第19話 もう少しだけ
(今……なんて仰ったの……?)
胸の前で花束を握り締めたまま、ルルーシャは時間が止まったかのようにフィオグラウスに視線が釘付けになり、動くことができなかった。
「あなたのことが大好きです。──出会った時から、ずっと」
熱の籠った輝く紫の瞳で真っ直ぐに見つめられ、声が出ない。
(フィオグラウス様が……私を好き?)
言葉が徐々に染み込むように、胸の辺りからじわじわと全身に熱が広がっていく。
(……うれしい)
心臓を締め付けるような痺れに戸惑いながら、それでも、それがルルーシャの素直な気持ちだった。
──私も、好きです。
すぐにそう言おうとした。
だが心に広がる甘い喜びは、一瞬で鈍い痛みに変わり、言葉は喉で消えた。
「あなたが私の笑顔を望んでくれたように、私も、あなたの笑顔が見たい」
そう言って確かに微笑んでいるフィオグラウスの瞳が、今まで見てきた彼の表情の中で、一番苦しそうに感じたのだ。
(言えない)
花束を持つ手に、無意識に力が入った。
(半獣化のお姿に触れることすらできていないのに……今「好き」だなんて言うのは、誠実ではないわ)
──ちゃんと、フィオを見ろ。
エドガーに言われた言葉が心に浮かぶ。
(本当にお兄様の言う通りよ。フィオグラウス様に、笑ってほしい。お気持ちに真っ直ぐに応えたい。優しいこの方に……心から喜んでほしい。それなら、私ができることは──)
ルルーシャは精一杯今の気持ちを伝えるため、恥ずかしさをグッと飲み込み、真っ赤な顔で大きく一歩進み出ると、花束を抱きしめたまま、そっとフィオグラウスに身を預けるように近付いた。
それは彼が彼女に大きく歩み寄ったのと、同じ瞬間。
一気に距離が縮まった勢いに任せ、ぽすり、とルルーシャが額を彼の胸に寄せる。
二人の身体の間にふわりとポピーの花が優しく香り、勇気付けられているようで、胸がじんとあたたかくなった。
「る、ルルーシャ……?」
顔を見なくても、フィオグラウスが明らかに動揺しているのがわかる。
彼女自身、普段よりかなり大胆に距離を詰めたことで心臓はどくどくと煩いし、恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
それでも、ルルーシャは逃げなかった。
「ま……待っていて下さい!」
震える声を、張り上げた。
「もう少しだけ、待っていて下さい。私……頑張ります。フィオグラウス様に、ちゃんと笑って頂けるように頑張ります。あなたに……もっと近付きたいんです。どんなあなたでも、もっとちゃんと。だから」
頑張りたい。
近付きたい。
喜んでほしい。
ちゃんと、あなたのことを見たい。
だが「伝えなければ」と思う程、言葉は辿々しくなり上手く言えない。
「だから、お願いです。もう少しだけ──」
必死で言葉を絞り出していたルルーシャを、フィオグラウスが優しく抱きしめた。
「待ちます」
耳元で穏やかな低い声が囁き、泣きたくなる程、カッと顔に熱が集まる。
「あなたのためなら、いくらでも待ちます。だから……もっと私でいっぱいになって」
フィオグラウスの声が甘い。
嬉しさを噛み締めているようなその声音で、自分の気持ちが伝わったことがわかり、ルルーシャはほっとしてふにゃりと笑った。
「これ以上に、ですか?」
彼の胸に溢した小さな呟きさえ、フィオグラウスは宝物のように拾い上げる。
「はい。これ以上に」
「……いっぱい、ですか?」
「いっぱいです」
「待って、下さるんですか?」
「はい、待ちます」
フィオグラウスは、すでにはっきり「待つ」と言ってくれている。
彼の明るい声音で、気持ちが伝わっていることもわかっている。
それでも、抱きしめてくれる温もりと離れたくなくて、ルルーシャは会話を引き延ばすように、同じことを何度も尋ねた。
その全部に、彼が優しく言葉を返してくれるのが嬉しくてたまらない。
(近付きたい。もっと……フィオグラウス様と)
強くそう思って僅かに俯いたルルーシャの鼻を、ポピーがふわりとくすぐった。




