5.私、がんばった
「王太子殿下、万歳!」
「ロロア妃様! ばんざーい!」
ごきげんよう御聴衆。ハスティーユ家長女、レアスですわ。
色々ありましたが王太子殿下とお兄様のご婚礼の儀は恙なく執り行われ、今は民衆へ向けた盛大なパレードの真っ最中でございます。
王太子殿下は美しい甲冑に身を包まれておりまして、そしてお兄様も負けず劣らずの華麗な装いを為されています。
此度の婚礼は民衆にも大変好意的に受け止められ、しばらくはお祭り気分が続くことでしょう。
良きかな良きかなと存じ上げます。
いや、ごめんなさい。
やっぱお姫様が王子様よりも頭一つ半くらい身長上抜けしてるのは、私としてはちょっと解釈違いでございますわね。
と言うか、どーしてドレスを強行したんですの??
後にも先にもあのサイズのドレスを仕立てる事は無いのではなくて?
「二人とも華美な甲冑でいいじゃん、その方が見栄えもいいし」と言う私の意見は何故か却下されてしまいましたわ。
まあ、ここまで来るのにも我々色々と大変だったのでごぜえますよ。
お兄様に王宮淑女としてのイロハを叩きこまなければならないのにも関わらず、ご自身しか分からない緊急警報で勝手に聖女テレポートで飛び出して行ってしまったり、王宮淑女にあるまじき無骨な態度が全く抜けなかったり。
主に宮廷から我が家に出仕された召使いと私が随分と苦労したものですわ。
正直今も無骨な態度は全く抜けておらんのですけどね。
「うう……ロロア……。立派に美しくなってなぁ……。私はもういつ死んでも悔いはないぞ……」
「お父様。感無量かとは存じますが、まだやる事が山積みなので勝手に死なれては困ります。我が家の後継問題も解決しておられないのですよ」
典型的な花嫁の父ムーブをキメながら泣いておられるお父様ですが、ハスティーユ家の後継者を誰にするか等のことは全く決まっておりません。
いい加減にしないと、温厚な私も流石にぶちギレますわよ。
「ああ、うん、そうであったな……」
「それで、叔父上から養子を頂くという件はどうなっておるのです?」
「そのことなのだが……一応弟に話はしたのだが、かなり渋っておる様子だ。レアス、やはりここはお前が……」
「だから、無理だっつーの!」
話になんねぇですわ全く!!
家政の事はともかくとして、我が家は軍事貴族なんですのよ!?
日々鍛錬を積んで脳みそまで筋肉になってるような荒くれ共が、細腕箱入り娘の言うことなんか聞くかっつーの!
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その夜、お兄様の住まう宮殿に送る諸々の生活道具の中に、私はこっそりと一つの化粧箱を忍ばせておきました。
箱の中には王宮淑女としての心得を私なりにまとめあげた記録書、そしてお兄様宛ての手紙と共に、三色の糸で編みこんだ腕飾りが入っております。
この絹と亜麻で編まれた腕飾りは何か命の危機が迫った折に身代わりになってくれると言うおまじないのような物ですが、いつか私が家から出た時に、無鉄砲なお兄様にお渡ししようと密かに作っていたものです。
……これを編んでいた時は、まさかお兄様の方が家から出て行くとは思いもしませんでしたが。
不肖の妹がお兄様にして差し上げられることはここまでですので、どうか末永くお幸せに。
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「左翼はよく持ちこたえております! 敵の瓦解は時間の問題です、このままの勢いで押してしまいなさい! 右翼が劣勢でございますね……白狼騎士団に右翼支援の伝令を!」
「了解いたしました! ハスティーユ将軍!」
あれから何年経ったでしょうか。
私は現在、指揮官として指揮を執り前線で兵を鼓舞しております。
結局何だかんだあって隠居したお父様の後を継ぎ、今では立派な前線指揮官です。
どうしてこうなりましたのかしら……。
ちなみに私自身もお兄様にお渡ししたおまじないの腕飾りを自分用に編んで身につけておりますが、戦場に出る度にぶち切れ三桁を超える数は優に失ったでしょうか。
まったく、命がいくつあっても足りやがらねぇですわオーッホッホホ。
