二人きりの食事
第二話では、神崎玲奈と矢澤賢一が初めて二人きりで食事をします
最初は父親から紹介された「結婚相手候補」というだけだった賢一
玲奈も二十歳という年齢差を気にしており、まだ恋愛対象として見ているわけではありません
それでも、賢一と話しているうちに、玲奈は少しずつ緊張が解けていきます
会社では完璧な社長として振る舞っている玲奈ですが、賢一の前では二十五歳の普通の女性として笑ったり、戸惑ったりする姿を見せ始めます
一方の賢一も、玲奈を単なる結婚相手としてではなく、一人の女性として意識し始めます
まだ二人の間に恋はありません
しかし、確実に何かが動き始めています
これから二人の関係がどのように変化していくのか
年齢差を越えた恋が、ここから少しずつ始まっていきます
第二話 二人きりの食事
店の前に車を止めた玲奈は、エンジンを切ったまましばらく動かなかった
フロントガラスの向こうには、落ち着いた雰囲気のレストランが見えている
父親から紹介された男性と食事をする
それだけなら、仕事の打ち合わせと同じようなものだ
そう思っていた
けれど――
「……なんでこんなに緊張してるのよ」
玲奈は小さく呟いた
相手は四十五歳
二十歳も年上
しかも父親が選んだ結婚相手候補
普通なら、もっと警戒していてもおかしくない
なのに
先ほど車の故障を直してもらった時の賢一の顔が、何度も頭に浮かんでしまう
「別に……気になってるわけじゃないし」
玲奈は自分に言い聞かせるように呟いた
そして車を降りた
店の入口には、すでに賢一が立っていた
「神崎さん」
「待たせました?」
「いえ、今来たところです」
「……そうですか」
賢一は玲奈を見ると、少しだけ目を細めた
玲奈は会社にいる時とは違い、仕事用のスーツではなく、落ち着いたワンピースを着ていた
それでも華やかさは隠せない
むしろ普段よりも若い女性らしさが感じられた
「何か?」
「いえ」
賢一はすぐに視線を逸らした
「綺麗だなと思っただけです」
「……え?」
玲奈の足が止まる
「今……なんて?」
「綺麗だなと」
「……」
玲奈は頬が熱くなるのを感じた
「そういうこと、普通に言うんですか?」
「思ったことを言っただけですが」
「……ずるい」
「え?」
「何でもありません」
玲奈は先に店へ入っていった
賢一はその後ろ姿を見ながら、少し困ったように笑った
二人は案内された席に向かい、向かい合って座った
「何を食べますか?」
「玲奈さんの好きなものでいいですよ」
「私?」
「今日は玲奈さんとの食事ですから」
「……」
まただ
この人は、さりげなく人を意識させることを言う
玲奈はメニューを開いた
「じゃあ……これにします」
「分かりました」
注文を終えると、しばらく沈黙が続いた
玲奈は何を話せばいいのか分からなかった
普段なら、会議で何十人もの人間を相手にしても平気なのに
今日はたった一人の男性を前にして言葉が出てこない
「神崎さん」
「はい?」
「緊張していますか?」
「……してません」
即答だった
「そうですか」
「してませんから」
「なら、よかったです」
「……」
賢一は笑っている
玲奈は少しむっとした
「矢澤さんこそ、緊張してないんですか?」
「していますよ」
「え?」
「かなりしています」
「全然そう見えません」
「平静を装っているだけです」
「……」
玲奈は思わず笑った
「ふふっ」
「何かおかしいですか?」
「いえ……」
玲奈は口元を隠した
「矢澤さんって、もっと怖い人なのかと思ってました」
「怖い?」
「父から話を聞いた時は、もっと堅い人だと思っていたので」
「よく言われます」
「でも……」
玲奈は少し考えた
「普通ですね」
「それは褒め言葉ですか?」
「たぶん」
二人は顔を見合わせる
そして同時に笑った
少しだけ空気が柔らかくなった
料理が運ばれてくる
玲奈はゆっくりと食事を始めた
「美味しいですね」
「そうですね」
「矢澤さんは、普段どんなものを食べてるんですか?」
「自炊が多いですよ」
「自炊?」
「一人暮らしなので」
「料理するんですか?」
「簡単なものだけです」
「意外」
「よく言われます」
玲奈は少し興味を持った
「何が作れるんですか?」
「カレー、肉じゃが、炒め物……あとは味噌汁とか」
