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注意! 主人公のアル君は善人ではありません。
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「アル! あたしあなたの犯罪奴隷になったわ! これで今から、あなたはあたしたちのパーティの一員ね!」
アニスが嬉しそうにそんな事を言い出す。
40分でいきなりの犯罪奴隷落ちの急展開にパンクした心が、なんだかよくわからないカラ元気状態を生み出しているようだね。
「あーゴメン、アニス。実は嘘ついた。パーティに戻る前にもう一つやらなきゃいけないことがあるんだ。」
「えっ?」
「正確には、戻る前に最初の命令を、犯罪奴隷になったアニスに下さなければならないんだ。」
「えっ?」
「アニス。」僕はアニスの肩をポンッと叩く。ここからが惨劇ショーの始まりなんだ。
「君のお腹の中に宿ったロイド様との子供。……堕ろそうか。」
「……えっ?」
「いやなに。君は今、ロイド様との間にお子を授かっているだろう? でもそれ、救世の旅に一番邪魔だろう? このままだと君にも子供にも悪い事しかないから、堕ろそうか。」
「……えっ?」
「君を犯罪奴隷にしたのはね、犯罪奴隷にすれば簡単に堕ろせるようになるからなんだ。ほら、犯罪奴隷でも男と女があわさると、なんだか勝手にごにょごにょ始めて出来ちゃうことも多いだろう? まあ、二束三文の犯罪奴隷は、そもそも避妊手術をするのも面倒だからね。
それで、出来てもそのまま腹の中で殺す事が出来る魔術紋が最初から組み込まれているんだ。
女の犯罪奴隷は、まあ1、2か月にいっぺんくらいの割合で紋を発動させて、そんなふうに腹の中のものを殺してしまうんだ。
まあ本当にひどい話だよね。
でも、痛みも少なく簡単に堕胎できるっていうから、今回みたいなケースにはぴったりなんだ。
『鑑定』でみたところまだ着床10週もいっていないから、今ならまだギリギリ間に合うよ。
だから今すぐ堕ろそ?」
「……えっ?」
「だいたいなんで、4人の中で君一人が僕の勧誘に積極的だったか、僕には『鑑定』でバレバレだったんだよね。
君はお腹の中の赤ちゃんの未来が心配になって、真剣に魔王を倒さなきゃいけないって決意したんだ。
その為にはひどい目に合わせて追い出した僕ことアル・カーターに土下座することも厭わなかったし、大好きなロイド様と別れろと言っても首を縦に振ったし、奴隷にだって喜んでなってみせた。
全く素晴らしい母性愛だけれど、そもそも君は大変な思い違いをしているんだ。
このまま君のお腹が大きくなっていったら、君は救世の旅を続けられると思うのかい? 君は赤ちゃんを産み育てるために戦線離脱をしなきゃならなくなる。
つまりは途中で抜けることになるんだ。
でも魔王を倒すには5人の力が必要なんだ。
つまり、君が一人抜けることは許されないんだ。
まさかこれから1年以内に魔王が倒せるとは思っていないよね?
闇のザカーみたいな四天王最弱相手に苦戦している君たちが、そんなにてきぱきと簡単に倒せるわけないよね?
もしかしたら君が、僕が加わったら全てがうまくいってあっという間に片が付くと思っているなら、とんでもない思い違いだよ。
僕は頭脳労働は出来るけど、ひ弱な何の補正もないただの人族だからね。
僕がどんなに頑張って勝てる作戦を立てても、作戦をもとに戦闘をするのは君たちだからね。
君たちが強くならなきゃ、いつまでたっても物事が片付かないからね?
そんなパーティが、妊娠10週という身重の君を加えたまま、激しい戦闘行為を繰りかえしたらどうなるか、想像つくよね?
君のお腹の赤ちゃん、どうなるかくらいは想像つくよね?
だから酷いことにならないうちに、先に堕ろそ?」
「……えっ?」
「もしかしたら君は、僕が加入したことによってパーティに余裕が生まれて、自分はしばらくの間抜けてもいいなんて思っているかもしれないね?
でもそれ、クズの思考だからね?
面倒ごとの代わりを僕に押し付けて、自分一人だけ安全地帯に逃げてのうのうと出産・子育てにいそしむ。
代わりに犠牲となる僕に、君は一体何をしてくれるの?
いくら君が僕の犯罪奴隷になったからって、君が一人で逃げ出したら、結局のところ僕には何のメリットもないからね?
だいたい君、知っているの? 君たちがちんたらと闇のザカーを相手している間、半年間で2つの町と12の村が魔物達の腹の中に飲み込まれたんだよ?
それで死んだ妊婦さんの数は53人もいたんだよ?
君がのうのうとロイド様とあまあまセックスして子作りに励んでいる間、引き裂かれて死んでいった恋人たちが312人もいたんだよ?
なに一人だけ幸せ思考でバラ色の未来想像してるの?
なに幼馴染の僕に全部押し付けて、自分一人だけパーティから抜け出そうとしているの?
なにそんなに偉そうに上から目線で、僕が何とかするんでしょって顔をしているの?
君がまずはなんとかしなよ?
