表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/26

【終幕】車輪は唄う-Forget Me Nots-

 錆び付いた自転車は、キイキイと甲高い音を立て僕らを運んで行く。

 空は少しずつ明るくなっていて、消えていたと思っていた建物も本来の姿を取り戻していた。

 長谷川ハイツは今もそのままで、相変わらずの古い外観を新築ばかりの住宅街に残しているけれど、それこそ僕らが懐かしいと思えたモノは消えていた。

 いや、それはこの町に『忘れられた』と言った方がいいのだろうか。

 あの小さなゲームセンターは、いつの間にか大きなアミューズメントパークになっていたし、その近所の空き地は美容院に変わっていた。

 もちろん大して昔の事じゃないのだが、あの街は僕らのずいぶん前の記憶を元に出来ていたようで、比べてみるとかなりの差異があったのは確かだった。

 特に、こことか。


「……公園のところは、予備校になったんだよな」


 止まって見上げた、ビルのような見た目の高い建物は、割と有名な予備校で、実際、僕も中三の時に夏期講習で通っていた場所だった。

 過去の自分が送ったタイムカプセルは、かなり前から無くなってしまっていて、未来の自分が進路に向き合う場所に変わっていたのだ。


「僕、ここ通ってたんだよ。夏休みだけで辞めたけどな。推薦で高校受かったし」

「へえ……高校……かあ」

「お前と同じ高校だったら、すげえ楽しそうだな」


 背中に感じる温もりを、僕は高校生になっても覚えているのだろうか。

 ここを通った時とか、ああこいつとそんな事話したっけなと、懐かしんで感傷的になったりとか、するのだろうか。

 どちらにしても、今この時を大切にしよう。もう、返って来ない時間なのだから。


「ちなみに、なんて高校なの?」

雛白(ひなしろ)高校」

「ふうん? 分かんないや」


 止めた車輪を再び動かす。すると、緩やかで温かな風が吹いていた。春に向けての風。桜を揺らす風。

 ひらひらと舞い落ちるのは、そんな桃色の花びら。

 僕らは車道を走って、コンビニの角を曲がる。二十四時間営業なのに人はいない。けどおでんののれんは新春セールに変わっていた。帰りになんか見てこうかな。一応は卒業祝いみたいな感じでさ。

 線路を渡り、上り坂まで来る。二人乗りでは初めてになる。

 力を入れて立ち漕ぎをしていく。

 ふと目に入ったあの花屋は、絵画教室になっていた。花の装飾をまとった古い外観のままの教室。けど、これはこれで、味わいがある。雰囲気が良い。

 そうして、誰も居ない町に、車輪の音がキイキイ響き渡っていく。悲鳴みたいな車輪の音が淡々と明け方のこの町に。

 存在を示すかのように、鳴る。


「なんだか、世界に二人だけみたいだな」


 振り返らず僕の零した声に、ちょっと後ろから彼女の声が聞こえた。どこか楽しげな、そんな声。


「うん。二人だけの世界で、二人乗りしてる。なんだか不思議だね」


 坂の上から町を見下ろすと、ショッピングモールがあった。看板からは文字が消され、たくさんのブルーシートが下されている。

 駐車場には、工事中の立て看板。

 あそこも、なにかに変わっていくようだ。僕らが生活をするのに使っていた、あの家族で行った大きな場所は。

 水平線が優しい赤橙色に包み込まれるを見ながら、ペダルをさらに強く漕ぐ。その先にあるこの町の高い位置には、この街の出口がある。そこに着いたらもう本当に終わりを迎える。

