その後
私たちが鍵のことも含めて秘密は他愛ないものだけになって、ちゃんとした夫婦って感じになってから数年経った。
結局『これアオヒゲじゃん!?』って思ったけど、鍵を使わなきゃどうってことないし、妻たちについても本当のことを話してくれたのは執事さんたちからの証言でわかってるし、もはや怖い物はない。
イスハークさまは相変わらず理想的な旦那様だ。
稼いでくるし家にいる時は私を気遣うし、なんなら時折うちの両親を招いては歓待するし、何で本当この人、イイヒトすぎるんだけど前世にどんな徳を積んだらこんな人に生まれるのかしら。
ハッ、その理論で行くと私は前世どんな徳を積んでいたんだ……? こんなスパダリに一目惚れされて結婚までしちゃうとか色々運が天元突破しているんじゃ。
おかしいな、スマホゲーで鬼課金した記憶しかない。だって推しがピックアップだったのに出なかったなんてウッ、頭が。
「奥様、お手紙が届いております」
「まあ、誰からかしら。あっ、兄さんだわ!」
今日はイスハークさまが王城に呼び出されているので、例の鍵束は私の腰にぶら下げてある。持ち歩くのが面倒なので、ベルトを作ってそこにぶら下げる形にしたのだ。
使用人たちからは貴族の夫人がそれはちょっとって最初言われたけれど、便利さを説いてお客さまが来る時は別の対応をするという約束で納得してもらった。
まあそれはともかく、私は待ち望んでいた手紙を手に、部屋に戻る。
「これこれ、コレを待ってたのよね……!」
兄さんたちは今、騎士となって王都で暮らしている。そこに着目した私は、ちょっとしたことをお願いしておいたのだ!
なんせ可愛い妹のお願い、兄たちも二つ返事で引き受けてくれたよ!
その頼み事っていうのは、イスハークさまの評判なんだよね。
噂だととんでもなく畏れられているとか色々あったじゃない?
でも私と一緒にいるイスハークさまは愛妻家だし家族思いで使用人たちにだって親切なのよ。執事さんだってイスハークさまのこと、尊敬できる主人だって力強く言ってたしね!
(なになに……)
手紙の始まりは、時候の挨拶から始まって今の王都での流行についてとか兄さんたちの近況だった。元気にやっているようでなによりである。
妹の結婚式に出られなかったことがとても不満だったらしい二人は、長期休暇に入ったら絶対帰省するからなと言いつつ未だに帰ってくる気配がない。
なんでもとっても忙しいんだってさ……。
でも私は知っているんだ、両親から聞いているよ。
二人して他の部隊の先輩と喧嘩して怪我したりしたんだよね。それも原因が、イスハークさまと結婚した女の兄だってんでからかわれたことなんだってね。
あんな疫病神と結婚した女の血縁だなんてお前らも疫病神だとかなんとか言われたんだってね。
私のために怒ってくれて、私を見初めたイスハークさまが悪い人間なはずがないって真っ向から反論してくれたんだって、部隊の人がわざわざ帰省できない理由と一緒に教えてくれたよって私もこっそり聞いちゃった。
(ありがとう、兄さんたち)
いつか可愛い姪っ子か甥っ子か抱かせてあげるからね!
で、話は逸れたけど兄さんたちによればイスハークさまの悪い噂は大きく二つの種類が存在するらしい。その中でもまた細々あるんだとか。
兄さんたちにつっかかってきたように、疫病神だのなんだの言う派。
これはイスハークさまが功績を以て貴族となった上に国王陛下の信頼を得たことを妬ましく思う人たちと、青い髪色と目つきの鋭さがまるで悪魔みたいだと怖がる人たち。
もう一派はなんというか……悪い噂を立てたくなくて、かっこ良すぎて強すぎて近寄れない……みたいな……?
なんだそれ!
特に最近は私の勧めもあってヒゲを剃ったら美形なお顔が晒されて老若男女が寄っているって言うから人間って現金なもんだよね……。いや、あの美形は近くで見たい。わかる。
(とりあえず、イスハークさまの信奉者? みたいのがいて、憧れで近づこうとする人たちを片っ端から粛正してるって……怖いな!?)