「……」
玲奈は目を丸くした
「結構できますね」
「そうですか?」
「私なんて、ほとんど料理しません」
「社長ですから、忙しいでしょう」
「そうなんです」
玲奈は少し胸を張った
「朝から夜まで仕事です」
「大変ですね」
「でも、嫌いじゃないです」
「仕事が好きなんですね」
「はい」
玲奈は迷いなく答えた
「父から会社を引き継いだ時、絶対に失敗したくなかったんです」
「……」
「周りからは、二十五歳の女に何ができるって思われていましたから」
賢一は黙って玲奈の話を聞いていた
「だから、誰よりも働きました」
「その結果が、今の会社なんですね」
「はい」
玲奈は少し誇らしげに笑った
「社員には、私についてきてよかったと思ってもらいたいんです」
「素晴らしいと思います」
「……ありがとうございます」
その言葉は、不思議と胸に響いた
父親や社員から褒められることはある
けれど、賢一の言葉は違った
会社の規模でも
玲奈の家柄でも
社長という肩書でもない
一人の女性として、自分の努力を認めてくれているように感じた
「矢澤さんは?」
「僕ですか?」
「どうして会社を経営してるんですか?」
賢一は少し考えた
「昔、勤めていた会社を辞めたんです」
「何かあったんですか?」
「色々ありました」
賢一は苦笑した
「仕事自体は嫌いじゃなかったんですが、人間関係とか、会社のやり方とか……」
「それで独立した?」
「はい」
「怖くなかったんですか?」
「怖かったですよ」
「じゃあ、どうして?」
賢一は玲奈を見た
「自分で決めたかったんです」
その言葉に、玲奈は黙った
「誰かに決められた人生じゃなくて、自分で選んだ人生を歩きたかった」
「……」
玲奈はその言葉を聞いて、なぜか胸が苦しくなった
自分も会社を継ぐことを父親に決められた
もちろん嫌ではなかった
むしろ会社を守りたいと思っている
しかし――
自分自身の人生について考えたことは、あまりなかった
「神崎さん」
「はい?」
「無理に結婚する必要はないと思います」
「……」
突然の言葉だった
「僕も今日、あなたと会うことになりましたが、結婚ありきで考えているわけではありません」
「どうしてですか?」
「玲奈さんが幸せになれる相手を選ぶべきだと思うからです」
玲奈は賢一の目を見た
冗談を言っているようには見えない
本気だった
「……矢澤さん」
「はい」
「私のこと……どう思ってます?」
賢一は少し驚いた
「どう思っているか、ですか?」
「はい」
玲奈は自分でも大胆な質問をしたと思った
けれど、聞いてみたかった
賢一は少し考えてから答えた
「頑張り屋さんだと思います」
「それだけ?」
「それから……」
賢一は少し笑った
「思っていたより、ずっと可愛い人だと思いました」
「……っ」
玲奈の顔が一気に赤くなった
「か、可愛いって……」
「すみません」
「謝らなくていいですけど……」
玲奈は俯いた
胸が妙に騒がしい
仕事の話をしている時は、こんなことはなかった
なのに
たった一言で、こんなにも動揺している
「……私」
玲奈は小さく呟いた
「変ですよね」
「何がですか?」
「矢澤さんと話していると……」
玲奈は顔を上げる
「なんだか、普通の女の子になったみたいな気がします」
賢一は黙った
そして穏やかに笑った
「それなら、よかったです」
その瞬間
玲奈の胸の奥で、何かが小さく動いた
まだ恋ではない
少なくとも玲奈は、そう思っている
ただ――
この人と、もう少し話してみたい
そう思った
食事を終え、店を出る
外はすっかり暗くなっていた
「今日はありがとうございました」
玲奈が言う
「こちらこそ」
「……また会ってもいいですか?」
賢一が少し驚いた顔をする
「もちろんです」
「じゃあ……」
玲奈は少しだけ笑った
「また連絡します」
「分かりました」
二人はそれぞれの車へ向かった
玲奈は車に乗り込むと、すぐにはエンジンをかけなかった
ハンドルに手を置いたまま、今日一日のことを思い返す
車の故障
偶然の出会い
食事
そして――
「……可愛い、か」
玲奈は頬を押さえた
「何考えてるのよ、私……」
一方
賢一も車を走らせながら、玲奈のことを考えていた
若くて
強くて
仕事に一生懸命で
