後編
前半はマジリナ視点、後半はラドン王子視点に戻ります。
――ああ、また失敗をした。
どうしてあの時逃げてしまったんだろう。もう二度と、彼が私をあんな目で見つめてくれることはないに違いないのに。
私は仮装祭の夜、魔女に扮して出席していた。
――今年はラドン殿下が仮装祭に出るそうですよ。そう教えてくれたのは、王城の使用人たちと繋がりのあるとあるメイドだった。
私は慌てて支度をし、それまで壁の花となるつもりでいた仮装祭へ向けて思い切り準備をすることにした。正体がバレないように魔女の仮装をして、ラドン様に近づき、お心を射止めるために。
私はラドン様が好きだ。大好きだ。金髪碧眼でとてもかっこいいし、顔はいいのに性格が少し残念というギャップも最高。
婚約する前から大好きだったが、婚約してからはますます好きになって、どうしようもなくなった。なのに好きすぎて一言も話せず、黙り込んでしまう自分が悔しい。
そのせいでラドン様からダメな女だと見られてしまっていることも知っていた。それでも勇気を出して想いを伝えられない私は、この仮装祭を機に、妖しい魔女という形で彼に近づき、それから正体を晒して告白する気でいた。
ずっとそのつもり、だったのに。
吸血鬼の格好をしたラドン様はカッコ良さすぎた。一眼で私の心を奪い、離さなかった。
そして踊って踊って踊りまくって、すっかり浮かれついてしまっていた時のこと。
曲が全部終わると、突然、口づけされそうになって……気がついたら猛ダッシュで逃げ出していた。
だって、ラドン様のお顔がすぐそこにあったのだ。それだけで私の頭は真っ白になり、言うはずだった私の正体のことも、伝えると決めていた愛の言葉も全部吹っ飛んでしまった。
そして会場を飛び出し、我に返ってから、私は自分の情けなさに泣いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして翌日ラドン様に呼び出された。内容は、魔女の正体についてだった。
ラドン様の視線が鋭くて怖い。しかもそんな鋭い目ですら素敵すぎて直視できない。
最初は誤魔化そうとしたが、私なんかがラドン様を騙せるはずがなかった。問い詰められた私は、震える声で必死に本当のことを話そうとした。だが、
『下手くそな嘘はやめろ。あの魔女様とお前が同じであるわけがない!』
その一言に全てを否定されてしまった。
――もうダメかも知れない。
いくら私が言ったって、彼はもう私をあの魔女と同じだとは思ってくれないだろう。
そして私との婚約は破棄。笑ってしまう。長年のこの想いが彼に届くこともなく散ってしまうだなんて。
でも私にはどうすることもできなかった。
――せめて最後くらい、もう一度魔女になって彼と会いに行こう。
私はそう思い、仮装祭の時の装いに着替えた。
鏡で自分の姿を見る。黒い帽子に黒いローブ、赤く艶やかな唇。そこにいたのは妖しくも美しい魔女で、まるで私ではないみたいだった。
この格好で王城へ行っては怪しまれるだろう。わかってはいたけれど、それでもどうしても今すぐにラドン様に会いたかった。
父母はもちろん、メイドたちからも隠れてこっそりと屋敷を抜け出す。そして一歩、屋敷の門から外へ出た瞬間……。
「魔女様、ずっとお探ししておりましたよ」
金色の牙を光らせて笑う吸血鬼に、そっと抱き止められていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どう、して」
俺の腕の中で、黒衣の魔女が掠れた声を漏らす。
それはあの夜に少しだけ聞いた彼女の声と同じであり、そして同時に、俺の大嫌いな婚約者のものでもあった。
どうして気づかなかったんだろう、俺は。彼女の声をよく聞いていればすぐにわかることだったのに。
「今度こそあなたの真紅の血をいただきに参りました」
俺は吸血鬼の牙を見せ、笑う。
その瞬間に魔女の唇が震えた。その様にすら心惹かれてしまう俺はきっと、とっくにどうかしている。
「魔女様、できればあなたのお名前を教えていただいても?」
初恋の瞬間を思い出しながら、そう問いかける俺。
しばらくの沈黙の後――あの夜のように不敵な笑みをふっと浮かべた彼女は、静かに言った。
「マジリナ・ウィージョ。吸血鬼様、あなたに恋してやまない愚かな魔女でございます」
その笑みがあまりにも美しすぎて、思わず帽子を脱がせてしまった俺をどうか責めないでほしい。
すっかり顔を晒した魔女――マジリナは、顔を真っ赤にしていたけれど、俺をまっすぐに見つめていた。
そんな彼女を見つめ返した俺は、迷わずに彼女の血のように赤い唇を食べたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
仮装祭でもないのに奇抜な格好をして、しかも屋敷の前で堂々とキスし合っていた俺たちの姿は相当目立ったのだろう。
気づいたらあっという間に貴族中の噂になっただけでなく、俺が公爵令息の浮気を疑ったりしてしまったため、色々と問題になったりしたのだがそんなことは構わない。
とにかく大事なのは、あの仮装パーティーの夜があったおかげで、婚約破棄などに至らずむしろ愛し合うようになったことだ。
ちなみにこれは余談だが、あれから毎年、仮装祭の夜には熱烈なステップを踏む吸血鬼と魔女が出没し、周りから羨ましがられているらしい――。
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