よく私みたいな平凡人間、無事だな……?
いや、私から近寄ったわけじゃないからノーマークだっただけか。
今も襲撃されてないのは普段から引きこもりがちなのと、イスハークさまが普段は傍にいてくださるからだったんだな……!
(でも、そのせいでイスハークさまが孤立するのもなあ……ん?)
下の方に、まだなにか記されていることに気がついて私はぎょっとする。
『イスハークさまの三番目の妻が、復縁を狙ってそっちに向かった模様』
兄さんたち!
それは一番上に書くべきことだ!!
「ね、ねえ、イスハークさまはまだお戻りにならない!?」
思わず部屋から飛び出して近くをちょうど歩いていた執事を捕まえてそう尋ねると、はしたないですよってちょっぴりお説教をしつつ私の様子に首を傾げてまだだと執事さんは教えてくれた。
「どうかなさったのですか?」
「に、兄さんから三番目の奥さんがイスハークさまと復縁を願ってこちらに向かっているらしいって……」
「なんですって」
顔色を変えた執事さんと私は、あれやこれやと対策を練った。
そりゃもう準備した。
なんせこの館から貴金属とお金を持ち逃げした女性が来るかもっていうんだから当然だよね。ちなみにどこぞの子爵家のご令嬢だったらしくあちらは平身低頭だったとか。
さすがにイスハークさまがその人を前にして気持ちが揺れるなんていう不安はない。
というか、前妻を目にして不快になるのがいやだから先に打てるだけの手を……。
「……なにをしているんだ」
「イスハークさま!」
そうこうしているうちにイスハークさまが帰ってきたので、私はちゃんと報告した。
イスハークさまについてあれこれ評判を聞いたところは伏せてね!
「ああ、それなら心配いらない。子爵家の方に突き出しておいた」
持ち逃げした際には慰謝料とか賠償金だとか、子爵家の方では払いきれなくて泣きつかれたらしい……。そりゃそうだよね……この家、なにげにあれこれすごい美術品とか転がってるんで……。
一回は持ち逃げされているのに今はいっぱいってことは……ねえ。
「もうアレが出てきてセリナを煩わせることもないだろう」
晴れやかな笑顔、素敵です旦那様。
ヒゲ、やっぱりあった方が良かったかなあ。
「どうした?」
「いいえ。あ、そうだ。はい、鍵束」
「ああ、ありがとう。それと、次の登城で鍵を押しつける先が決まったぞ」
「本当ですか! やったあ!」
そう、今日の“お呼び出し”は封印されてる? というブツについて。
いつまでもイスハークさまが所持していても、彼だっていつまでも壮年なわけじゃないから今後を考えなくちゃいけない。
今まではイスハークさまも深くは考えていなかったけれど、私と一緒に暮らすようになって家族にそんな妙なブツが変な影響を与えるのはいけないなと思ったらしく、本格的にどこかに封印できないか陛下に掛け合ってくれたのだ!
仕事のできる男、かっこいいー! 惚れ直す! さすが私の夫!!
「それじゃあ、私もイスハークさまに発表があります!」
「うん? 今日は絵画の数でも数えたのか?」
「チガイマス。来年の春になったら兄たちが帰省するので私たちとお食事がしたいんですって」
「それは楽しみだ」
朗らかに笑って私を抱き上げるイスハークさまは、幸せそうだ。
バツ3でも、青い髪でも、怖い目つきでも私にとっては最高の旦那様だ。
なにより、ヒゲなかったら超美形とかなにその完璧さ。
この人が私の夫だと思うと、今日も幸せです。
私は万感の思いを込めて、イスハークさまに笑顔を向けた。
「きっとその頃には、イスハークさまはパパになりますよ!」
「……は?」
この物語のアオヒゲは、幸せなのよ。
バツがあっても非は……ちょっとだけだし?
妻である私は謙虚で、倹約家で、慎ましやか。最高でしょ?
あとは、『二人は可愛い子供に恵まれて、その後も幸せに暮らしました。めでたしめでたし!』が必要だと思うのよ。
それって、ほら。
ごくごく平凡なハッピーエンドだもんね!
これにて、完結!