第二章 嘘(4)
王宮の離れに作られた鬱蒼とした雑木林の中の茶会の庵。
そこには、ウドルフォ・ロッソ公爵、ロミルダ・カルリージ伯爵、シルヴェリオ・サルヴァトーリ子爵といういつもの面々が集まっていた。
小さなお茶会のための質素な作り。
ゆえに、盗聴を気にせず密談が可能なのだ。
この三人にとって、特に機密を要する密談をするときは、いくつものスケジュール上のトリックを使って、ここに三人だけで足を運ぶ。この時ばかりは侍従や秘書は決して連れない。だから、この庵には正真正銘、三人しかいなかった。
そしてそんな中で、ロッソがサルヴァトーリ子爵を睨みつけながら口を開く。
「サルヴァトーリ卿。申し開きがあるなら聞きましょう」
その視線の先にいるサルヴァトーリ子爵は、冷や汗をかきながら恐縮している。
「だいぶ、先走ったことを吹き込んでくれたようですね」
ロミルダも、腕を組んで自分より背が高いはずのサルヴァトーリ子爵を見下ろすようににらんでいる。
「殿下と青年のことは交渉の具となろうとは申しましたが、まだ何も決まらぬものを何ともひどい吹きようであったようですな」
「し、しかし閣下、かの青年と殿下がただならぬこととならば、すべてが良いように動くと、そういう話ではございませんでしたか! 新連合の当局の差し出口を封じ、王室問題としてロックウェルの外交筋の口出しも防げ、伝統に従い殿下の降嫁となればアントニオ様によき正妃をつけて――」
サルヴァトーリはここでようやく釈明を始めたが、
「不遜にすぎます。殿下が望めばそのように計らおうとは思っておりましたが」
ロッソはぴしゃりと切り捨てた。ロミルダも続けて、
「閣下のおっしゃる通り。私も殿下のお望みとあらばあの青年を養子とすることもやぶさかではございませんでしたわ。サルヴァトーリ卿のおっしゃる通りの政治的効果を期待してなかったと言えば嘘となります。しかしそれもあくまで殿下がお望みであらば」
サルヴァトーリはロミルダの言葉に、困惑と混乱の表情を浮かべる。
「あ、後押しをなさると……」
「もちろんいたしましたわ。もしあの青年と添い遂げたいと思うことあらば、青年をカルリージ伯家の養子としましょう、と。ええ、卿のお聞き及びの通り。殿下、なんとおっしゃったと思います? 『伝統あるカルリージ伯爵家をあのようなものの血で汚すことは許しません。万一あらば私が汚名を背負ってエミリア貴族籍を辞します』ですって。そんな覚悟を聞いたら、もう何も申せませんわ」
「そこまであの青年のことを」
「――逆。逆ですわ。あれは、エミリア貴族の一人として決してその血を穢させないという誓い。どれだけあの青年と友情を深め絆を結び合おうとも、その未来は決して交わらぬものと、覚悟をお決めなのです。……あの青年が哀れですわ」
「殿下は真正面から我々と戦おうとお決めなのです。あれこそ強く誇り高きエミリア貴族の鑑。さらば、我らとて、堂々と打ち合うよりありませぬ。サルヴァトーリ卿、殿下の名を貶めし卿の軽挙妄動、いかにしてくれよう」
ロッソの凍えるような低い声に、サルヴァトーリは震えあがる。
サルヴァトーリは、自らの理解が全く及んでいなかったことを、今さらながら深く恥じた。
サルヴァトーリとて、それはあまりに不遜なこととはいえ、セレーナ王女殿下が、一人の青年に懸想しているであろうことを慮る心づもりでいたのだ。
しかし、高貴と高潔の象徴のような王女殿下のお言葉を得て、それに対して自分がいかに不敬な邪推をしていたかを思い知らされ、手足が震え始めている。
そして、ロッソはさらに追い打ちをかけるように言う。
「しかも卿の吹いた情報が、だいぶ自由圏の方にも漏れておったようですな。どうやらそのあたりからファレンにいた商社の手のものが当局の手に落ち、芋づる式に計画が暴かれた。こうなっては万事休すでありましょう」
そう、サルヴァトーリは確かに、地球を相手に余計な言を吐いた。いずれ王女は青年をくわえ込むだろうし、その時にだまし討ちのように平民に落とすことで地球に甚大な責任を負わせるつもりだ、と。
彼らを勇気づけ、方向を誤らぬよう、というサルヴァトーリの先走りは、最悪の形でしっぺ返しをもたらした。
手駒の商社は事実上潰され、エミリアは経済制裁を受け、頼みの殿下は捕らわれてしまった。
張り詰めたような沈黙が三人の間を駆け抜けていく。
サルヴァトーリは、自分の手足がこわばり、呼吸が浅くなっていることに気づいていない。
彼の頭は起死回生の一手を模索し――
「い、一軍をお与えください! ともかくカロルを押さえればことは成就いたします! いえ、たかが一商社の不正にたいして王女殿下の玉体を拘束までしようとは、世間には地球とロックウェルの横暴な圧力と映りましょう、今こそが機会にございますれば!」
追い詰められるように、そう言った。
「――軽々には判断できませぬ。しかし、卿の言、検討に値します。まずは行動計画を策定してきてもらえますまいか」
「は、……はっ!」
本来上下関係にはないはずの公爵と子爵ではあるが、この時ばかりは、サルヴァトーリは完全にロッソの風下に立ち、その指示に従うため速足で庵を出ていくしかなかった。
そして、庵には二人だけが残る。
「相変わらず、怖いお方ですわ、閣下」
ロミルダは、冷める前に、と、紅茶に手を付ける。
「殿下が異国にて監禁とならば、おそらく世論は右往左往する、その間隙を縫って軍を出すことは閣下もお考えだったでしょう?」
「む、ロミルダ殿にはかないませぬな」
苦笑いをしながら、ロッソはカップを手に取る。
「損な役回りを押し付けられて、サルヴァトーリ卿もおかわいそうに」
「だが、勘違いしないでいただきたい。たとえ軍を出すことになろうとも、全ての責任はこの摂政ウドルフォ・ロッソの肩に乗っておりますれば。このようなことで誇りあるエミリア貴族の結束にひびは入れさせませぬ」
その言葉をじっと聞いていたロミルダは、軽く目を伏せた。
「……最後は、おひとりで自裁なさるおつもりで。志には感服いたしますが、どうか、おひとりでお悩みになりませぬよう」
「うむ、その言も肝に銘ずる。かたじけない」
ロッソも言いながら紅茶に口をつけ、ロミルダに向けて小さく頭を下げた。




