第一章 策略家(1)
魔法と魔人と王女様 第五部 魔法と魔人と宙穿つ砲
■第一章 策略家
宇宙船、ドルフィン号は、惑星アルカスを離れ、再び、旅立とうとしている。
目的地は、まだ決まっていない。
けれども、まずはこの恐ろしい惑星を離れよう。
それが、僕らの決断だった。
僕らはこれから、巨大な敵と戦わねばならないのだから、こんなところで傷ついている場合じゃないのだ。
この辺で一度、彼我の戦力の分析と整理をしておこう。
こちらの戦力は、五人と一機と一台。
一人目は、エミリア王国の第一王女であらせられる、セレーナ・グリゼルダ・グッリェルミネッティ王女殿下。十六歳。かな、まだ。その美貌と気品で次々と忠誠を誓う騎士を増やさずにいられない文句なしの美少女なのだが、ちょっとおっちょこちょいで、怒りっぽくて、おせっかい。なんてことを面と向かって指摘したら、きっと所属する国ごと滅ぼされるので言えません。
それだけの力を持ちながらも、彼女は、国を追われた。正確には、自ら唾を吐きかけて出てきたようなものだけれど。それは、エミリア王国が、彼女の正義観にもとる行為を繰り返しているから。ライバルとなりそうな小さな共和国を金の力で脅し屈服させ、条約を破って貴重な資源の裏取引に手を出し、最大の障壁となる国をからめとるためなら王女の気持ちさえ踏みにじってその身を下賤な地球人に捧げようとしていたのだから。
彼女は立ち上がった。一度は、無力に嘆いてあきらめかけた彼女は、やっぱり立ち上がった。彼女こそ、この物語の主人公だ。
二人目は、毛利玲遠。一言で言うと、馬鹿。二言ぐらいで言うなら、底なしの馬鹿。だけど、だからこそ頼もしい。自ら傷つくことを恐れない、愛すべき馬鹿。この前の作戦で敵の目をそらすためだけに思い切り鼻っ面をぶつけて、まだ湿布を貼ったままだけれど、大丈夫かな。骨折なんてしてなければいいけど。
三人目は、マービン洋二郎。学校の成績はあまり目立たないんだけど、妙にいろいろなことに気が付く、どちらかと言うと頭脳担当の我が軍の軍師、あるいは外交官。彼が慌てふためいているのを見たことがない。たぶん、我が軍で、どんなときにも最後まで冷静さを失わないのは、彼だろうと思う。
四人目、浦野智美。プリン。以上。……ではあんまりか。テストの点数はパッとしないんだけど、頭が良いし機転も効く。運動はだめなんだけど、運動神経はずば抜けてる。ビデオで見ただけでプロ顔負けのフリースローを会得するその運動神経が、アルカスで僕らを助けた。ただそれよりも、僕は彼女の優しさに何度も助けられて。それがなければ、僕はきっと、今頃はすべてをあきらめて、大切なものをすべて失っていただろうと思う。
五人目は、大崎純一こと、僕。何をやっても中の中、何のとりえもない人間。実のところは、全部、毛利の勇気とマービンの知恵と浦野の優しさとセレーナの強さを、ちょっとだけ借りているだけの高校生。だけど、いくつかの偶然で宇宙の秘密を心に秘めてしまって、僕自身、その力に振り回されないかという恐怖とずっと対話している。その答えは、まだ出そうにない。
大切な一機。この宇宙で唯一、僕が命名した宇宙船、ドルフィン号。反重力推進システム『マジックエンジン』で宇宙を自在に飛び回る、僕らの動く拠点。
一台、あるいは、もう一人と呼びたくなるのが、ドルフィン号に搭載の知能機械、ジーニー・ルカ。ただの便利な情報処理道具から、全知の魔人へと進化した、僕らの最大の武器だ。なぜ彼がそんな力を持つのか? ……たぶん、僕はその謎を解いたと思う。本当にその力の真髄を発揮せねばならないときが来たら、僕の仮説を確信に変えるつもりだけれど、その真実はきっと残酷で、それを確かめることを僕はためらっている。
あと、ここにはいないけれど、アンドリュー・アップルヤードという歴史学者が、セレーナに忠誠を誓う騎士として、敵国内にいる。僕の歴史学の師匠と言ってもいい。彼はきっと、今、信じがたい真実を掘り起こそうと躍起になっていると思う。
さて、これが、僕らの味方のすべてだ。
敵方の戦力は次の通り。
第一に、エミリア王国。
