第二章 コンプレックス(2)
窓から柔らかい日差しが差し込み始めている。二重ガラスは冷たい風から僕らを守っている。テーブルに置かれた緑が、ほのかに春の匂いをさせている。
「新連合は、弱いものを放っておけない。バランスが崩れるのを放っておけない。彼らは、自分自身を縛り縛られている。言っている意味はわかるね。僕ら自由圏は、だからこそ、ことさらに弱みを彼らに見せる。IDやクレジット、それは、僕らが締め出されているんじゃない。僕らが、その支配から逃れているんだ。でも、彼らには、それを持てない僕らに対する憐れみの情が起こる。国家や文化や民族や、その他の伝統的しがらみのせいで持てないでいる、と。そうすると、彼らは放っておけない。ありとあらゆる手段で僕らを助けようとする。単純な経済や資源の援助である場合もあるし、政治的に取り込もうとすることを援助だと勘違いすることもある。今のところ、新連合はうまくやっている。けれど、政治的な試みは、繰り返すうちにどこかで失敗をするだろう。それを僕たちは待っている。エミリアはどうだ? 軍事的には新連合を圧倒する力があり宇宙で唯一の資源さえ独占している。新連合が同情する余地などない。そんな国がその有利な力を行使して宇宙のバランスを崩そうとすれば、躊躇なくそれを制裁するだろう。今が、その状態だね」
ラウリがそう話すときには、僕ら五人は、すでにそれぞれに簡易椅子を持ってきて、彼のベッドの周りに座っていた。
「だから、本来は不干渉のはずの新連合が、エミリアを積極的に制裁している、というわけですね」
「その通りだよ、ヨージロー君。だから、まずは、エミリアの危険性を取り除いてやればいい。そうすれば、少なくとも新連合は中立に戻るだろう」
「それができないから困ってんだよ、なんかアイデアあるだろうよ」
毛利が問い詰めても、ラウリは首を横に振る。
「それこそ、セレーナさんが自分の力で貴族病にかかった諸侯たちを叩き出すしかないだろうね」
「だーから、そのために、そいつらを説得するために力がほしいわけでさあ」
「それは、君たちで見つければいい。少なくとも僕は、君たちにはその力があると思うがね」
そう言って、ラウリは僕に視線を向ける。
「セレーナさんには、一国をも滅ぼせる騎士が付いている」
「僕にはそんな力はない」
僕は即答で否定した。
「仮に僕がエミリアを滅ぼせる力を持っていたとして、それをどう彼らに説明する? 実際に滅ぼして見せるわけにもいかないんだ」
「そうだね。だから、僕は、二つ、面白いことを考えている」
ラウリのもったいぶった言い方に、五人が五通りのしぐさで前に乗り出した。
「一つ。ジュンイチ君が、やりすぎない程度にエミリアを痛めつける。結果は分かりやすく、手段は分かりにくく。……そう、たとえば、エミリアの防衛艦隊を分かりやすく無力化するんだ。王女の騎士に不思議な力があると知れれば、相手も強くは出まい。それに、そのことには、それだけ以上の効果がある」
エミリアを、その防衛艦隊を痛めつける、それはきっと、数多くの犠牲者を出す。たぶん、僕はその手段を使うべきじゃないだろう。
それでも、彼の言葉の続きは気になった。
「王女の攻撃で弱り切ったエミリアを、さて、新連合はどう見るだろうね?」
「そ、そうかあ、弱った国を放っておけないんだもんね! きっと、エミリアに味方してロックウェルと対決してくれる!」
「そうさ。前にファレンでも思ったけれど、トモミさんは、印象よりかなり賢そうだね」
「えへへー、たいしたことはありますけどねえ」
浦野は照れ笑いをしているが、もちろん、国同士の関係がそんな単純なものとは思えない。
けれども、新連合がラウリの言うようなコンプレックスを抱えているのなら、その方向に動く可能性はあるだろう。
問題は、僕らがエミリアを傷つけなければならないということなのだけれど。
それには犠牲者を伴う。
そんな手段は、取りたくない。
「……それから、もう一つの手段。実のところ、僕は、君たちがこうしてくれないかと思っているんだがね。新連合の地方政府のね、特に一部、昔、経済や軍事の面で競合だった国の一つにね、ジュンイチ君の力を与えてみるのさ。もしそんな力があると知れれば、もしかすると一枚岩に見える新連合に大きなひびが入るかもしれない。ふふっ、割れたどちらかはエミリアの味方をしてくれるかもしれないよ」
「馬鹿な。もう、千年も一つだった国が、今さら、空想の兵器一つでいがみ合う昔に戻るもんか」
僕は反射的に反論していた。
「だが、民族的な対立、イデオロギーの差異、そんなものは、きっとまだ社会の奥深くに眠っている。彼らがそれをすべて捨て去ることができたのは、彼らがある兵器を、実物も記録も含めて、捨て去ったからなんだよ」
記録も何もかも捨て去った兵器。
それは僕とセレーナの旅の出発点だったけれど。
こうも似たような話が続くと、ああ、さすがにうんざり。
「……また究極兵器か」
僕がぼそりとつぶやくと、ラウリがそれを聞いて、くっくっ、と低く笑った。
「究極兵器か、違いない。それはある意味で究極兵器だよ。ジュンイチ君、君が自由圏に行使しようとしていた、まさにあれさ」
「千年以上前にジーニーは存在しない」
僕はすぐさま否定したが、
「違う違う。君はそれを使って、何を爆発させようとしていた? 核融合発電所さ。それを、爆発させる。逆だね、爆発させるためだけの核融合炉。――『核兵器』、と呼ばれていた」
核……兵器?
