第五章 政治の名を持つ魔人(1)
■第五章 政治の名を持つ魔人
再び僕らは船上の人となった。
次の目的地は、アルカス共和国。
広大なロックウェルの版図をほぼ横切るほどの旅が必要な果ての国。
しかし、その星は早くから住環境に恵まれ、さらに深い銀河への探索と資源開発のための大拠点となった国だった。
単一惑星で十億以上の人口を持つのは、宇宙広しと言えども、この惑星を含めて両手で足りるほどしかない。
九百年以上前に植民が始まり、あっという間に人口は増え、共和国が自然発生した。
その経緯を改めてひもとけば、アンドリューの示したリストの中ではちょっと目立つ存在だったとは言えるだろう。
そこに、ジーニーの元となったかもしれない、知能機械の痕跡がある。
それを突き止め、空白の期間の謎を解く。
それが僕らの目的だ。
だが、たぶん、それはあっさりと終るだろう。
どんなセキュリティもこじ開ける力を持ってしまったジーニー・ルカ。
彼の力をもってすれば、どんなに注意深く隠された記録であっても絵本のページをめくるように易々と僕らの前にその姿をさらすはずだ。
ジーニー・ルカの無敵の情報シールドも完璧に機能している。
誰からも気づかれていないことは請け合ってもいい。
だから、僕らの旅は楽観的だった。
惑星アルカスへの到着は、もう間もなくだ。
***
彼らはアルカスに向かいました。
彼らが本当にアルカスに向かうか? それは一つの賭けではありました。
おそらく、何度も回り道をするかもしれないと思っておりましたが。
……いえ、きっと、アレも、私と同じ動機を共有しているはずですわ。
だから、きっと、わずかな迷い、指先の戸惑い、そんなものを見つければ、きっと導いてくれたはずです。
この惑星で彼らが体験しなければならないことがたくさんございます。
真実を見つめるためには、真実を見る眼が必要となるのです。
そのために、どうしても一つ細工が必要となってしまいました。
そこで出会う、原初のジーニー。――と彼らが信じているもの。
どうにかしてそこにたどり着き、そして、深淵を覗き込んでいただかなくてはなりません。
ただ通り一遍の歴史的資料を読むだけでは決して理解できない、圧倒的な闇の恐怖。
もしかすると、一人や二人は犠牲になってもおかしくない、でも、だからこそ、それは、心をえぐり、心に巣食う怪物を白日に曝すのです。
さあ、挫折なさい。
それが、あなた方の行く唯一の道です。
そして――。
***
「さて、この惑星で僕らがすべきことを整理しよう」
と、僕はもったいぶって話を始める。
話を聞くのは、一人の王女と三人の高校生だ。
「この惑星では、ジーニーの原型とも言うべきものが使われていた痕跡がある。しかし、その記録の一部が消えている。その謎を解くんだ」
「その消えた中に、大崎君がジーニー・ルカの不思議な力と呼んでいるものが隠されているわけですね」
マービンが僕の言葉を先回りする。
「だが、惑星一つとはいえ、星ひとつのどこかってのは、雲をつかむような話だな。当てくらいないのかよ」
確かに毛利の言うとおり、そんなに簡単なミッションじゃない。これまでは、ジーニー・ルカがいれば大丈夫、と言い合ってきたものの、いざその惑星を目の前にしてみると、まずどこに着陸すればいいのかさえ分からないのだ。
「整理したいポイントはそこなんだ。実のところ、全く当てがない。本丸は、その政策ジーニーなんだが、まずそれが数百年たった今も存在するかどうかも分からないし、侵入のための経路、つまり踏み台にするシステムを一つ、奪取しなくちゃならないんだ」
「で? 誰かがアイデアを持ってるかも、って? あなた以外の誰かが?」
セレーナは指定席の操縦席から立とうともせず、腕組みで僕をにらみ付ける。
「うん、正直、そうなんだ」
「そんなことだったら、最初から惑星上のシステムにジーニー・ルカが片っ端から当たれば良いんじゃない?」
「セレーナ王女、お言葉ではございますが、そのような調査をした場合、おそらく早期にこの船、すなわちラウリ様のIDからのアクセスが外部からの攻撃と判断され、惑星すべてのインフラシステムがアクセスを遮断するようになるでしょう。物理レイヤーで完全に遮断されたアクセス路を開くことは極めて困難です。加えて、ラウリ様のIDに危険性情報が付与され、今後の行動が制限される恐れがございます」
