第三章 最大の味方(6)
「彼女の名前は、キアラ・レオナルディ。レオナルディ男爵家の二女。ベネリ侯爵家の従属貴族で、大陸東部のオルヴィエート自治州に小さな荘園を持ってる」
セレーナは操縦席に座り、青く明るく輝くエミリアを見つめながら言う。
「私の知る限りだと、キアラはそのお屋敷にはいない。きっとどこか遠くに奉公にだされてるんだと思う……さすがに処刑されたとまでは考えたくないけれど」
処刑、という言葉を聞いて、僕の背筋はひやりとする。
そう、エミリアという国は、高位の貴族や王族に対する狼藉は、たやすく死罪に結びつく。
例えば、王女に手を出した平民、とか。
僕もその瀬戸際にいたことを思い出した。
「……たぶん、注意深く行方を隠されてるわ。決して私の人生と交わらないように。レオナルディ男爵も人の親だから。もし王女である私が、何かのきっかけでキアラにケガをさせられたことを思い出して、改めて罰を与えようなんてことを言い出したら」
下級貴族にとって、王族は敬う相手でもあり、怖れる相手でもある。
もし王族が刹那的な横暴にとらわれて八つ当たりの対象に選ばれたとしても、それを受けねばならない。
そうならないように自分を律することが王族の誇りであるとセレーナは言うけれど、きっとそれを怖れる貴族はそうは思わない。権力に際限はなく、際限なき権力はいつでも暴虐になりうる。そう信じて身を守るしかない。
だから、過剰に身を守る策をめぐらさざるを得ない。
王族にケガをさせた少女を――キアラを、セレーナの前に引き据えて過剰な罰を与えて見せたように。
「……そんな相手よ。ジュンイチ。改めて聞くわ。見つけられる?」
そして僕にはその方法がある。
全知の魔人、ジーニー・ルカ。
どんなセキュリティも役に立たない。
その気になれば、きっと情報がそこにある必要さえないんじゃないかな。
「……そうだね、あまりジーニー・ルカの力を振るいすぎるのも良くないんだけれど」
僕は言葉を切り、
「……これから先、ジーニー・ルカのこの力を使い続けると、いずれ、どこかのジーニーがこの力を学習してしまうかもしれない。そうなったら、僕らは単なる五人の子供に逆戻りだ」
僕はその心配を言葉にした。
「毎回そう言うけれど、本当なの?」
セレーナが不思議そうに疑問を呈する。
「分からない。僕も、完全に謎が解けたわけじゃないんだ」
「でも、あなたはこの力が……」
セレーナは言いよどんだ。
セレーナは、ジーニー・ルカがセレーナのジーニーだからそうなのかもしれないと考えていて、確かに僕はそれを否定した。
僕は謎を解いた、と彼女は思っている。
だから彼女は僕に結構無茶なことを言うようになってきてるんだろうけど。
実のところ、僕はまだ完全に謎を解いたわけじゃない。
もしかすると、あるいは、きっとそうなんじゃないか、と思うところがあるだけで。
「今のところは、なぜか、うまくいってる。僕はそう思ってる」
「大崎君がそんな弱気では、ちょっと心配になりますね」
と言いつつ、マービンの顔色は、むしろ信頼のそれに近いことが、少し弱気になりかけた僕をほっとさせてくれる。
「頼みはあなたなのよ。あなたが言ったんでしょう。マジック爆弾の秘密はともかく、それを実現するための最後の数字を導くのは、ジーニー・ルカの直感しかないかもしれないって」
「大丈夫、条件さえ満たせばきっと、僕以外のオーダーでもジーニー・ルカにはそれができる」
僕が言うと、セレーナはこれ以上無いほどの苦笑いを浮かべた。
「なあんだ、やっぱりあなたには秘密が分かってるんじゃない」
その言葉に、ほかの三人もくすくすと笑う。
……はめられた。
さっきのセレーナの弱気は、僕に自信満々の宣言をさせるための罠だったんだ。
セレーナは、ロッソなんて足元にも及ばない策士だった。
「じゃあ、できる、ってことね」
「まあ、ジーニー・ルカなら、やるさ」
そして、じゃあ始めようか、と、僕はナビゲータ席の背もたれに寄りかかり、緊張を解く。
別にそうしなくってもできるけれど、これは何となく、ジーニー・ルカに、僕の余裕を見せてやりたいという見栄みたいなもので。
僕は深呼吸する。自然と惑星エミリアを見つめ、セレーナも、ほかのみんなも、同じように操縦席の窓からその青く輝く球体を見つめた。
誰もが息を止めたのを感じた。そして――。
「ジーニー・ルカ。オーダー。キアラ・レオナルディはどこにいる?」
言った瞬間、みんなの驚愕の視線が僕に集中した。
……だろうなあ。きっとみんなは、僕が、エミリアの住民台帳だか貴族年鑑だかそう言うシステムに侵入し、厳重に隔離されたキアラの記録を暴くための複雑でエレガントなオーダーを始めるだろう、と予想していただろうから。多分度肝を抜かれてる。
でも、本当に度肝を抜かれるのはきっとこの後。
「キアラ・レオナルディ様は、今、ヌオーヴァ・ジェノヴァ市二番通り奥、セルモンティ子爵家の別邸です。エリザベス・スミスという偽名で平民の家政婦見習いとして過ごしていらっしゃいます」
ジーニー・ルカは、僕の期待通りに、ぴたりとその場所を指し示した。
誰もが何も口にしない。
ただ唖然と僕を見ているだけだ。
なんだか気恥ずかしくなってきて、
「じゃあ、行こうか、目的地はヌオーヴァ・ジェノヴァ市」
僕がそう言ったところで、ようやくみんなは目の前で起きた奇跡を理解し、それから、ジーニー・ルカのとてつもない力を徐々に理解し始め、何か恐ろしいものを見るような顔になった。
