【エピローグ】忘れ猫のあくび-Farewell Dear Dead……-
四月一日。
桜舞う校庭を見据えながら始まった入学式は、いつの間にか終わりを迎え、担当の先生に連れられては各々の所属するクラスへと向かう僕ら。
そこで、出席番号的に後ろのヤツが同じ地区出身なもんで、さっそく仲良くなった。
「へえ、尼崎は葵中か」
「大滝は岸井町の方だっけ? じゃ、南中?」
「いやいや、俺は選択出来たからは多々良中にした。南中ってほら、ヤンキー多いって言うしさ」
「ああ、確かに。対して南高は地味なんだよな」
「そうそう! あのメロンパン色の制服が物語ってるよな」
そうやって、適当な地元話に花を咲かせては、オリエンテーションを受け流し、あっという間に下校時間になる。
日程的には明日から部活見学だが、ここぞとばかり外には部活勧誘をする先輩たちの姿。
特に先生も注意はせず、彼ら彼女らの楽しそうなやり取りを見守っている。
それにしても、さっそく青春の謳歌を強制されている気分だな。
「なあ尼崎。見学は明日からだし、帰っちまおうぜ。俺もう眠くてよ」
「早いな……まあ、電車通学とどうしても帰るだけで時間食いそうだし、行くかぁ」
ドラマのセットみたいな整った桜並木の下、人ごみを抜けて僕らは徒歩五分の位置にある『雛白駅』を通る。
結構大き目の駅だからか、定期購入の行列が出来てる。
なんだかうざったくて、空いた頃に作ろうと後回しにしておく。こういうのは、早めが吉だろうけど、大滝のヤツが
「分かるッ! 現状を見るに絶対その方が効率的だよな」
と、やたらに同意してたので、千円だけチャージして改札を通った。
なんか、人って成長しないな。
「ちなみに尼崎って片付け後回しにするタイプだよな」
「大滝もだろ」
「まあな。昔から変わってない」
「いいじゃないか。変わらないってのは大切な事だ」
◇
真新しい制服やスーツを着た大学生やら高校生やらが次々と電車から降りて行き、残りは車両にほとんどいない。
どうやら大滝は僕の家とは隣駅らしく、先に電車を降りる感じになるらしい。
この光景が、高校生活では恒例になっていくんだろう。
「じゃ、明日。部活見学まわろうな」
「ん。またな」
軽く別れの挨拶を交わして、再び電車に揺られる。
見渡せばもう誰も乗ってない。隣駅で降りたらしい。にしても一人ぼっちの電車ってのは、なんか怖い。
「珍しいな。割と混んでる時は座れないのに」
正午過ぎという時間帯のせいだろうと勝手に納得して、到着を待つ。
電車のアナウンスが小さいスピーカーから鳴った。音がつぶれて聞き取りにくい。
「ご乗車ありがとうございます。まもなく――」
段々と電車がスピードが落とし、駅に着く。
のんびり開いたドアから出て、僕はホームになんとなく突っ立って周りを見渡した。
すると、珍しい光景があった。
人がいない。
誰もいないホームなんて結構な確率だ。ちょっと気持ちがいい。ここ一帯が自分の縄張りみたいだ。
……と、思った矢先、なんだか黒いヤツがトコトコと僕へと走るように、近づいてきた。
せっかく気分が乗ってきたのに、なんなんだよ、もう。
「ミャオ」
近づいてきたそいつは野良猫だった。しかも黒いの。なんだか非常に可愛げがない。怠そうっていうか、やる気がない感じの変なヤツ。
屈んで近くで見てみる。そしたら、のんびりとそっぽを向いて欠伸をされた。
憎たらしい顔しやがる。
「お前、名前は?」
「ミャ」
「……僕がつけてやろうか?」
「ミー」
嫌がってんのかよく分からなかったけど、このままだとなんだか癪だし、命名を直々にしてやる事にした。
僕は無理矢理、野良猫を腕に抱えて頭を撫でる。すげえ嫌な顔されたけど、まあそれは見逃してやった。
「お前はマミ。真っ黒でミャオって鳴くから。字面はそうだな……」
なんて考えていると、今度はすごい勢いで腕から抜け出してホームの外へと降りてしまう。名前が気に入らなかったのか、僕の事が嫌いなのだろうか知らないけど、本当なにしに来たんだろう。
まあ、考えても仕方ないか。
猫だし。
「……『真実』と書いてマミ。結構良いと思うだけどなぁ」
ポツリと我ながら好みのネーミングに溜息を吐いて、改札へ向かい作ったばかりのパスモをかざす。
ピッ、と甲高い電子音が鳴り改札はかったるく開いて、僕はそこを抜けていく。
すると、隣の改札にも同じタイミングで人が通り、その人とすれ違いになった。
「?」
ふと、なんとなく振り返ってみたけど知らない背中だった。
知り合いでもなさそうだし、僕は特に気も留めず前を向こうとする。
――さて、昼飯なにを買っていこうかな。
と、さっさと改札を出た瞬間、あるモノが落ちていたのが横目に見えた。
白いハンカチ。
今の人のだ。
僕は素早くそれを拾って気付かずホームへ向かうその人に声を掛けようと、振り返って前のめりに言った。
「あの――」
でも、ホームには誰もいなかった。
すぐそこにいたと思ったのに、どこへ消えたのだろうか。
「…………これ」
疑問を浮べつつ、僕はそのハンカチに包まれていたモノを手の平に乗せて、誰もいないホームを呆然と見つめていた。
温かな春の風に飛ばされて、それがヒラヒラと舞っていくまでの間。
その――――――――
青色の桜が。
【了】




