第五章 政治の名を持つ魔人(5)
「ジーニー・ルカを取り戻すには?」
「ジーニー・ポリティクスをやっつける!」
「じゃあジーニー・ポリティクスの弱点は?」
「そんなものないわ。ジーニー・ルカさえ負けたのよ」
「いいえ、ジーニー・ルカさえ敗れたのなら、ジーニー・ポリティクスにも弱点はあるはずです」
「なんで、ジーニー・ルカは負けたんだよ、大崎」
「そんなの僕には分からないよ」
「んだよ、大見得きっといて、だっさ」
「自分で考えないでそんなこと言うなんて、ひどーい」
「かっ、考えてるよ! ちょっと俺頭わりーんだよ」
「そんなことないよう。学校の成績なんて関係ないもん。大崎君だって学校の成績なら……」
「今その話は関係ないだろ!」
「将来の歴史学者様は、学校の成績なんかには頓着しないのねー」
「分かったよ、その話は今度聞くからさ……まずは、ジーニー・ポリティクスの弱点だよ」
「ポリティクスがルカを破った方法が分かればいいんですけどね」
「ジーニー・ルカは、なんだかおかしくなってた」
「そうですね、認証ができる、できないとか、管理者以外の命令を受ける、受けないとか」
「管理者に成りすましてジーニー・ルカを制圧したんじゃないかな」
「そんなことできるはずがないわ。ジーニー・ルカの管理パスコードは私しか知らないもの。メンテナンスの時でさえ、この私が立ち会うのよ」
「君はそれを覚えているのかい?」
「ま、一応ね」
「ジーニー・ポリティクスが君の頭の中を読んだ……なんてことはないかな。ほら、僕がラウリをやっつけたときのように、ブレインインターフェースに割り込んで」
「考えられなくはないけど、私の脳信号を読めるのは、ジーニー・ルカだけよ。それでさえ、半年ものトレーニング期間を経て、ですもの。いきなり割り込んだジーニー・ポリティクスが、私のサンプル脳信号もなしにそんな芸当ができるわけがないわ」
「ですが、ある意味、セレーナさん、あなたのブレインインターフェースが、ジーニー・ルカの唯一のセキュリティホールだったことは間違いありませんよ。大崎君、さっき船を離れるとき、とっさにリボンインターフェースを外したのは、大崎君にはそのことが分かっていたからですね?」
「ご名答、と言いたいところだけど、そこまで考えてなかった。ただ、僕らの密談をポリティクスに聞かせたくなかっただけで」
「それでも、ファインプレイってことだな」
「さっすが大崎君」
「話が脱線してるよ、ポリティクスがどうやってルカを破ったか、だ」
「もし相手の武器がブレインインターフェースへの割り込みだとしたら、それこそ行き詰まりよ。ジーニー・ポリティクスにはブレインインターフェースなんてセキュリティホールはないわ」
「結論は待ってよ。セレーナ、君がパスコードを意識に上らせていなくても、ジーニーはそれを読み取ったりするものなのかい?」
「そんなことはありえないわ。基本的には、私が何かを意識に上らせたとき、読み取って手伝いをしてくれる、っていう程度よ、ジーニーが自発的に私の脳を読むなんてことは」
「だったら、意識に上っていないパスコードを強引に記憶の底から読みだすなんて、ありえないんじゃないかな」
「普通に考えれば、ね。少なくとも私は今言われるまでパスコードのことなんて一度も思い出してないわ。でも、相手が非常識なジーニーなら分からないわ」
「それを言ったらジーニー・ルカも非常識だったんでしょーう? そのポリティクスってのも、ジーニー・ルカとおんなじように、直感でこっちのパスコードを予測したとかなんじゃないのう?」
「そんな馬鹿な、ルカみたいな非常識なジーニーがほかにいて――」
「いや、そうなんじゃねーの? この国のジーニーには謎があるんだろ? その謎の中に、ジーニー・ルカの異常な機能のヒントがあるかもしれないんだろ? 結論。この国のジーニーは元々その異常な機能を自在に使える。なんかおかしいか?」
