[10]子ども達の『会合』(1)
『……初代聖女ユーリア・アウリッキは、その後六年の歳月を生き、四十一歳でその生涯を閉じた。
亡くなる際、五代目国王シオドリック二世に、こう告げたという。
「これから先、正しき道を歩む国と王に、万が一、恐ろしいほどの憂いが起こるようなれば、私の魂を継ぐ『聖女』がその都度現れることでしょう。私が神に戴いた『花の雫』を『印』として。ですから、正しき国政を次代にも、その次代にも引き継ぐように心がけなさい。正しき心で国と人を導くならば、必ず助けに参りましょう」
シオドリック二世は、彼女の死後この言葉を墓碑に刻み、聖女であり聖母であったユーリア・アウリッキの福音書として残すようにと、宰相アルフレッド・ハリスン・プレイステッドに申し伝えた。』
★★★
レミリア・エイラ嬢の件を、お母様と話し合ったその翌日。
妃殿下に伝えるためにと、午後からお母様とご一緒に王宮へと足を運んだものの、お母様は一通りのお話をあっさり済ませてしまい、
「この後は妃殿下と内緒のお話があるから」
と私に向かってウインクを投げつけると、笑顔の妃殿下と一緒になって、私を部屋の外へと放り出した。
(私、ここまで一緒に来る必要あったのかしら)
放り出された扉を見つめながら、そっとため息をつく。
王宮への参内を告げた際に、「ご用が済めばお越しください」と第一王女マリアンナ・ローズ姫から、お茶のお誘いをいただいていたので、暇を持て余すことが無いのが幸いか。
「ご案内致します」
マリアンナ姫の私室までを案内してくださる予定の、王宮仕えの侍女の声に振り向くと、彼女の後ろを追って足を進めた。
王宮の廊下を渡り、問題なく目的地へと辿り着けば、侍女がマリアンナ姫の私室前に立つ警備兵へ声を掛けてくれた。
警備兵が部屋の中へと私の来訪を伝え、室内から招き入れる声がするまで、廊下で暫し待つ。
「どうぞお入りください」
少しすれば、愛らしい少女の声が室内から聞こえてきた。
「マリィ姫、お招きありがとうざいます」
と一礼をしながら部屋へと足を踏み入れると、
「いらっしゃいませ、ミリィお姉様!」
三月で十二歳になられたマリアンナ姫が、笑顔で駆け寄って私の手を握りしめてくれた。
「マリアンナ姫、はしたないですよ」と、側仕えの侍女ホリーに嗜められるも「少しくらい良いではないの」と悪びれない。
今日のマリアンナ姫は、ローズピンクのドレスに、同色のリボンを淡い金色の髪に飾っていた。二重でぱっちりとしたブルーグレイの瞳は、妃殿下譲りだ。
「今日のドレスもよくお似合いですね」
「うふふ、ありがとうお姉様」
駆け寄ってくれたマリアンナ姫の背後、お茶とお菓子を広げた丸テーブルに目をやると、見慣れたとは言え、今日この場にいるとは思っていなかった三人の顔が並んでいた。
「あらまあ、皆様お揃いだなんて、予想していなくて驚きましたわ」
優雅にティーカップとソーサーを持ち上げた体勢で、にっこりと微笑んで「二日ぶりだね」と挨拶をしてきたのは、十五歳のアンドリュー・クレイ殿下。この国の皇太子であり、父親譲りのオリーブカラーの髪と榛色の瞳を持った、王家三兄弟の長子でもある。
アンドリュー殿下がカップとソーサーを持ち上げているのは、恐らく真横で繰り広げれている、弟たちのお菓子争奪戦に巻き込まれないよう逃げているのだろう。当のご本人も椅子ごとテーブルから少々離れて座っていた。
その隣でお菓子の取り合いを興じているのは、もうすぐ、私と同じ歳である、十四歳になる第二王子のベイジル・フィル殿下。髪の色は、妃殿下やマリアンナ姫と同じ淡い金色だけれど、瞳の色は、陛下やアンドリュー殿下と同じ、榛色をしている。
そしてさらにその隣で、ベイジル殿下にお菓子を取り上げられて半分泣きそうになっている方は、王弟殿下グレアム公の嫡男、オーガスト・アンリ様。栗色の髪色に明るいブラウンの瞳は、大公夫人マティルダ様譲りだ。マリアンナ姫と同じ年に生まれているけれど、九月生まれなこともあり、この部屋に集う子ども達の中では、一番年若く背も低い。
オーガスト様は、私が室内に入ったのを認めると、
「ベイジルが酷いんだ!」
と駆け寄ってくる。
「僕の食べようとしたお菓子を、わざわざ横からとっていくんだよ」
そう言って私の傍らに立つと、テーブルに座ったまま知らぬふりをしながらお菓子を食べ続けるベイジル殿下を、睨みつける。
「あらあら、大変でしたね。マリィ姫、宜しければ私の分のお菓子をオーガスト様に差し上げてください」
マリアンナ姫を左に、オーガスト様を右に連れ立ち、テーブルへと向かう。
「お姉様は甘いわねぇ。放っておけば宜しいのに」
私を間にはさみながら、マリィ姫はオーガスト様をちらっと見ながら、ふふんっと笑った。
