【第二幕】思い出を掻き鳴らして-Play The Star Candle-
夜道に自転車の小さなライトが鈍い音を立て前を照らす光景は、あまり長く続いて欲しいものではない。
しかも灯りどころか、周りの建物が無いというのは、怖いと言うより何かが起こりそうでどうしようもなく嫌なのである。
ゆらりと風が吹くのですら、知らない世界へ運ばれてしまいそうで、おもわずペダルを漕ぐ足が速くなる。
「はあ、やっとか」
ようやく目先のライトが建物を照らしたのを確認して、僕は息を漏らした。
何も無い平地にそびえる、学校。
今日は一体、何回行き来してるのだろう。本当、登下校してる気分だな。
学校前まで着くと、僕は歩道に自転車を置いて、閉められた校門を見据えた。
「市立葵中学校」
僕と同じ高さくらいの位置に、そんな堅苦しい文字が刻まれている。
姿勢良く立てられた大きな看板には「第三十七回卒業証書授与式」。
日付と同じような数字だ。
校門を飛び越え、構内へと入って行く。夜の学校は言わずもがな不気味だ。せいぜい電気の点いている部屋があったら確認する程度にしよう。さすがに、この暗さで一人でいるとは思えないしな。
歩きながらひとまず校舎をぐるりと見渡し、人の気配を探す。
特に気になるものはない。そのまま校庭の方へと足を向けて、上の階から視線を落として行く。
すると、広がる暗い空間の中、唯一わずかな光が灯っている場所があった。
三階の教室。端から二番目の位置にある三年二組の教室。
僕らのクラス。
「世話焼けんなぁ……ったく」
夜空に向かって言葉をこぼして、生徒玄関へと急いでいく。開いたままの校舎への入り口は、なんだかさっさと入れと言われてるみたいで、普通なら行きたくない筈なのにすでに足は動いていた。
いざなわれるかのように。
廊下の電気を点けて、階段を登っていく内に、懐かしさにも似ている妙な物悲しさがこみ上げてきた。
この中学校であった事。本来あいつが通う筈だったこの場所で、僕は僕なりの学生生活を送って、今日この日を迎えている。
あの日々は楽しかった。振り返れば中学校の日々自体に不満なんてモノなんて無かったのだから。
入部してちょうど一年で行かなくなった陸上部も、二年時に入ったクラシック曲しか流せないあの放送委員も、受験勉強なんて手につかないだろうからって無理に推薦取った三年の夏も、僕は僕なりの理由がその都度あったけど、学校の皆とは楽しくやれていて、先生も先輩も友達にも恵まれていた。
僕が関係作りを頑張ったからじゃないし、特別何かした訳でもない。
皆も大した事なんてしてなくて、慰めも同情も手を差し伸べてくれるような事もしてない。
でも、僕のそばにいてくれる。
ただ一緒にいてくれる。
それがどうしようもなくあたたかくて、充分なくらい。
綺麗ごとを詰め込んだような日々が、僕にとって本当に綺麗で、皆も純粋にそう思ってくれているようで、知らない間にかけがえのない毎日になっていた。
この街の学校での日々と同じように。
――あいつはどうなんだろう。
僕は三階へと登ったすぐそこに立つ。消えそうな光を灯している三年二組の教室。
ドアは開いていたが誰もいない。抜き取られたおうな空っぽの空間だ。
教室に入る。
屋内なのに少し寒い。
そして自然と目に入る、黒板の文字。
『卒業おめでとう! また会おうな! 三年二組』
それ以外にも赤色の大小様々な桜の花びらとクラスの奴らの言葉。
名字を見ただけで顔が分かる奴もいれば、あだ名で呼ばれ過ぎてパッと出てこない奴もいる。
僕はどんな生徒だったのだろうか。
皆にとって、どんな奴だっただろうか。
目に入る、クラスで一番前の僕の机。
未だに荷物が残ってる。卒業証書と卒業アルバム、青い桜の造花。
そして一冊の冊子――。
「卒業文集……ね」
先生から手渡されたのと同じ、僕らの文集。真面目な奴は思い思いの今までと、これからどう生きていくかなんてのが記されていて、そうでもない奴は好き勝手に自作のポエムやら、誰かへのラブレターやら、小説風の自己伝やら、その時に書きたいモノを書かせた、三年二組だけの作品。
僕らの記録。
この学校での伝統。
バカみたいな青春の証を、先生全員に配るところまで含めてが、恒例の。
目に入った端っこに置かれた窓際の席、蛍光灯に照らされた、積み上げられては散らばる何枚もの原稿用紙がある。
何度も文字を書いてはそれを消し、また書いてはそれを消しを繰り返した痕跡があるもの。
真っ黒になるまで文字が書かれてぐちゃぐちゃになって、滲んでしまっているもの。
どれもこれも、なんの原稿かは明らかだった。
「……まだ書いてんのかな、あいつは」
机の中を覗いてみる。
丁寧に入れられた、卒業証書とそれら。おそらくは、誰かがここに入れてそのままになっているのだ。
……ここに来てもなお、あいつは持ち帰れないでいるのだろう。
本当は全部忘れて過去にすがりついていたいのに、昔の楽しかった思い出に浸っていたいのに、ずっとやり残していた宿題のように引っかかるそれから逃げ出せず、結局こうして終わらせられないのだ。
でも、もう終わらせないといけない。
あの人の――紙芝居のおじさんの、自分の父親の、先生に会いに行ったあいつの為に、宿題を終わらせないといけない。
もう迷ってなんて、いられないんだ。
「いやだな」
机の中の一式を、ずっと背負ってたバックに入れる。
「終わったら」
電気も消さないまま、教室を飛び出して。
「お前、行っちまうんだろ」
廊下に響く自分の足音が、気持ち悪くて。
「向こう側に」
階段を下りて玄関まで一気に降りて。
「ここまでさせといて」
夜空の下に飛び出して。
走り抜けて。
「だから覚めて欲しくなかったんだよ」
校門に置いた自転車にまたがって。
ペダルを回して。
「だからあの場所が怖かったんだよ」
風を切って――
「だから忘れたかったんだよ!」
あいつの居る場所へ――
「だけど……逃げんじゃねぇ……!」
本当の帰る場所に。
「忘れるんじゃねえ……」
響き渡った声は、どうしようもなく震えている。