そして、思っていた以上に素直な女性
「……困ったな」
賢一は小さく笑った
まだ二人の関係は始まったばかり
結婚するかどうかすら決まっていない
それなのに――
二人の心には、確かに小さな変化が生まれていた
その夜
玲奈はベッドに入っても、なかなか眠れなかった
スマートフォンを見る
賢一との連絡先
画面には、まだ何も届いていない
「……」
玲奈はスマートフォンを伏せた
数秒後
また手に取る
そして確認する
当然、何もない
「……私、何やってるのよ」
玲奈は枕に顔を埋めた
その頃
賢一のスマートフォンにも、まだ玲奈からの連絡はなかった
しかし賢一もまた
今日出会った一人の女性のことを、忘れられずにいた
二十歳という年齢差
社長と会社経営者という立場
二人の間には、まだいくつもの壁がある
それでも――
二人は確実に、一歩目を踏み出していた
登場人物
神崎玲奈
25歳/株式会社アステリア 社長
長い黒髪と整った容姿を持つ美人女性社長
二十五歳という若さながら会社を背負い、経営者として高い能力を発揮している
責任感が強く、仕事には妥協しない完璧主義者
一方で恋愛には不器用
これまで仕事を優先してきたため、男性との恋愛にはあまり慣れていない
父親から結婚相手として矢澤賢一を紹介され、最初は二十歳も年上であることから「おじさん」と思っていた
しかし実際に賢一と出会うと、穏やかで自然体な彼に少しずつ惹かれていく
矢澤賢一
45歳/会社経営者
玲奈より二十歳年上の男性
以前は大手企業に勤めていたが、退職後に独立して小さな会社を経営している
派手さはなく、落ち着いた雰囲気を持つ普通の男性
困っている人を放っておけない性格で、自然に人を助ける優しさを持っている
玲奈とは父親から結婚相手として紹介される予定だったが、偶然にも玲奈の車が故障したことで、紹介される前に出会うことになる
玲奈のことを若い社長としてではなく、一人の女性として見るようになっていく
ただし、玲奈にはまだ話していない過去がある
神崎玲奈の父
株式会社アステリア 前社長
玲奈の父親
娘に会社を引き継がせた後も、玲奈のことを気にかけている
仕事では厳しい人物だが、娘には幸せな結婚をしてほしいと思っている
玲奈の結婚を心配し、矢澤賢一を結婚相手として紹介する
株式会社アステリアの社員たち
玲奈が社長を務める会社の社員
若い玲奈に対して最初は不安を感じていた者もいたが、玲奈の努力と経営能力を目の当たりにし、現在では社長として認めている
玲奈の恋愛事情については、まだほとんど知らない
今後、玲奈と賢一の関係に気づく人物が現れる可能性もある
現時点での二人の関係
神崎玲奈 → 矢澤賢一
「父親に紹介された二十歳年上のおじさん」
だったはずが、少しずつ一人の男性として気になり始めている
矢澤賢一 → 神崎玲奈
「結婚相手として紹介された若い社長」
だったが、真面目に仕事へ向き合う姿や、時折見せる素直な表情に惹かれ始めている
二人とも、まだ自分の気持ちを「恋」とは認めていない
しかし、二人の距離は確実に近づき始めている。
第二話では、玲奈と賢一が初めてゆっくりと会話をしました
玲奈は仕事の話をする時には、自信に満ちた社長として振る舞います
しかし賢一の前では、少しずつ素の自分を見せるようになってきました
そして賢一も、玲奈のことを「若い社長」ではなく、一人の女性として見るようになっています
特に玲奈が賢一から「可愛い人」と言われて動揺する場面は、これからの二人の関係を象徴する出来事になっています
玲奈自身は、まだ自分の気持ちを恋だとは認めていません
それでも、賢一から連絡が来ていないかスマートフォンを何度も確認してしまう
その小さな変化こそ、玲奈の中で芽生え始めた感情なのかもしれません
一方で、賢一にも玲奈にはまだ話していない過去があります
二人の関係が深まっていくにつれて、その過去も少しずつ明らかになっていきます
次回は、二人が食事を終えた後から始まる新しい出来事を描いていきます
結婚相手として出会った二人が、いつしか本当の恋愛関係へと変わっていくのか
二十歳という年齢差が、二人の前にどのような壁として立ちはだかるのか
ここから二人の物語は、さらに動き始めます