セレーナの故国。宇宙で唯一、マジック機関の製造に必要なマジック鉱を産出する国。その益による莫大な資産は、宇宙最強クラスの軍事力を支えている。同時に、もう一つのマジック鉱が出るかもしれない無人惑星カロル――それを領有するファレン共和国――を、金の力で従え、それを独占し悪用しようとしている。それは、民の生活を守るため、仕方のないことかもしれない、とも思う。実のところセレーナも理解を示している。でも、だからこそ、セレーナは、誇り高きエミリアを取り戻したいと思うのだ。他国の民を虐げてまで富貴を求めるような国になってほしく無いと思うのだ。今は、その陰謀を暴かれ、ロックウェル連合国、地球の新連合国から制裁を受けている。宇宙から孤立しつつある。
まずは陰謀を強行する諸侯たちをセレーナが叱り飛ばして孤立戦略を撤回させなければならない。けれどその力はあまりに強大。軍事力はもちろん、資産の力もあるし、マジック鉱とマジック船は数えられないほど。もしかすると、ジーニー・ルカの力に唯一対抗できる、古代のジーニーさえ隠し持っているかもしれない。作戦目標でありながら、おいそれと手の出せぬ相手だ。
第二に、ロックウェル連合国。
宇宙に最大版図を誇る大商業帝国。この宇宙の資源と物流のほとんどすべてをロックウェルが押さえている。マジック鉱の利権を得るため、時にエミリアに手を伸ばし、あるいは、カロルへの進出を試みる。商社をベースとした組織は、商人として常識的な判断をするはずなのだが、彼らが唯一自由にできないマジック鉱に関してだけは目の色が変わるようだ。僕らは、二度、その方面艦隊を打ち破っている。けれどあんな幸運は、もう起こらないだろう。僕らが情報攻撃を自在に使うと知った彼らは、次は、その暇も与えず物理的に襲い掛かってくるかもしれない。小さなマジック船に、それを防ぐすべは無い。
本当は、エミリアを変えようとする盟友となるべき国だったかもしれなかったのだが、エミリアへの制裁のためにセレーナの身柄を確保しようと、ロックウェル連合国内に手配書まで出して追い回している。それに、もしエミリアが変わったとしても、そのときに真っ先にエミリアに対して牙をむくのは、このロックウェルだろう。僕らは、この帝国をも屈服させねばならない。
第三に、地球新連合国。
地球の陸上面積の半分、人口、経済の九割以上を占める国。宇宙レベルで言っても、人口、経済は圧倒的なトップシェアだ。ただし、その大気の外側はロックウェル関連国でもある隣国アンビリアの支配下であり、宇宙軍事力はゼロ。それでも、最大消費国であるこの国の意向を無視できる国は、この宇宙には無い。
僕の故国でもある。そして、母さんはその外交官。母さんは、新連合国は、常にバランサーであると言った。だから、その新連合国がロックウェルに寄ってエミリアを制裁しているということは、エミリアこそが宇宙のバランスを崩そうとしている危険因子だと判断した、そういうことなのだ。それでもバランサーでい続けていてくれるなら。セレーナがエミリアを変える、その覚悟を見せれば、少なくとも敵ではなくなるはず。それでも、今はセレーナの身柄を追う敵国だ。
……考えていて馬鹿らしくなってきた。
宇宙の人口と経済と物流と資産と資源と軍事力の九割以上を持つ相手に対して、僕らはたった五人で戦おうとしている。
なにやってんだ、これ。
無理無理無理。
勝てない。
って言うか、戦うって、何をどうやるのかも分からない。
一応、武器をそろえようってことで、ジーニーの秘密は突き止めた(つもり)だけれど。
その武器をどう振るっていいのかもわからない。
下手に振るえば、敵にもその秘密を教えてしまうことにもなるし。
――だけど。と、僕は首を振る。
セレーナは、私がやらなければならないことよ、と言う。
毛利は、ゴールが決まってるんならただ進めばいいさ、と言う。
マービンは、学期末考査が始まるまでには片付けたいですね、と言う。
浦野は、この騎士団に勝てるやつなんていないわよう、と言う。
だから僕は、その強さと勇気と知恵と優しさを借りて、前に進もう。
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