「……毛利が頭よさそうに見える。僕の頭がおかしくなったのかな」
「あれっ、俺、馬鹿にされてる?」
「ごめんごめん、いや、ちょっとびっくりして」
「前にも言ったろ、俺馬鹿だから。最初と最後しか見えねーんだよ」
「いや、その通り、今見えている情報だけを突き合わせればよかったんだ、余計なことを考えずに。そうかもしれない。ジーニー・ポリティクスは――」
「秘密の機能を使える!」
「だったらなおさらお手上げじゃないかしら。そんな化け物相手に、どうやって戦うのよ」
「そんなあきらめないでくださいよう。いくら相手がお化けって言ったって、単なる情報のかたまりでしょーう? トンカチ持った人間様一人にも勝てやしないのよう?」
「いいですよ、浦野さん。その通りです。ジーニーがいかに情報処理の悪魔だとしても、その力を現実世界に投射するには物理デバイスが必要です。核融合発電所のようにね。相手にその手段を与えない限り、少なくとも私たちが物理的に負けることはないわけです」
「だとしたら、その唯一の手段だったドルフィン号から逃げ出したことは、これまたファインプレイだったわけね。ジュンイチってそんなに勘の良い方だったかしら」
「うん、理由は、密談を聞かれたくないってことなんだけどね」
「でも結果は助かったわ。さてそれはともかく、相手に、弱点があることが分かったわね」
「物理的な手段か。と言って、何ができるだろう」
「セレーナさんが見つけた本体を叩き壊せば」
「もし首尾よく忍び込めても致命的なダメージを与える前に警備員に捕まっちゃうわよ」
「それに、必ず物理的なバックアップがあるはずです」
「ってことは、バックアップも同時に。となるとやっぱり論理的に攻略する必要もあるね。物理的な手段で、論理的に攻略するわけか。難しいな」
「……ねえ、これって、使えないのう?」
「これ? ……あっ」
「ジーニー・ポリティクスの管理パスコード!」
「物理的に近づいて、物理的に管理パスコードを入力して、論理的に屈服させる!」
「人間様なら逆侵入なんて許さない! ようし、あとはその方法だ」
「本体がどこにあるのかはわかってるんだ、あとはそこをどう攻略するか」
「本体の前には操作パネルみたいなものは何も見えなかったけど」
「何か、あるはずなんだよなあ、本体に直接つながる方法が。おかしいじゃないか、セレーナさんの言ったように操作パネルがないなら、どうやってメンテナンスするんだ?」
「そりゃ、メンテナンス用の端末……あっ」
「……そうですね。これと同じものが、ジーニー・ポリティクスにもあるはずです」
「なんだ、まだ持ってたのかマービン」
「もともと二つありましたしね」
「それと同じものがポリティクスってのにもあってえ……ははあ、あたしたちは今度は怪盗になるってわけねえ」
「駆け出しの盗賊がセキュリティ最高の場所に泥棒に入るってか。うわー、現実味ねー」
「……待ってくれ。マービンの持ってるそれ、そもそも、ジーニー・ルカ専用ってわけじゃないはずなんだ」
「どういうこと? 大崎君」
「ジーニーとジーニーの子機に当たるインターフェースの間は、ジーニーのユニバーサルプロトコルでつながっているからペアリングさえしてやれば相手を問わずつながるはずなんだ」
「あー、俺もうパス」
「ジーニー・ポリティクスのメンテナンス用インターフェースを盗み出す必要はないってことね」
「そう。それを、管理用端末としてポリティクスに認識さえさせればいい。マービン、説明書か何かなかったか」
「もちろん、一緒に持ち出しています。スキャンして端末に」
「さすが用意がいいね。見せてくれ、何とかなりそうだ」
「頼むわよ、魔法使いさん」
「違うったら」
***
ホテルの一室での密談は深夜にまで及んだ。
マービンの持っていた説明書によれば、メンテナンス用ネットワークソケットインターフェースは、ネットワークの最小セグメント内にお互いを置いた状態で特定の操作を行うことでジーニーに認識させることができるらしい。