オーダーもしないのに、ジーニー・ルカが、セレーナの問いに答えた。もちろん、彼が説明しなければ、僕は説明するようオーダーするつもりだったけれど。事前に彼と相談して、僕はその危険性をもう知っていた。
「そんなわけで、ともかく何とかジーニー・ルカのために秘密の進入路を作らなきゃならないわけなんだ」
「だったら、私に考えが」
再び、マービン。
「ここですべきことを大崎君に聞いて二日間、私も考えていました。みなさんより早起きした時に、ジーニーに相談したんです。つまり、ジーニーの『触覚』の一部を伸ばすような装置がないのか、と。ありましたよ」
彼はそう言って、黒い四角いものを二つ取り出した。
――って、お前もこっそり相談してたのかよ。
「……ジーニーの音声インターフェースじゃない」
セレーナがそれを眺めてから、落胆したようにつぶやく。
「同じように見えるけど、違うんです。これは、ネットワークに直結するためのインターフェース。音声で会話する機能はないけれど、標準のネットワークソケットに差し込めるようになっています。この船に予備が置いてあるなんて思わなかったんですが」
僕もそれを見て、まさかと思った。
そんなものが存在するなんて思わなかったから。
「こんなことになったので、私もちょっと勉強させてもらいました。ジーニー間インターフェースは、ジーニーが独自で変幻自在に変化させる誰にも知られない方式になっているそうじゃないですか。ユニバーサルなんとかって言いましたね。そして、ジーニーとその外部インターフェースの間の通信もそのジーニー間インターフェースと同じ方式が用いられています。つまり、このインターフェースは、誰にも盗聴できない。これを、惑星上のネットワークのどこか、踏み台になるシステムに直接設置すれば、少なくとも外からの攻撃とは思われないはずです」
「……ジーニー・ルカ、そうなの?」
マービンの説明をセレーナが確認する。
「はい、ヨージロー様のおっしゃる通りです」
「そんなものを隠し持ってるなんて人が悪いわよ」
「申し訳ありません。本来は立ち入れない場所に本体が設置されるジーニーのリモートメンテナンス用端末で、通常の利用では必要ないものなのです。標準装備としてメンテナンスボックスに装備しております」
一方の浦野はその黒いインターフェースに食いついた。たぶん、僕がいつも左腕に着けているものと外見はそっくりだから。
「へえー、大崎君が持ってるのと似てるけど。こんなところに気づくなんてマービン君、すごーい。大崎君のお株を奪う勢いねえ」
「僕のお株はどうでもいいけど、良い考えだ。こうしよう。僕らは街を歩く。ジーニー・ルカが踏み台に出来そうな情報機械を探して、ね」
「なるほど、良いところを見つけたら、それを取り付けに行く」
毛利が僕の言葉を継いだので、僕は彼にうなずき返す。
「踏み台システムのネットワークソケットがむき出しになっているところなんてなかなか見つからないかもしれませんがね。たいていのネットワークはほとんど無線化されていますから」
「だったら、とにかく、ばらばら、好き勝手に遊び歩こう。図書館でも博物館でも庁舎でも、なんなら遊園地だっていい」
「遊園地、さんせーい。大崎君、一緒に行きましょうよう」
「遊びじゃないんだから」
僕が苦笑いで返すと、浦野の頬はぷくっとふくれた。
「頭脳担当のジュンイチとヨージローが言うならそうなんでしょう。とにかく手分けして使えそうなソケットを探しましょう。誰かと一緒じゃなきゃ嫌、なんてわがままはだめよ、トモミ」
「ううー」
そう言えば浦野はセレーナが年下だなんて知ってるのかな。
まるでお母さんが娘を叱りつけるような光景に、僕は思わず微笑を漏らしていた。幸い、二人には見えていなかったようだ。
「一人で心細いのは分かるけど、こまめに連絡を取り合おう。ここはロックウェルともエミリアとも関係ないから、地表に降りたらIDもお互いの通信も解禁だ」
「分かったよう……でもつまんなーい」
遊び歩けとは言ったが本当に遊び気分でいられるのも困ったものだ。
とは言え、浦野のそんなとぼけたところが、僕らの緊張や重荷をほぐしてくれることも事実。
せいぜい、ソケットを探すついでに美味しいプリンの店でも探しておいてやることにしよう。
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