第三章 最大の味方(4)
僕は矢継ぎ早にジーニー・ルカに指示を出した。
毎回火器管制系統を乗っ取って偽の武装解除を命じるのでは芸がない。同じことを繰り返せば、いずれ僕らの力に気づくものが出てくる。
不慮の事故。
摂政様は大変すばらしいヒントをくれた。
推進、操縦系統に、不思議な不具合を起こさせればいいのだ。
後でいくら調べても原因が分からないような。
宇宙戦艦の推進システムをマービンに調べてもらう間に、まずは、艦隊のジーニーたちをひそかに支配下に置く。
ジーニーは全部で十二台。一行動単位に六戦艦が通常だから、戦艦一隻に一台の計算だ。それぞれの管理パスコードをジーニー・ルカに推測させ、管理モードでアクセス。ジーニー・ルカからのアクセス記録を五秒ごとに検索し、存在したらバックアップも含めてその記録を消すコードを作成、定期プロセスとして組み込む。
間もなく、マービンが一般資料から見つけ出した推進システムの概要を得る。宇宙戦艦は必ず化学推進を使っているらしい。機関部は排熱を探知されないよう最後尾に配置されている。加速を担うのは後端のメインスラスター。行軍中は前方・側方のサイドスラスターも使うが、戦闘中はサイドスラスターの廃熱を探知されないよう、巨大なモーメンタムホイールによる方向転換とメインスラスターだけで機動する。
マービンが、面白いことを言った。僕はそれを聞いてすぐさま大笑いし、それから、真面目な顔に戻って、ジーニーにオーダーを出した。
全艦、サイドスラスターを左上旋回全開、ホイールを右下旋回全開。
通常は同時使用されない二つの旋回システムを真逆に同時起動させた。
サイドスラスターによる旋回は、ホイールにより打ち消される。ただし、ホイールの回転はどんどんたまっていく。
艦内の誰も、これに気付いていないだろう。
わずかな振動くらいは感じているかもしれない。
それでも、それがこんな馬鹿げた操作のせいだとも気づくわけがないし、もちろん、そんな操作記録を五秒以上残すような手落ちもしていない。
やがて、ホイールの回転モーメントは設計最大値に達しようとしている。その直前。
両方の操作を同時に止めるよう指示する。
万一設計最大値に達してしまうと推進オペレータにアラームが出てしまうため、細心の注意を払う。
あとは、待つだけだ。
多分、僕らが消えたことは、レーダーへの何らかの干渉だと、彼らもすぐに気づくだろう。
そうすれば、彼らが向かうのは、星間カノン基地。そこで待ち伏せ、目視でドルフィン号を包囲するという行動に出るはず。
だから、僕らはわざと悠々と星間カノン基地に近づき、発射の順番待ち行列に並ぶことにした。
最初からカノン基地付近に向かう軌道をとっていた戦艦十二と何十と言う護衛艦たちはあっという間にカノン基地空域に殺到した。
そこで反転し、メインスラスターで減速しようと試みたときに、彼らは異常に気付いた。
舵が全く効かないのだ。
ホイールによる制御は、ホイールが設計最大回転に達しているため一方向にしか効かず、サイドスラスターによる舵もホイールがあまりに高回転のためにジャイロ効果でほとんど潰されるか乱される。
加えて、何かしようとするたびに自動で効く微調整機構がホイールを動かそうとして、しかし、ホイール容量がリミットに達しているためのアラームが出てしまい、舵が緊急解除される。
反転減速どころか艦首をドルフィン号に向けることさえかなわず、舵を効かそうとして姿勢が不安定になっているため戦闘艇を繰り出すこともままならない。
もちろん、異変の正体に気付きサイドスラスターで必死にホイールの余裕を回復しようと試みる艦も出てくるが、毛利、マービン、僕の三人がかりで全艦の状況をパネルでずっと監視しているのでそんな動きは筒抜け、そういうものが出てくるたびに、僕らは笑いながら、反対のサイドスラスターを当ててやった。
サイドスラスターの障害なのか? ホイールの故障なのか? 監視制御システムのエラーなのか?
ジーニー・ルカによる操作記録は五秒以上残らない。ログを調べても原因不明だ。
誰も何も分からぬうちに時間ばかりが経ち、そのエミリアの大艦隊は星間カノンの空域にさえ留まれずに艦列を乱しながら彼方に去っていった。
それを見送り、思い思いに座席に体を沈めて、ため息をついたり伸びをしたりして、緊張を解く。
二行動単位という大艦隊を相手に、僕らは圧勝したのだ。
足を組んで鼻歌を歌っている毛利、目を閉じて深呼吸しているマービン、艦隊が過ぎ去って行ったであろう方向に向けて舌を出して見せる浦野。この三人と僕とで、見事に王女殿下を守り抜いたのだ。浦野があっかんべーをしている方向がまるで反対方向だということにはツッコミは入れない。
そんな風に勝利をかみしめていると、セレーナが、艦隊司令と話がしたいと言い出した。
意図を問いただそうとも思ったけれど、彼女なりに何か考えがあるに違いない。
カノンの砲身に収まり発射準備を待つ残り数分、もし気付いたとしてももう発射シーケンスは中止できないというぎりぎりの時間になって、情報防壁を解いた。
こちらから呼びかけると、おそらくもう数万キロメートルも彼方を成すすべなく慣性に任せて飛んでいるであろう艦隊に、通話がつながった。
「艦隊司令さん、こちらは、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ」
向こうからはざわついた音が聞こえ、間もなく声が重なってくる。
『……エミリア空域第十九防衛艦隊提督、ジュリオ・ルイーゼ少将であります』
「いかがかしら、我が魔法の味は?」
僕は思わず小さくむせ込んだ。
……わざわざ小馬鹿するために、こんな通信を?
セレーナ、案外、サディストなんだな。いや、言われてみれば叩かれたり蹴っ飛ばされたりは日常茶飯事だった気もするけれど。
『……これは、殿下の仕業で』
「ええ。私はこのような魔法を自在に使えます。エミリアは、無謀な試みをする必要がないのです。エミリアは、この私がこの力で守って見せます」
回線の向こうから、ううむ、という唸り声だけが聞こえてきた。
「私と摂政の会話は、お聞きでしたか」
『……大変僭越なことながら。摂政閣下より機を見て殿下をお連れあそばせとのご命令がありましたゆえに』
「あなたはどう思います。私は、この魔法の力でエミリアを守ります。今持つ権益に汲々としがみつくためにエミリアを苦境に追い込む貴族たちを正して見せます。エミリアを、いつか尽きるかもしれないマジック鉱に頼るだけの国から、自ら研鑽し発展する国に作り替えて見せます。どちらの未来がお好みですか。私の語る未来と、摂政様の語る未来」
回線は、再び黙り込んだ。
背景のざわついた音も消えた。
誰かが咳払いする音が、聞こえた。
一分が経過した。
『お答え……できかねます』
震える声で、ジュリオ提督は、そう言った。
「……ありがとう、少将。あなたの答えは私に勇気をくれました。またお会いしましょう」
『殿下、……必ず』
カノン発射のアラームが鳴り、回線は自動で切断された。
直後、僕らは強烈な加速を受け、ベルナデッダ星系行きの超光速投擲に突入した。
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