「もうすぐ聖女様がこの戦場にも参られます! それまで耐え抜けば、我等の勝利です!」
さてさて、現在わが国は人と魔物による戦乱の真っただ中です。
今から数年前に魔物達の中に統率者が現れ、人間の領地に攻め込んできた次第にごぜぇます。
魔物に蹂躙され他の国が次々と陥落していく中、我が国はお陰様で何とか持ちこたえている所存です。
……やべぇ事態は起こらないのではなかったのですか? 神よ……。
「妹よ! すまない、遅くなった……!」
「お兄様、本当に遅いですわよ! 南方勢力くらいあっさりと殲滅してくださいまし!」
馬上で指揮を執る私の近くに突如眩いばかりの光が溢れ、その中から白銀の鎧を纏った背の高い筋骨隆々の男が現れました。
当代の聖女にして我が国の最終兵器、ロロアお兄様のご登場です。
その左腕には今やお兄様のトレードマークとなった三色の腕飾りが、ちらりと鎧の隙間から覗かせております。
「よいですか、北側にある山岳の方に敵の本陣がありますわね? 今我々が対峙しているのがあの大集団です」
「大集団だな……よし、承知した……!」
急ぎ飛び出そうとするお兄様を、私は片手で静止いたしました。
「お待ちください。大集団と申しますが、実はあの集団は大がかりな陽動。敵の本当の主力は、東の林を少数で秘密裏に動いている部隊で間違いありませんわ。斥候によれば、その部隊は敵方四天王の一人を指揮官に置いています。恐らく狙いは私を含むこの陣……。本陣に奇襲をかけ、あわよくば指揮官である私を討ち取ることが出来ればと言った形でしょうか」
「む……なるほど……。確かに東の林に聖女レーダーの反応がある……」
「逆に言えば、その奇襲部隊に逆奇襲をかけて敵の四天王を討ち取れば、敵方に大打撃を与えられると言うわけです。……いかにお兄様と言えども単騎での撃破は難しいかと存じますので、わが軍の誇る天馬騎士団をお兄様にお付けいたしましょう。その為に彼等を温存していたのですから」
「分かった……。聖女テレポートで天馬騎士団ごと向かう!」
私はお兄様に指示を出した後に馬を後方に向けると、そこに控えていた、今にも飛び出したくてうずうずしていると言った様子の屈強な騎士団に対して指令を出します。
「今までよく我慢しましたね、天馬騎士団よ。さあ、これより先は皆様の時間です! 聖女様と共によく戦い、必ずや勝利を挙げるのですよ! さあ、最強騎士団の力、存分に見せつけてやりなさい!」
「「「おおー!!」」」
騎士団は雄叫びと同時に、光に包まれその場から消え去りました。
お兄様が聖女テレポートを使い敵の奇襲部隊に対して逆奇襲を仕掛けに行ったのです。
あちらが何とかなれば、今回はもう我等の勝利で間違いないでしょう。
では、私は私で此度の戦の仕上げに参りませんとね。
「聖女様が敵の主力を殲滅しに向かいました! これでこの戦、勝ったも同然です! さあ、私達も聖女様の武威に負けぬよう、眼前の敵を蹴散らしますわよ!! 全軍、突撃!!」
「「「うおおおお!」」」
兵士達の喊声と奔流する感情のうねりを浴びながら、私は馬を走らせて敵の塊へと突っ込んで参りました。
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……圧倒的な魔物の軍勢により多くの国が陥落していく中、その国は魔物達の侵攻をよく防いだ。
そしてその国はいつしか他の陥落した国の住人達も纏め上げ、遂には魔物達の王を打ち倒し再び世に平穏をもたらしたのだった。
その国がよく耐えた理由の一つに、聖女と言う存在にある。
聖女はその国特有の護国の礎であり、民衆の拠り所として献身的にその国を守護した。
そして、聖女に加えてもう一人。
天才的な軍略で魔物の軍勢を退け、その智謀を持って魔物達の王すら倒してしまった救国の英雄の存在があった。
後に勇者と呼ばれる、将軍レアスである。
将軍レアスと聖女ロロア。
驚くことに、二人は兄妹であったと言う。
その兄妹の名は後の歴史書には必ずと言っていいほど記載され、万人が知る英雄譚として数多くの創作物が作られた。
……後世に作られたほぼ全ての創作において兄妹の姿は力溢れる無骨な将軍と嫋やかで美しい聖女であるが、そこはまあ、ご愛敬である。