第四話 ざわめきの中で
「こりゃめでたい! 新しい桜守の誕生だ!」
その声が頭の奥で跳ねる。
桜守――統治者のことをこの国ではそう呼ぶ。
意味は分かっている。でも、体がついていかない。
どうしよう。どうすればいい。
イチカ姉は、ニナ姉は、母は――。
目の前のざわめきも、遠くの太鼓の音も、全部が遠くに霞む。
私はただ、立ち尽くしていた。
「ミコ!」
父だ。普段は無口な父が、血相を変えて駆け寄る。
その姿に、胸の奥の小さな安心が少しだけ広がった。
「まさかお前が選ばれるとは……来なさい。イチカとニナを裏口に待たせてある。今日は姉さんたちと一緒に、とりあえず家に帰るんだ。いいね」
父の言葉の重さに、体の緊張が少し和らぐ。
けれど、心臓はまだ早鐘を打っていた。
『選ばれた』――現実なのに、まだ信じられない。
父に抱き上げられ、人混みを抜ける道を駆ける。
視界の隅に、イチカ姉とニナ姉が見えた。
抱き上げられたまま降ろされると、父の姿はもう見えない。
振り返っても、背中は遠くに溶けていた。
母のところに戻ったのだろう。お役目だから。
こんな時でさえ、お役目というものは大事なのか。
娘が次の統治者に選ばれたというのに、家族の役目は変わらない。
胸に込み上げるものは、悲しみなのか、怒りなのか、不安なのか。
まだ自分でも整理がつかない。
姉たちが心配そうに駆け寄ってくる。
その顔をぼんやりと見つめながら、私は少しずつ歩き出す。
体は動く。でも、心はまだ半分遠くにいる気がした。
「……どうすればいい」
小さな声は、遠くのざわめきに消えていく。
答えはない。
ただ、前に進むしかない――それだけは確かだった。




