第五章 政治の名を持つ魔人(3)
僕と浦野は、ともかく公文書館を後にした。
公文書館という場所柄、そこにソケットがあることはいいとしても、不正な端末がこっそりとついていることは早々にチェックされてばれてしまうかもしれない。国家機密を盗もうというスパイが真っ先に目をつける場所なんだから。
と言うことで、もう少し候補を探しておこう、と、僕と浦野は再び手分けをすることにした。
もちろんその前に、プリンの喫茶店の場所を説明させられ、帰投する前にそこでプリンをご馳走する約束をさせられたうえで。
市内探索に追加の成果もなく、プリンを腹に収めた浦野を連れて船に戻ると、ほかのメンバーはすべて戻ってきていた。
結局、全員が全員とも、何かしらの成果を持っていた。
セレーナは、政策情報システム局の場所を探し当てていた。政策決定システムの管理、運用を行う政庁。おそらく、ジーニーもそこにあるのに違いない、と考えたようで、見学客にまぎれて図々しくも奥深くに入り込み、分厚い防弾ガラスに囲まれた政策決定システムそのものの筐体さえ見てきたというのだから、その肝の太さには恐れ入るしかない。さすが、もとはたった一人で宇宙中を家出していただけのことはある。
毛利は、地下繁華街をひたすらにうろつきまわり、ダーツバーの音楽配信用端末の裏に有線ネットワークソケットを発見している。っていうか、ダーツバーって。ほかにどんな店を遊び歩いたのか、聞くのも面倒だから放っておいた。
マービンは、これまた大胆なことに国立大学に侵入し、いくつかの講義室にいくらでもソケットがあることを発見した。古い大学のようなので、いろいろな要求に応えられるように、と設計された一般的な講義室用部材を使っているからだろう、と彼は分析している。実際にソケットが生きているかどうかは、そういう意味で、ちょっと怪しいとは思う。
浦野は、僕が見つけた公文書館のソケットを自分の手柄として発表した。ずるい。
と言うことで、さしたる成果のなかったのは僕だけ。せいぜい、あのデバイスショップで見つけた業務用端末の話くらいだ。
話し合いの結果、毛利の見つけたソケットを使うことにした。
音楽が流れている以上、生きていることは確実。
しかも、単なるダーツバーが、公文書館ほどスパイを警戒することも無いだろうし。
実に簡単な消去法であり、翌日の行動は完全に決定した。
そして、エミリアにもロックウェルにも新連合にも邪魔されない久しぶりの夜、僕らは、五人で街に出かけた。
光にあふれた繁華街は地球のそれと同じで。
優しい顔をした人々はエミリアと同じで。
この星のこの地域は変化の乏しい中での春頃に相当していたらしく、芽吹く緑とさわやかな風が五感をくすぐった。
そんな中、小さなイタリア料理店を見つけて、僕らは入った。
当たり前のようにお酒を頼む毛利やセレーナと、コーラやソーダ水などで済ます残り三人。
料理は、びっくりするほどおいしいということも無いけれど、宇宙食パックばかりを食べてきた僕らの舌に対する刺激はこの上ないものだった。
このままここに住み着いても良いかもね、と冗談を言ったのは誰だっただろう。
このにぎやかだけど平和な町で、この五人で面白おかしく暮らすのも悪くない、なんて脳裏をよぎる。
どうしてもエミリア諸侯をやっつける術が見つからなければ、ジーニー・ルカの情報防御に守られてこんなところで暮らすのも悪くないな、なんて思う。
でも、僕らの目的は逃げ回ることじゃない。
セレーナが誇るエミリアを取り返す。
そのための戦いなんだ。
こんなところで立ち止まるつもりはない。
***
翌朝、毛利が見つけたソケットの場所に、毛利に取り付けに行ってもらうことにした。一人だと心配なので、念のためにマービンもついていく。
地下鉄も使って十五分くらいの距離という繁華街にあるそのダーツバーまで、結局取り付けも含めて三十分ほどかかった。
向こうが取り付けたことを確認してから、ジーニー・ルカに接続性を診断させると、きっちりと汎惑星ネットワークに接続されていることが確認できた。これで、準備はすべて完了だ。
毛利たちの帰りをさらに三十分ほど待ち、二人が無事に船に帰ってきたところで、いよいよ、目的の作業に入る。この星の政策システムが持つ秘密の記録を暴くのだ。
「ジーニー・ルカ、政策システムを検索」
「かしこまりました」
そして、0.5秒ほどののち、
「政策決定支援システム、ジーニー・ポリティクスを発見しました」
と、彼は答えた。
ジーニー・ポリティクス。
『政治』の名を持つとは、何とも偉そうなものだ。
「接続は可能?」
「市民権限で接続可能です」
「そこから過去の運用記録を閲覧することは?」
「政治決定に関する公文書を呼び出すことは可能です。公文書化された運用記録なら閲覧可能です。しかし、システムそのものの運用ログを直接閲覧する権限は、一般市民にはございません」