爆発させるためだけの核融合炉?
いくらなんでも――。
「爆発させるだけの核融合炉を自国に設置する馬鹿はいない」
僕の指摘に、彼は首を横に振った。
「そうじゃない。攻撃の瞬間に、炉を、敵国内に送り込むんだよ」
「それでも、核融合発電所の複雑なシステムを丸ごと叩き込むような手段が……」
「あんなシステムはいらないのさ。単に、核融合燃料を圧縮して爆発させればいい。圧縮には何を使ってもいい、それこそ、高性能爆薬で核融合燃料を圧縮するだけでも。太陽の中心で起きているのとそっくり同じことを瞬間的に起こせばいいのだから。核融合発電所のように複雑な技術を必要としないんだ。小さなロケットでも相手国内に送り込める。むしろ、複雑な技術を必要としないから、発電所より先に発明されたと考える人もいる」
「荒唐無稽だ。核技術は僕らの繁栄を約束してくれた技術だ。間違っても、人を傷つけるために生み出されたものじゃない」
「……と、教科書には書いてるのかい? ジュンイチ君」
――はっと、する。
教科書に書いてあるからそれが正しいというわけじゃない、それはいつも僕が唱えていることだった。
一体何が真実なのか。
「何が真実なのかは、分からない。だけど、僕の知る限りの話でいうとね、それは正しく『核兵器』という独立した兵器体系だったんだ。かつて新連合を構成していた国々は、何千もの核兵器を持ち、お互いに照準を向け合っていた。誰かが間違ってボタンを押すと、お互いに滅亡するシステムになっていた。僕の聞いた話で、と前置きするけれど、実は、核兵器は、二度か三度、市民の頭上で爆発している。何十万か何百万かという死者が出たという。それに、お互いが指をかけていた」
「そんな……そんな兵器、使えない。持っている意味がない」
「そうさ。だから彼らは、イデオロギー競争に走るしかなかった。手詰まり状態の中で、相手の価値観を否定し合い、憎しみだけが募っていった」
二度か三度で何万という死者を出す兵器。それをお互いに何千と保有して、その発射ボタンに指をかけている。そんな恐ろしい時代が、本当にありえたのか?
頭上で爆発する、核融合の炎。
ふと見上げたストックホルムの薄暗い空が、真っ白に染まる様を幻視して、身震いする。
「だから、新連合の統合では、彼らはそれを捨てる決心をしたし、そんなものが存在した記憶さえ、丁寧に抹消していった。千年もかけて、ね」
「どうしてラウリさんはそれをご存知なのです?」
たまらなくなったようにマービンが尋ねた。
「それはもちろん、自由圏が自由の国だからだよ。新連合がそのいびつな政体を作り上げ維持するために捨てなければならなかった滅ぼし合いの記憶を、自由圏は捨てる必要が無かった、それだけさ」
「では……自由圏は、その兵器をまだ、持っているのですね」
マービンの恐れは、僕にも分かる。
もしそんな兵器を、新連合国内にいつでも叩き込める準備があるのだとしたら。
自由圏こそ、宇宙の覇者じゃないか。
「ふふっ、僕の口からそれを言うことはできないよ」
だが、彼の表情と口調は、自由圏にはそんなものは無い、と言っているように聞こえた。
「さて、話がわき道にそれたね。つまり、僕が君たちに与えることのできる知恵は、二つさ。エミリアを弱らせる、少なくとも、新連合が思っているよりもはるかに厳しい窮地に追いやれば、自動的に新連合はエミリアの味方になる。王女の後ろ盾にもなるだろう。もうひとつは、新連合内部に対立を作る。制裁を継続する勢力と制裁を解除する勢力を拮抗させるわけだ。どうだい、面白いだろう」
そうして、ラウリはもう一度、低く笑った。
「……ありがとう、ラウリ。あなたの知恵には、ひとまずお礼を言っておくわ」
黙っていたセレーナがようやく口を開いた。
「けれど、だめね。エミリアを弱らせる? それでロックウェルが本気で侵攻したら。直接的な武力を止める手段は新連合には無い。新連合の分裂? それでエミリアが助かる保証も無いわ。でも、どちらにしろ、新連合がまずい立場になることは確実。こんなときにも新連合をやっつける謀略を差し込むなんて、あなたらしいわね」
