉱は過負荷に耐えられず砕け散るが、そのときに発生した反重力の重力波は、ろうそくに息を吹きかけるように、帆を広げたマジック船を吹き飛ばしたのだよ」
ルイスの言葉に、僕は、また違うものが突然目の前に広がるのを感じる。
なるほど、理屈は、分かる気がする。
反重力フラッシュボムは、貴重なマジック鉱と引き換えに、小さな重力の突風を起こす兵器ということだろう。
重力は弱い。直接相手を破壊するほどの力はない。でも、無防備に大きな帆を広げたマジック船を吹き散らすことくらいはできる。
確かにおかしいと思っていた。
マジック推進の圧倒的な推進性能をもってすれば、ミサイルやアタック・カノンの照準から逃れながらあっという間に相手に肉薄さえできるはずだ。
にもかかわらず宇宙戦艦やミサイルは例外なく化学ロケット推進だった。
マジックには決定的な弱点があり、それを突く防備があるからなのだ。
そして、それは、ドルフィン号にも有効。
「そんな兵器が一般の戦艦に装備されているのですか?」
背筋に寒いものが走るのを感じながら僕は尋ねた。
「正規の艦隊であれば、おそらく慣習的に、護衛艦に装備してあるはずだ。敵がそれを使うことに気づかなかったのは運が良かった」
「どうすれば良いでしょう」
「艦隊を見つけたら、一目散に逃げろ。もちろん艦隊が本気でステルスを効かせて迫ってきたらそう簡単には気づかせてもらえないだろうが」
と考えると、相手から警告を発しながら近づいてきてくれた今までの艦隊との戦いは、とても幸運だったということだ。
「反重力フラッシュボムは性質上、ある程度近接して爆発させねばならんから、普通のミサイルで発射される。セレーナさんのマジック船なら逃げ切れるだろうが、数万キロ以内の至近距離で爆発されたらまずい。そのことだけは覚えておくように」
ジーニー・ルカで先に発射管制システムを麻痺させる、というような対抗策も考えておこう。
最悪でも、ミサイル発射のシステムさえ押さえてしまえば。
出会ってしまったときの行動を、イメージトレーニングしておこう。
***
翌朝。すぐに検討を再開したいから玄関までで勘弁してくれ、と言うルイスに、お気遣い無く、と応え、玄関先で彼と別れることになった。
もう一度、全員で振り返って、扉を開けたまま立っているルイスに向き直り、協力への感謝を込めて丁寧に頭を下げた。
「あまりかしこまらないでくれたまえ、これは、隠遁生活に飽き飽きしていた私にとってはプレゼントのようなものだ」
そう言ってはにかむルイスの顔は、まるで子供のようで。
「それもこの国の誇る王女殿下からの直接のご下賜だ、うれしくないわけがあるまい」
「その言葉だけで私は勇気をいただけます」
セレーナは再度、深々と頭を下げた。
「一週間、ください」
「いいえ、三日」
僕が言うと、すかさずマービンが訂正した。
「逆算するとですね、三日ほどで片を付けないと、期末考査に間に合わないのです」
彼の言葉にルイスもみんなも笑う。
そうとも。
僕らにとっては、こんなもの、期末考査に比べればたいした問題じゃない。
ささっと片付けちまおう。
「くれぐれもお気を付けを、殿下」
最後に、ルイスは腰を落として礼儀正しく王女を送り出した。