 僕と彼女とだけの、二人の最終回になる。


「……なあ、これだけは覚えているだろうから、聞かせてくれ。なんで、先生と――おじさんと、同じところに行ったのか。あまりにも突然過ぎてよ、やっぱり気になるんだ」


 ずっと最終回を無かった事にしていた。本当は存在した最終回を見なかった事にした。だから、紙芝居の最終回だって無い事になってたんだ。

 彼女の中で。

 僕は知っている。"レッドマスク"は最後どうなるのか、どんな結末を迎えたのか。

 おじさんが話してくれかのように、僕もその終わってほしくない物語の最後を聞きたい。

 大切な人だから、こそ。

 彼女は、すうっと小さく息を吸って僕にその理由を告げた。柔らかく、温かく。


「……踏み間違えちゃったの。本当はね、駅に入り込んだ猫を追ってて、足を滑らせたの」


 後ろから伝わる確かな温もりは、優しくも儚い。

 今にも消えてしまいそうな灯のように、その鼓動が僕に伝わる。


「じゃあ、自分から踏み出したんじゃない……のか」

「うん、うん。そうなんだけど、そうなんどさ……わたし、迷ってたから、わかんなくて…………ホームから落ちる時、これでいいんだって思っちゃってて……でも、やっぱわかんなくて」


 やがて、僕の心臓の音と同じくらいのリズムが伝わってきて、締め付けられるように胸が痛んで、また涙目になってしまう。

 泣いてばかりで、でもそれはきっと彼女も同じで、それ程にやはり『好き』でいて、一緒に居たくて、離れたくなくて、とっても幸せで。

 そう。僕と彼女は恋愛的なそれでも、恋人的それでもないからこそ、お互い『好き』でいて、素直にお互いの幸せを願える関係で、この先もそのつもりでいたくて――。

 でも、だからこそ、お別れをしなきゃいけなくて。


「けど確かなのは、もしね、もう少しここに居れたらって、どこかで思ってたの…………………………あの人と……あなた、と」

「……はは、『あなた』か。そっか。もう『君』はそうなっちゃったのか」


 ようやく登りきった上り坂。僕は自転車をその駅の駐輪場に停めて、後ろに立つ彼女を見た。

 上がってきた朝陽が、彼女を逆光に照らしていて、ちょっと色っぽかった。


「……ぱっつんは、朝陽に映えるな」

「……なにそれ」

「さあ」


 この街の最後の場所。最後の駅は、あの頃と全く同じで、けれどあの嫌な寒気も不気味さもなくて、ただそこに佇んでいるようだった。


「この駅さ、僕は四月から毎日使うんだよ……学校は、隣町にあるからさ。だから……たまにさ……」


 目に溜まっていた涙を手で拭いて、僕は彼女にゆっくりと近づいた。


「会うかもしれないけど、そん時は、お互い泣き顔じゃないといいな」

「ふふ……先に泣いたのは……どっちですかね?」

「やめてくれ、恥ずかしい」


 そして僕は、彼女を強く抱きしめた。


 温かくて、優しくて、甘くて、本当に溶けていってしまう僕らの時間。

 感じるお互いの温度が、なんだかよけいに悲しくなって、腕に力が入ってしまう。

 ああ、なんだよ、また泣けてきちまったじゃないか。


「……ふふ、ドキドキする」


 彼女が耳元で静かに呟き、僕の背中に手を回して、しばらく黙っている。

 お互い喋れないのは、声が震えるのが嫌だからだろう。

 涙を拭かないのも、きっとそうだからだろう。


「なあ、心臓めっちゃ鳴ってんの伝わってくるんだけど」

「やー、それお互い様じゃん。恥ずかしいからやめて」


 笑いながら身体を離して、僕の肩を叩いてくる。そのブレザーの裾が湿っていて、本当にお互い様だなと実感する。

 目が合う。顔と顔が近い。こんな近くでお互い向き合うなんてなんだか変な感じだ。


「ここで、僕はチューすべき?」


 僕の冗談に、彼女は声を上げて笑った。


「ははは、ダメダメ。そんな事されたら、わたし渡れなくなっちゃう」

「マジで?」

「マジマジ。だから、それは他の女の子に取っておいてあげてよ」

「まあ、そうだな」


 それだけ言って、彼女は僕の頬を撫でてからかうように見つめた。

 僕らは僕らで、そういう恋愛沙汰にはならない関係だ。

 たぶん、これからも、そうなんだろう。

 なら、たまには言っといてやるか。

 僕の気持ちを。


「好きだぞ」


 互いの気持ちを。


「わたしも、好きだよ」


 向こうでも忘れないように、さ。


「行くか」


 そうして、彼女だけのベルが鳴り始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