僕がジーニー・ポリティクスに感じた恐怖、ちょっとでも共感してもらえたかな。
***
「初めまして、キアラ・レオナルディと申します」
何をどうしちゃったのか分からない。
さすがにみんなでぞろぞろってわけにもいくまい、ということで、セレーナ一人で彼女に会いに行くことになった。
ドルフィン号を近くの宇宙港に降ろし、セレーナが一人で出かけて、ほんの数時間。
ドルフィン号のタラップの前に、彼女は立っていた。
セレーナに似た美しい金髪とスリムな体形。遠目には、双子かな、と思うほどにたたずまいが似ている。
でも、少し濃いめの色の眉とブラウンの瞳が、セレーナとの違いを浮き立たせていた。
「……というわけで」
なんだかどこかで聞いたようなセリフをセレーナが苦笑いしながら僕らに向けてつぶやく。
「な、何が?」
「……まあ、色々細かいところは省くわ。私が行ったとき、キアラはすぐに私に気づいて。助けてくれって言われたから助け出してきた。それだけ」
いやいや、いくら何でも、ちょっと話が飛びすぎだ。
「キアラさんが、何か困ってたってこと?」
浦野が恐る恐る尋ねる。
「ええ。別邸は成人したばかりの三男が主人でね。まあ女癖が悪いと評判で。メイドに次々に手を出していて、いつ自分の番が来るかと毎日震えてたって。子爵家ごと潰してやろうかしら」
セレーナは怒りもあらわに、簡潔に事情を語った。
きっとこれでは、二人の感動の再会なんて流れもなかったんだろうな、なんて思ってしまう。
「キアラ、ともかくお入りなさい。送るわ。男爵の家まででいい?」
セレーナが振り向いてキアラに声をかける。が、予想外の返事があった。
「いいえ。セレーナ様にお仕えさせてください」
「……一応聞くわ。キアラ、今、私たちが何をしているか理解してて?」
「いいえ。でも、どんな所でもよいので、お仕えさせてください。給金もいりません。一日二度の食事さえいただければ」
「三度出します! ――いえ、そうじゃなくて、えっと、私たち、ちょっと危険な旅をしていて」
なんだかセレーナが手玉に取られているように見えて、僕は思わず含み笑いしてしまった。
「ともかく、あなたは連れていけません」
「いいえ、お仕えさせてください。夜は床で寝ます」
「ベッドを使いなさい! ――じゃなくって。お願いだから、聞き分けてちょうだい」
「いいえ、お仕えします。あ、着の身着のままなので下着の替えだけは支給していただけるとありがたいです」
セレーナはそこで言葉を切り、しばらく黙り込んだかと思うと、くるりとこちらに振り向いた。
眉をハの字にした、やっぱり苦笑いの表情で。
「……というわけで」
なにが、というわけ、なんだろう、と思い、思わずため息を漏らしてしまう。他三人の高校生組も似たような表情だ。
ともかく、いつまでも彼女をタラップに立たせているのも悪いので、ひとまずキャビンに入ってもらうことにした。
家政婦見習いというが、おおよそメイドのような恰好をしている。と言っても、いかにもなメイド服というわけではなく、汚れが目立たないような薄茶色のワンピース型ドレスにエプロンをしているだけだ。その恰好でずっといるのも申し訳ない気がして、セレーナがいくつか彼女の服を見繕って貸そうとしたが、キアラは固辞していた。でもいずれ替えの服は必要になるので、その時はその時でセレーナと浦野に何とかしてもらおう。
いきなり誰かと相部屋なんてのもどうかと思ったので、キアラに就寝用キャビンを一つ与え、浦野とセレーナが同室になった。図らずも、ラウリと旅をした時のフォーメーションだ。同じように、操縦室キャビンにも、二つの固定席に四つの補助席を加えて六人が集まれるようにした。そう、あの時と全く同じに。
それから、ともかくお互い何も知らない同士ではこの先の話もなかろう、ということで、一旦全員で集まり、自己紹介をすることになった。
「オオサキ・ジュンイチです。セレーナとは少し色々とあって、今、一緒に追われている身です。その、キアラさんも、一緒にいたらきっと追われることになるので、うん、えーと、やっぱりどこか安全なところにお連れします」
「ジュンイチ様ですね、よろしくお願いします。セレーナ様のご友人であれば、どうぞ、キアラ、と呼び捨てにしてください」
こんな感じの自己紹介を一巡。
そして、セレーナはこの旅の説明を始める、と宣言し、視線だけで僕に丸っとその役を投げつけてきた。ひどい。
「まだどこまで話すべきかわからないです。が、少し、というか、だいぶ、僕らは危険なところにいます。一言でいうと……そうですね、今、五百億の敵がいます」
「……なるほど、少し多いようですね」
「だから、キアラ、さんも」
「キアラ」
なんだか睨まれた。
「――キアラ、も、僕らと一緒に来るということは、そういうことです。安全は保障しません」
「当然です。王女様にお仕えするとは、そういうことです」
なんだこの肝の座り方は。
――でもなんだか、どこか、壊れた人形と話しているような不安が湧いてくる。
彼女は、壊れてしまっているのだろうか。
セレーナに裏切られて?
いや、まだ考えないようにしよう。
このことは、セレーナに助けを求められてからでいい。
「分かった。僕は、反対はしない。積極的に賛成もしないけど。だから、話せるのはここまで」
なんだか、きっとこれは、セレーナが乗り越えなきゃならない壁、そのものなんだろうと、直感で感じたから。
キアラに向き合い、きっとセレーナは今の何百倍も強くなる。
そんな予感がしたから。