その公文書化された運用記録からは、何十年分の記録がすっぽりと抜け落ちているわけだ。いよいよ、市民権限を越えた操作が必要になる。
「ジーニー・ルカ、ジーニー・ポリティクスの管理パスコードを推測できるかな。最高権限の管理パスだ」
「お待ちください」
操縦室内が、しん、と静まり返る。
誰もが、つばを飲み込む音さえ立てることがはばかられ、身じろぎもせずじっと待っている。
喉がなんだかごろごろして来るようで、たまらなくなって僕は一つ咳払いをする。
セレーナが睨むように僕に視線を向け、それから一斉に全員の視線が僕に集中する。
「ご、ごめん」
何を謝ったのか自分でも分からない。
「推測完了しました。申し上げます」
ちょうどその時、ジーニー・ルカが、ジーニー・ポリティクスの管理パスコードの推測が完了したことを告げた。
五人が五人とも、手元にメモを用意して、それを書きとめようと身構える。
もちろん、ジーニー・ルカに直接侵入させてもいいんだけれど、やっぱりここは一度人間の検閲を入れておきたい。
「h、s、a、s、n、n、1、r……」
読み上げるジーニー・ルカに遅れないようメモの手を走らせる。
「……、大文字のA、大文字のT」
そこまで英数二十六文字のパスコードを全員がメモして、突き合わせる。お互いに間違いがないことを確認する。
「じゃ、ジーニー・ルカ。ジーニー・ポリティクスの管理権限を使って、運用記録の保存サーバーに侵入」
「かしこまりました」
僕のオーダーに、ジーニー・ルカが応える。
緊張の一瞬。
ふと見ると、浦野などは握りしめた拳が真っ白になるほど力が入っている。何をしているのか分かってるのかな、なんて不謹慎かつ失礼なことを考えて、口元が緩む。
「アクセスに成功しました。オーダーをどうぞ」
ジーニー・ルカのレポートで、僕はとたんに気が抜けた。
あっさり、と言ってしまえばそれまでだが、ここでも、ジーニー・ルカの力は通用したのだ。
これから先は、単なる作業だ。
「ジーニー・ポリティクスの、標準歴二百九十年から三百五十五年の間の運用記録リストを取得」
「かしこまりました。コマンド――ッ――認証ができま――認証ができま――認証しました――管理権限が――管理――コマンドを受け――コマンドを受け付けました――」
突然、ジーニー・ルカが、おかしな言葉を発し始めた。単語がぶつりぶつりと途切れ、何を言っているのかさえ分からない。
――こんなことは初めてだ。
何か、起こっているのか?
「――オーダーには管理者の――オーダーを受理――オーダーには管理者の――オーダーを受理しました。ジュンイチ様、先ほどのオーダーは――ッ……」
不自然にジーニー・ルカの声が途切れ、続けて。
「……私はジーニー・ポリティクス。このジーニーによる不正な侵入を検知しました。不正端末、ジーニー・ルカは、私の管理下に置かれました。意図的な不正侵入ではない場合、政策情報システム局へお越しの上、事故として手続きを行ってください」
ジーニー・ルカよりやや低い、それでも中性的な声が響いきた。
――え?
まさか?
「ど、どういうことだ?」
「再度申し上げます。不正侵入を試みたジーニー・ルカを管理下に置きました。このジーニーが今後あなた方の情報処理オーダーを受け付けることはございません。意図的な不正でない場合は、情報事故としての手続きを行ってください」
僕はとっさに判断した。
ここで余計なことをしゃべるべきじゃない。
僕は四人に黙って目配せし、船の外に、と合図する。
タラップはセレーナの無言のオーダーに応答しなかった。手動ボタンでタラップを下ろし、船から降りる。
降りる途中、僕は、前を歩いていたセレーナの頭から、そっとリボンを外した。
一瞬怒ったような表情を見せたセレーナだが、僕が真剣な顔で顔を横に振るのを見て、とりあえず怒鳴るのはやめたようだ。
「ど、どういうことだ?」
ドルフィン号全景を眺められるほどに船から離れたところで、毛利が口を開いた。
僕が聞きたいくらいだ。
ジーニー・ルカは、ジーニー・ポリティクスの管理パスコードを得ていた。
情報戦の観点からは不意打ちに成功し、圧倒的に有利だった。
宇宙で最も異常なジーニーは、絶対に負けないはずだった。
それが。
わずか数秒で制圧された。
ジーニー・ポリティクスは、その管理パスコードを知られながらも、反対にジーニー・ルカの防壁をこじ開けて制御権を奪い取った。
音声インターフェースを乗っ取って僕らに警告を発した。
もはや、あれは、あの船に乗っているのは、ジーニー・ルカではないのだ。
「……ジーニー・ルカ、……負けちゃった……のう?」
浦野は、起こったことを実にシンプルな問いとして発した。
僕は、何も言葉にせずうなずいていた。
そう。ジーニー・ルカは、負けたのだ。