「マリィも酷い!」
今度は私を間にして、喧嘩が始まりそうになる。
「そろそろ落ち着きなさい」
それまで、傍観していたのだろうアンドリュー殿下の一言で、皆一区切りとばかりに椅子に座り直す。
私のためにと新しくお茶とお菓子が運ばれてきたので、お茶だけを受け取り、お菓子はそのままオーガスト様の前に置いて貰う。
「ありがとう」
と、オーガスト様は天使のような微笑みを浮かべた。
「ほんっと甘えん坊だよな、オーガストは」
ニヤニヤ笑いながらベイジル殿下が新しいお菓子の皿に手を伸ばそうとしたので、私は笑顔を向けながら無言で、その手をはたき落とした。
「ベイジル、そろそろいい加減にしておきなさい」
同時に、アンドリュー殿下からも嗜められる。
「えー」と言いながら膨れっ面を作ったものの、ベイジル殿下は大人しく自分のお茶とお菓子を消費することにしたようだ。
その様子を眺めつつ、アンドリュー殿下に話しかける。
「一昨日にもお揃いでしたのに、今日も皆様ご一緒とは、宜しいのですか?」
王家所縁の子ども達は、他貴族の子ども達以上に決められた一日を過ごしている。
座学も実技も公務のひとつであり、簡単にはスケジュールを変更したり、お休みしたりするわけにもいかない。
歳や性別が違えば学ぶことも違い、血の繋がった兄弟と言っても、ほとんどの時間を一緒に過ごすことは無いだろう。
特にアンドリュー殿下は、今年成人ということもあり、大人と同じ公務が少しずつ増えていると聞く。
「実は母上から昨日号令がかかってね」
やっと落ち着いたテーブルの上にティーカップとソーサーを優雅におきながら、アンドリュー殿下が答えてくださった。
やはり逃げていたらしい。
「号令?」
「今日ミリィが来るから、マリィの部屋で会合を、と」
「……なるほど。だから先程、私は追い出されたのですね」
すでに、昨日からこの予定が組まれていたのだと納得した。
「『会合』ですか…………もしかしなくても一昨日のお話でしょうか」
「それとレミリア・エイラ嬢のことだね」
アンドリュー殿下は頷いた。
「一昨日は、ミリィがすんげぇ表情無くなってて、面白かったな!」
と、横からすかさず、ベイジル殿下。
その直後にアンドリュー殿下が、おでこをペシンと叩く。
「痛っ」
「お前はいつも一言多い」
昔からだけれど、ベイジル殿下は懲りると言うことを知らない。
ギ、ギリギリ、予告通りの“来週投稿”となりました。
ね、猫が邪魔を……げふん、なんでもないです。
お待ちいただいていた方がいらっしゃいましたら、おまたせいたしました。
今回もお読み頂きましてありがとうございます。
更新情報から初めてお読みくださった方も、ありがとうございます。
この機会にブックマークしていただけるととても嬉しいです。
今回、過去から遡ってサブタイトルを少々修正してみました。
サブタイトル頭にページ数を打っています。
その上で、
[ページ数]→フォルトハート王国
【ページ数】→現代日本
と分けてみました。
また、サブタイトルも判断がつくように、なんとなくの法則をつけて、弄っています(気が付かない程度かも)。
もうちょっとはっきり判るようにしようかと思ったのですが、諸事情がございまして、サブタイトルをしっかり見る人だけがなんとなく気がつく……程度に留めています。
今後、もっとしっくりする形が見つかれば、修正するかもしれません。
(できればあんまり話数が進まないうちに思いついて、私)
あと2話程、トントンと更新する予定なのですが、その後少々、更新が遅れそうです。
実は、そこそこ先を書き進めていたのですが(簡単に言うと倍くらい)、話が進むにつれて、少々構成を変更した方が良さそうなところが出てきてしまい、読み直しをしては書き直しをしています。
今のところ、公開している部分への修正は無い予定ですが、(言い回しとか細かい付け足しはあるかもしれません、ないかもしれません)、万が一筋が変わるようなことがあれば、必ずお知らせ致します(無いと思いたい)。
そして、今後、私からのお知らせがある場合、話数追加時にお知らせ出来る分は、後書きでお知らせします。
もしも更新できない期間が思っていたよりも長引いたり、修正箇所が多岐にわたるようであれば、「活動報告」の方へとお知らせしたいと思っています。
この「活動報告」は、小説の「ブックマーク」だけでは通知もこないですし、「マイページ」で確認できません。
作家を「お気に入り」に入れる必要がございますので、もしも更新が気になるようであれば、私を「お気に入り」登録しておいていただけますと、ありがたいです。
お手数をおかけします。
次回をお待ちいただけますと幸いです。
皆様、お体にお気をつけてお過ごしください。