十
「・・・わかった。至急用意させよう。」
『ドルフォ様、まだ痛いですか?』
その首が小さく縦に揺れる。
『さっきよりも痛いですか?』
今度は横に振られる。
収まってきているのなら大丈夫だろう。
「ドルフォ、大丈夫か?」
傍に屈んだヴォルフが静かに問う。
「はい。あにうえ。」
優しい手つきで癖のある銀髪を撫でるヴォルフの表情は、アラン兄様にどこか似ていた。
「ドルフォの兄として礼を言う。怪我は無いか?」
あれだけの炎を背に浴びたのに、傷一つない。
きっと、ケイト兄様の髪飾りが護ってくれたのだ。
後で感謝の手紙を送ろう。
『はい。礼には及びません。私も婚約の儀を済ませた身ですので、ドルフォ様の義姉です。
守りきれず、ドルフォ様のお身体に怪我を負わせてしまい申し訳ありませんでした。罰なら謹んでお受けいたしますので、どうか今は、ドルフォ様に処置をさせて頂きたく思います。』
ヴォルフに頭を下げると、その後ろから王妃様と、それを支える王様が走ってくる。
「頭を上げなさい。カリン。
隣国から嫁いできた大切な女性に、息子を守らせてしまって・・・本当に不甲斐ない。うちの国のものが誰一人動けずにいたのに、良くやってくれた。」
王様に支えられている王妃様の顔は血の気が一切ない。
「ドルフォ!」
王妃様がよろよろと屈みこみ、ドルフォの頬を包む。
「あぁ。本当に、カリン。ありがとう。」
ぽろぽろと涙を零す王妃様は酷く消耗している様子だ。
『王妃様。ドルフォ様の火傷は私に任せていただけませんか?王妃様は大変気力を消耗しているようにお見受けします。お休みになられた方がよろしいですわ。』
王妃様はふるふると首を振ったが、王様が指示を出し、護衛に連れられて王宮へと戻った。
「ヴォルフ、何をしている。そなたの妻がこのような状態になっていて、なぜお前はそこでぼんやりしておるのだ。」
ヴォルフがビクリと身体を震わせる。
王様の視線が足元に向いたのを見て、先程から感じていた足の裏の痛みと、靴擦れによる踵の痛みを感じる。
きっと裸足で走ったから足にいくつか小さな傷があるのだろう。
スカートでさりげなく足を隠す。
『王様。私は大丈夫です。お見苦しい姿を見せてしまい申し訳ありません。
ドルフォ様の腕はもう冷やす必要はありませんので、とりあえず馬車で王宮に戻っても構いませんか?』
裸足で駆け出してしまったのだ。はしたないにも程がある行動だったと反省する。
「あぁ。来た馬車で戻れるか?私はやらなければいけないことがある。ドルフォを頼む。」
『命に変えても。』
これは大陸ペンタゴンではとても重い誓いの言葉だ。王族の命を預かるのだ。そう軽いものでは無い。
うむ。と深く頷いた王様は、護衛のうち二人にこの先はカリンに従うようにと指示を残して残りを引き連れて行く。
『王様。あのドラゴンはどうなりますか?』
思わず声をかけてしまった。
王様は微笑んだ。
「君は、本当に。・・・優しい子だね・・・。そう心配しなくとも、命を奪ったりはしない。
ドラゴンは私達の手の届かない神聖な存在だからな。」