もちろんその時には、管理パスコードが必要だ。
ジーニー・ポリティクスからの近接無線周波数が直接届く位置にまで持って行って、ちょちょいと操作してやる。
そうすると、周囲のジーニーから管理パスコードが合致するものが選択され、自動でペアになる仕組みだ。
一度ペアになれば、汎惑星ネットワークであろうと、星間ネットワークであろうと、どんな遠くにいても、一般通信システムの上に仮想ユニバーサルプロトコルコネクションを作ってどこからでも操作できるようになる。
危険を冒すのは、最初の一回だけでいい。
さて、それをどう実現するか。
本体が置かれている場所は堂々と公開されている。
ただ、防弾ガラス越しに近接無線が届くとは思えない。むしろ近接無線のジャミング攻撃を避けるために、厳重に防御されているだろう。
何とかその内側に侵入する必要がある。
直接触る必要はない、ただ、この黒くて四角い端末を防弾ガラスの内側、本体の近くに晒してやるだけでいいのだ。
それ以上は思いつかなかった。
結局、さしたる作戦も立たぬまま、まずはメンテナンス端末を持って、セレーナの見つけた敵の本拠地に乗り込むことにしよう、と決めた。
そう決まって、この夜は解散となった。
手配をマービンに頼んだホテルは、豪勢に一人一部屋。
久しぶりに広いベッドで両手両足を広げる。
思えば、浦野にこっぴどく叱られた晩、つまりセレーナを迎えに行く前の晩、ベッドで寝た、あれが、広いベッドで寝た最後だった。
最果てのアルカスという聞いたことも無い星で、僕は再びベッドに寝ている。
こんなところで寝ている理由は一つ。
ジーニー・ポリティクスとの対決。
それに勝てば、また、こんな風にベッドで眠れる日が来るのはいつになるのか分からない。
いっそ、負けてしまえれば、と思う。
あいつにはやっぱり歯が立たない、とあきらめ切れたら。
僕らはきっと逮捕され、でも子供のしたことだし、ということで、ちょっとしたお仕置きを受けるだろう。
それから僕らは普通の高校生になって、毎晩広いベッドで寝られる日々を取り戻す。
みんなで遊んだり馬鹿をやって過ごせる、当たり前の楽しい日々。
だけど。
セレーナは、一国の王女としてもっとずっと重い罪を負って、エミリアに連れ帰られて。
エミリアは宇宙から孤立したままで。
セレーナは、永遠に宇宙から切り離されて。
僕みたいな子供には決して乗り越えられない壁で隔てられて。
……悲しいな、そうなったら。
なんだか、悲しい。
だから僕は。
悲しくなりたくないから、あきらめない。
そんなつまらない理由で、友達を巻き込んで戦い続ける――
こんな僕がそんなことをしていていいのだろうか。
ああ、だめだ。
こんな風に考え始めると、どんどん、下がり始める。
セレーナに説教してる場合じゃない。
大きく深呼吸すると、狭いホテルの部屋の空気が震えて、僕を現実に引き戻した。
低い空調の音、遠くでパーティをやっているらしき嬌声、道を行く車のクラクション。暗闇の中にそれらが溶け合って渾然一体となっている。目を開けると、常夜灯がほのかに天井を緑に染めている。
僕は、いろんなものに助けられてここにいる、と実感する。
僕に強く優しくあってほしいといつも言ってくれる浦野のためにも。
――いつか、孤独から解放してあげたいと思う、あの人のためにも。
理解しよう。
僕の友達は、僕の戦いの理由が何であれ、喜んで協力してくれている。それは、彼らがそれぞれに持つ理由のために。僕のことを迷惑だなんて思ってない。きっと。絶対。
一歩踏み出そう。
自分のためだって友達のためだって、どっちでもいい。自分のための一歩だって、踏み出せば誰かを助けられるかもしれない。勇気づけられるかもしれない。友達のための一歩なら、なおいい。
さあ、眠ろう。
せっかくの暖かく柔らかいベッドなんだ。
悩んだりして無駄にすることはない。
明日は決戦だ。
目を閉じると、心地よい闇が眼前を覆った。