だから、堕ろそ?」
「……えっ?」
「ほら? 堕ろそ?」
「……えっ?」
アニスはぐしゃぐしゃの顔になっていたよ。ぐしゃぐしゃの顔になって、ぼろぼろと涙をたくさん流していたよ。
泣きながら、「えっ?」「えっ」って、オウム返しにそんな事ばかりを繰り返していたよ。
「自分で決められないの? 堕ろすか、堕ろさないか。どうするの?」
でもやっぱりアニスは「えっ?」「えっ?」と繰り返すばかりで、壊れたゴブリンのおもちゃみたいだった。
「自分で決められないんだね。じゃあ僕はパーティには戻らない。このまま一人でどこかへ消えるから、もう二度と追いかけてこないでね。
そのみすぼらしい奴隷紋は僕からの勉強代という事で大事にしたらいいよ。まあ、聖女様にお願いすればきれいに消してくれるとは思うけど。
そんなわけだから、後は4人で頑張ってね。」
「待って!」アニスはぐしょぐしょの顔のまま倒れこむようにして、僕の足にしがみついてきた。
アニスは腐っても剣聖だから力が強くて貧弱な僕では抜け出せないんだ。
腐っても剣聖ってあれかな? 違法犯罪奴隷剣聖妊婦アニスって感じかな?
「お願いよ、アル! あなたはむかしっからとっても頭がよかったから、絶対何とかしてくれるってあたし、信じてるの! お願いアル! どんなことでもするから、エッチなこともいっぱいしていいから、なんでも言うこと聞くから、お願いよ、アルっ! あたしを助けてっ!」
なんかばっちくて汚い妖怪アニスがへばりついてきてなんか言ってる。どうしよう、僕呪われちゃったのかな?
「なら堕ろすしかないね。」
「それ以外なら何でもいうこと聞くからっ! お願いっ! アルっ!」
「アニスは昔からとんでもない思い違いをしてるけど、僕は『鑑定』で色々知識があるだけで脳みその出来はあまり良くないからね。闇のザカーの弱点がわかっても、妊婦のアニスをうまく使って倒す方法なんてアクロバティックな戦略は立てられないからね。
あくまでオーソドックスに、シンプルに、こっちの戦力を相手より上回らせて確実に勝つ方法しか思いつかないからね。
そんな中で不確定要素と危険しかない妊婦を戦力にするとか、まずあり得ないからね。」
「アルーっ! アルーっ!」鼻水ぐちょぐちょのアニスが、僕の足にへばりついてくる。
これもう、僕の話全然聞く気ないよね。
アニスって昔っから都合が悪くなると駄々をこねてじたばたしてうやむやにするところがあったけど、お腹に赤ちゃんできても本質的には何も変わっていないんだね。
「黙れ。」
僕が命令すると、アニスはぴたりと口を閉じた。
「泣くのを止めろ。」
アニスが泣くのを止めた。
「立て。」
アニスが立ち上がった。
「背筋を伸ばして、真っすぐ気を付けをしろ。」
アニスがその通りにした。
犯罪奴隷への命令って、すごいね。アニスがここまで言うことを聞くなんてね。
まあ、こういう事態になるのを見越してアニスを犯罪奴隷に仕立て上げたんだけれどね。
「お前が決められないならば、僕が決めてやる。いいか、アニス。今から僕は君に酷い命令をする。お前は僕を、生涯の敵と憎んでいい。お前は僕に復讐していい。
ただし今は、魔王討伐を最優先にする。おまえが僕に復讐するのは、魔王を倒した後だけだ。
分かったら返事をしろ。」
「わかったわ。」
無機質な、感情を排除した声。でも彼女の顔を見ればわかる。能面のようになった顔の向こうで、彼女は恐れと、不安と、もしかしたらという期待と、すこしばかりの小さな怒りと、ありとあらゆる感情が、業火のごとく燃え盛っている。
「お前の腹の子供は邪魔だ。僕がお前の子供を殺す。
分かったら返事をしろ。」
「分かったわ。」
能面のような彼女の瞳から、とめどなく涙があふれてくる。
でも僕は絆されたりしない。
魔王を倒すための勇者による救世の旅。そもそもそれ自体が女神の演出による馬鹿げた茶番なのに、つき合わされる僕たち人間は、驚くほど簡単にたくさん死ぬ。
とっととこの馬鹿げたイベントを終わらせないと、この世界に住む僕たち生身の人間は、びっくりするくらい簡単にみんな死ぬ。
そんな当たり前のことも分からないバカな勇者様と剣聖アニスが、後先考えずにこさえた子供。
そんな子供がこの世に生まれてきて、どうすれば幸せな人生を歩むことが出来るだろう。生まれず死んでいった大勢の子供たちに対し、どうやって胸を張って生きてゆけるだろう。
だから僕は、そんなまだ見ぬ未来に生きるべきたった一人の子供の命を摘む。
これは、いままで荷物持ちとしてたった一度の殺生もしたことがなかったこのアル・カーターが、この世を正す救世の旅の最初の一歩で犯す初めての殺傷行為なのだ。
僕は犯罪奴隷の紋を操り、彼女の腹の中のそれを潰した。
かつて好きだった女の子が浮気してべつの男とくっついて、その後出来た相手とのお腹の赤ちゃんを●●ってするの、ある意味究極のざまあじゃないですか?
まあ、人の意見は色々ありますよね。
……不快な思いさせてしまったらごめんなさい。