第三章 最大の味方(5)
ベルナデッダの灰色の姿が大きくなっていた。
僕と毛利とマービンは、まださっきの作戦のことで興奮していた。
舵が効かないと分かった時の艦隊オペレータのあわてっぷりを想像し、真似しては、笑った。
最終的に制御を取り戻すのに小一時間はかかるだろう。
操縦席の一画の補助席で盛り上がっているとき、そこにセレーナと浦野は参加せず、メイン操縦席とサブ操縦席で何かを語らっているようだった。
僕らの話題と笑いが途切れたとき、彼女たちの言葉が聞こえてきた。
「……でね、ロックウェルにも自由圏にも断られて、摂政様まで敵に回して、きっと落ち込んでるって思ったのよう」
「この通り、平気。それよりも、今はとても気分がいいわ」
「なんだかセレーナさんが元気だって分かってよかったけど、まだ、分からないよ」
「何が?」
「あの提督さんとの別れの挨拶。どうして、『ありがとう』だったのう?」
その問いに、セレーナは、低く笑った。
「彼はね、答えられない、って言ったのよ」
あれ。
どこかで聞いたような問答。
「私は、ロッソとの会話で、もしかすると、って思ったの。私が欲しがっていた後ろ盾、ってやつがね、実は、目の前にあったのかも、って」
「……それは、あたしたち、ってことう?」
「もちろん、あなたたちも大切な友達で、とても強い味方。けれど、もっと強い味方がいるかも、って」
ずっと探し求めていた、エミリア王国に力を及ぼせるような後ろ盾。
それを、見つけたって?
「……それが、提督さんの答えと、関係があるの?」
「分かる? 彼は、摂政の命令で動いていた。摂政とは、エミリア王国そのものよ。それに対して、私は、明確に敵対すると宣言したの。エミリアを守る使命を負った提督にとって、私は、エミリアを害する敵になったのよ」
僕も興味をそそられて、とうとうセレーナたちの方に目をやった。
セレーナは優しく微笑んでいる。
「さて、敵の言葉と、上官の言葉。どちらが正しいと思う? と聞かれたら。普通は?」
「……そっかあ、そうよね、普通は、上官の言葉が正しいって即答するねえ」
「だけど、彼は、答えられないって」
「心は、セレーナさんの言葉を信じたいと思った」
セレーナは、浦野の言葉を肯定するように小さく笑った。
「もう、私が見つけたもの、分かるわね、トモミ」
「……あの、提督さん、ってこと?」
「提督も含めて。王族とは何? その時、私は必ずこう答えていた。王族とは民に寄り添うべきものだと。簡単なことだったのよ」
そして、一瞬、彼女は、いつかの燃える瞳で、遠く宇宙の虚空を刺し貫いた。
「私は、エミリアの民を、味方に付ければよかったのよ」
彼女の言葉に、僕は息が詰まった。
そうじゃないか。まさにその通りじゃないか。
セレーナの言葉に心動かされたあの提督のように、エミリアの市民も、きっと。
……そして僕は、たぶん、その心の動きを知る方法を、知っている。
周りを見ると、浦野も含めてみんな、目を見開いて、その発見をかみしめている。
「私は、民を守る力があることを、どうにかして、すべての民に知らせる。そして、腐った貴族どもを叩き出そうと彼らに提案するわ。あの提督と同じように、私を支持してくれる人が出てくる」
「誰もがそうなるさ、間違いない」
耐えかねて、僕は横から口を出した。
「聞いてたの? 女同士の話を盗み聞きなんて、いやらしいわね」
「大崎君はデリカシーがないんですよう」
「本当ね」
聞こえちゃったんだからしょうがないし、それを言ったら毛利やマービンだってそうじゃないか、なんて思うんだけど、まあ、二人が僕をいじって遊ぶのはいつものことだから、僕はひとまず口をつぐむ。
「だけどね、トモミ。それが……本当にできるのか、ちょっと不安になる気持ちもあるの。私って、ほら、アレだから」
アレってなんだ。
いや、アレではあるけれど。
「ずっと国民の心に寄り添って生きる、って言いながら、でも、ジュンイチに会って、トモミに会って、私とは全然違う考え方に触れて、王族や貴族とも違う考え方があるって知って、ということは、私、やっぱり、知らないんだ、って。人の心。貴族であるロッソやルイーゼに向けて語る言葉はいくらでも知ってるし、彼らにそれがどんな風に受け取られるかは想像できる、でも……そうじゃない人の心は動かせないんじゃないか、って」
「そんなことないよう、あたし、いっつもセレーナさんにことばかり考えてるもん」
「そうね、ありがとトモミ。だけどこれから私は、もっとたくさんの、いろんな色の心に触れなきゃならない。その心を動かさなきゃならない。……正直に言うと、とても怖い」
セレーナは、笑顔のままでそんなことを言う。