「さすが、百戦錬磨の王女様には、僕の口車は通じないようだ」
と、ラウリは苦笑い。
「この四人ならだませたかもね。でも、新連合のコンプレックスって話は、面白かったわ。私は考えもしなかったもの。有効活用させていただくわ」
「そう言ってもらえれば、僕の友情のひとかけらも満足するだろうね」
彼らの言葉をぼうっと聴きながら、しかし僕は、まったく別のことを考えていた。
――核兵器。
足りなかった最後のピース。
はるか昔の、地球への侵略で、使われた兵器は星間カノンかもしれないと考えた。
けれど、高性能爆薬程度で、あれほどのクレーターを作れるか?
そこだけは、疑問だった。
もし、その弾丸が、核兵器だったら。
核兵器を星間カノンに詰めて、地上を爆撃する。
威力はどんなものだろう。
巨大な核融合発電所が爆発で生み出すような力を超えるだろうか?
……超えるだろう。
いがみ合う国々がお互いにそれを持ち、それを捨てねば統一もままならぬと言われたほどなのだから。
星間カノンがその弾丸に使ったものは、核兵器かもしれない。
それがどんな経緯であの砲口に収まったのかは分からないけれど。
星間カノンを、ジーニー・ルカの力を投射する武器にしようと僕は考えていた。
しかし、もしこれが事実なら、核兵器が無ければ片手落ちだ。
そこに足りないものを補うためには……僕だけが持ちうる知識でそれができるとするなら……たとえば、マジック爆弾。
あの知恵が、やはり必要になるのではないだろうか。
それを導けるかも知れないのは、やはりあの人。
ルイス・ルーサー博士。
僕はもう一度、彼に会うべきなのだろう。
……彼はなんと言っていた?
僕らは必ずもう一度、彼のところに行くだろうと。
もしかして、このことを?
まさか。
彼がいかな天才と言えど、このような事態を予想していたとは思えない。
……けれど、こうして、僕がもう一度訪ねたいと思っていることは、彼のその言葉が導いたことなのかもしれない、とも思う。
もし本当に、問題の解決のために、力が、兵器が必要なのだとすれば、やはり、彼を訪ねなければならない。
セレーナの言うように、力に頼らない解決こそ必要なのだろう。僕にだってそのくらいのことは分かる。
だけど、ロックウェルに断られ、自由圏は役立たず、新連合を引き込む手段も無い、宇宙で天涯孤独のこの五人に、エミリアを説得するための力が、他にあるだろうか?
ジョークのつもりだったけれど、それこそ、僕はそれを手に入れて宇宙を支配する、全人類に恐れられる魔王になる必要があるかもしれない。少なくとも、ラウリはそれを恐れて僕に降伏したんだ。
「……ジュンイチ、聞いてる?」
思考に割り込んできたのは、セレーナの呼びかけだった。
「あ、え、何が?」
僕は本当に聞いていなかったようだ。
「そろそろ行きましょうと言ったのよ」
「あ、ああ、そうだね。情報防御の力も完璧じゃない、あまり長居をすると気づかれる可能性が高くなるし」
「そういうことは早く言いなさい。急ぎましょう。ただ……悪いけど、先に行っててくれる?」
「僕が?」
「四人とも。彼と……少し話がしたいの」
「だけど……」
「彼がもう危険じゃないって分かってるでしょう」
そう言われると反対する理由は無いんだけれど。
でも相変わらず、彼は言葉の端々に自らの陰謀を潜ませようとする策士だ。
セレーナと二人きりにするのは、あまりに心配で。
「大丈夫、何かあったら、あなたが駆けつけてくれるでしょう? あの時と同じように」
セレーナが、透き通った瞳と、優しい、それでも確かな強さをたたえた表情でそんなことを言うと、僕は逆らえなくなってしまう。
「気をつけて」
僕はうなずきにそれだけ付け加えて、四人を連れ、部屋を出た。
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