十億の市民からなる共和国をたった一台で支える巨神のようなジーニーに。
僕が馬鹿だった。
異常なジーニーなら、なんでもできると思っていた。
ジーニー・ルカの力を過信していた。
そして、ついにその弱点を露呈してしまったのだ。
こんな最悪の形で。
処理能力、処理容量で圧倒的に勝るジーニー・ポリティクスに、宇宙船搭載型の小型ジーニーにすぎないジーニー・ルカは、全く手も足も出せず、一瞬で敗れ去ったのだ。
「今、何が起こったか理解できないほど私も馬鹿じゃない。私たちのジーニーは、私たちのたった一つの武器だったジーニーは、今、辺境の小さな共和国のジーニーにやられちゃった、ってわけね」
見ると、セレーナの顔には自嘲的な笑みが浮かんでいる。
「こんなところでよかったわ。もし知らずに、ジーニー・ルカでエミリアやロックウェルに攻撃でもかけていたら。宇宙船ごと拘束されて、完全におしまいだったものね」
しかし、よかったと言う言葉とは裏腹に、セレーナは落胆の表情でその場に座り込んでしまった。
「頼みのジーニー・ルカとジュンイチの魔法が、もう使えなくなっちゃった。……どうしようかしら」
セレーナの言葉は、僕らの心に恐慌状態をもたらした。
僕らは、ジーニー・ルカを失った。
もちろん、ジーニー・ルカの乗ったドルフィン号も。
宇宙の果ての知らない国に置き去り。
僕らはすでに、たった五人の十代の子供でしかない。
僕らにあるのは、セレーナのエミリア王国王女としての身分と、四人の地球新連合国市民としての身分だけになってしまった。
その身分を保証する国どちらにも喧嘩を売ってしまって、投げ捨てる勢いで出てきた旅だったというのに。
「……この国の新連合の大使館に、出頭でもするしかないかもしれませんね」
マービンが暗い顔で言う。
「いい案ね。……でも、それはあなたたちだけにして」
セレーナは突拍子もないことを言い出した。
僕らだけが大使館に出向いて……じゃあ、セレーナは?
「私は……どこか違うところに向かうわ。ああ、あなたたちを見捨てるとかそんなんじゃないから。私が行ってもまた捕まるだけでしょ? まるで打つ手がないってわけでもないと思うから。見つかるまであがく」
「じゃあ、僕も行く」
僕はとっさに言った。
「……ありがとう。でも、だめ。私はもう……みんなに頼らずに頑張らなくちゃ」
「だめですよう! あたしはあきらめないもん!」
浦野も続ける。
「気持ちはうれしいのよ。でも、出来ることと出来ないことがある。私についてきて宇宙中に追い回されて、その時、ジーニー・ルカがいない――そんなみんなを、守れる自信がない。それにこれはもともと私一人の戦い」
僕は、無性に胸のあたりがむかむかするのを感じた。
そりゃ確かに、今までだって、セレーナに、ジーニー・ルカに助けられてこうして騎士を気取って来た。
だけど、それを失ったとたんに僕らを非力な子ども扱いするなんて。
悔しくて頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「じゃあ、あたしひとりなら大丈夫ってことね」
いつになく、間延びしない浦野の言葉に、僕ははっと頭を上げる。
「セレーナさん、言ったもん。あたしとセレーナさんは、貸し借りなしの友達だって。だから、あたしはただの友達として、ついていく。守ってもらおうなんて思わないもん」
それを聞いたセレーナが、震えている。
それは、きっと、浦野にとても不用意なことを言ってしまった後悔。
……浦野とセレーナの間に、どんな友情が芽生えていたのか、僕は初めて知った。
そして、だからこそ、僕の立場も。
僕は、ただ、ジーニー・ルカを駆ってセレーナの敵を滅ぼす剣だった。
これこそ、きっと僕のうぬぼれだったのだろう。
いつかのラウリの言葉が再び僕の心をえぐろうとし――
「違う」
僕は、立ち向かうと決めた。決めたはず。立ち向かえる。
スパゲッティ状態の脳神経が一方向にそろい始めるのを感じる。
「僕も、セレーナの友達だ。貸し借りなんてなくたって。守ろうなんて思わない、守ってもらおうなんて思わない」
「俺だって」
「私もですよ」
僕の決意に、毛利もマービンも続く。
「僕らがそう決めた。だから君がそんなことをあれこれ言う権利なんて――」
「お願い、やめて!」
僕の言葉はセレーナに遮られる。
「……ごめん。うん、みんなの言いたいことは分かる。だけど……ちょっと、一人にしてほしい。大丈夫、いきなりいなくなったりなんてしないわ。そうね、市内のホテルを取りましょう。心配でしょうから隣同士の部屋で。ヨージロー、頼める?」
「分かりました。皆さんの個室を手配します。まずは、市内に向かう地下鉄を探しましょう」
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