彼女の不安はとてもよくわかる、でも、きっと、それは解決できるんだと思う。
セレーナの笑顔は、そんな力強さの現れなんだ。
「……そうねえ。あたしがやれって言われたら、きっと逃げ出すと思う」
浦野はそういって無邪気に笑う。セレーナもつられて笑っている。
「だけど君はもうたくさんの人の心に触れたじゃないか。僕らだって。ルイスだって。アンドリューもビクトリアも。いろんな人のいろんな悩みに触れて、いろんな考え方を知った」
またも思わず口を出してしまった。
「……そうね。でも、私の中に、どうしても一つだけ、乗り越えられない壁があるの」
「……壁?」
浦野の問い返しに、セレーナは一瞬うつむき、意を決したように口を開いた。
「……ジュンイチには一度話したわね。私の、小さい頃の――友達、だったかもしれない子。私のせいで不幸にしてしまった子。私がどんな言葉を尽くしても、あの子の心に届かなければ何の意味もないの。……だから」
セレーナは、僕の方に向き直った。燃えるような視線ではなく、困惑のまなざし。でも、何かを決意した、きゅっと引き締まった口元。
「ここでみんなと別れようと思うの。私は、あの子を探しに、エミリアに戻る。大丈夫、見つからないように気を付ける。危なくなったらちゃんとみんなに頼る。別れてても、ジーニー・ルカの支援は受けられるし。ジュンイチは宇宙の究極兵器を見つける。私は心の究極兵器を見つける。それが役割」
僕は、セレーナのあまりな告白に、ただあっけにとられてしまった。
ここで、別れる?
ずっとみんなで、って思ってたのに?
――でも、そうかもしれない。ずっと友達同士の仲良しこよしで集団行動なんてのは、卒業する頃合いなのかもしれない。
「私は反対です」
しかし、普段こういうことに口を出さないマービンが真っ先に反対した。
「セレーナさん、お気づきでないかもしれませんが、あなたの心の支えは、大崎君です。浦野さんです。その二人を伴わず、あなたの心のトラウマに立ち向かう――私は、見過ごせません」
マービンは、ちょっと言い過ぎたかも、とでも言いたそうに表情をこわばらせて口を閉じた。
しかし、すぐに続ける。
「孤独のトラウマは、いつでも簡単に再燃します。あなたは帰ってこられないかもしれません。そうですね、いつか、浦野さんが、大崎君が帰ってこられないかもと心配していたようなものです。私はそれを心配しています」
セレーナの言葉の、一体どこが、マービンのこんな言葉を引き出してしまったのだろう。
でも、僕と浦野の関係を持ち出されてしまうと、確かに、それは納得できてしまう。
僕と浦野は、なんだかちょっと似た者同士だった。ちょっと自信が足りなくていつも内向きで。だから、きっと、お互いの弱いところを知っていた。
きっとマービンは――そうだな、ちょっとしたお金持ちの家に生まれて、っていう身の上は、確かにセレーナに似ているかもしれない。そんな彼だからこそ、心配になるところがあったのかもしれない。
今度、マービンと、そんな話はしてみたいな。
「……ヨージロー。そっか、そうよね。ありがと、また私ったら、自分でやらなきゃならないって思い込みそうになってた。でも、ジュンイチが究極兵器を見つけることも邪魔したくない。今は、ほんの少しの時間も無駄にしたくなくて」
「大丈夫。ジーニー・ルカがついていれば、時間なんて何とでもなる」
僕が言うと、セレーナは驚いたように目を見開き、それから、表情を和らげた。
「あら、もしかして、タイムトラベルまで可能になったのかしら?」
「ふふ、そんなところさ。君が一人で探し回るのに何日もかけるなら、ジーニー・ルカが一ミリ秒で見つけてくれるよ」
セレーナは、それを聞いて少し目を伏せ、ちいさく、そっか、とつぶやく。
「それに」
僕は、忘れていない。
「君がその子のことを探す時、僕はきっと手伝うって約束した。僕を置いていくのは約束が違うよ」
「なあんだ、そんな約束してたのう? じゃあ大崎君のいうとおりねえ。あたしたちも、いっしょに探そうよ」
浦野もすかさず賛同し、いよいよセレーナは降伏するしかなくなったのか、両手を上げて降参ポーズだ。
「分かった分かった、私一人で立ち向かわなきゃって思ってたけど、そうじゃないって分かった。そうね、もしジュンイチがそんなことを言いだしたらひっぱたくものね。みんな、こんな時に寄り道をさせて悪いけど、ちょっと付き合って」
「もっちろーん」
「喜んで」
「寄り道なんかじゃねーよ」
「お付き合いします」
みんながそれぞれの言葉でセレーナに応え、そして僕らの次の行き先は、またエミリアへのとんぼ返りに決まったのだった。
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