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村はずれの水車小屋の裏に引きずられた僕は、ようやっと彼女の万力のような腕から解放された。
おや確かにここなら恋人の逢瀬に良い場所にも見えなくもない。勇者様に見つかったら大変だ。
「ごめんなさい、アル。ロイってばその、とってもヤキモチ焼きなの。」君のその一言で僕の元からなかった君への好感度がマイナス方面に突っ切りました。
水車小屋の裏でナニするって? アニスが子供のころに僕から借りパクした紫水晶でも返してもらおうかな?
「まあそんなことはどうでもいいよ。それで、どうして僕が君たちのパーティに戻らなきゃいけない話になったんだい?」
「えっ?」アニスがびっくりした声を上げる。「あなたさっき言ってたじゃない。『女神さまの信託があったんだろう』って。まさにその通りの事よ。」
「ふーん。まあそんな事だろうと思ったけれど、実際はどうなんだい? 例えば四天王の一人、闇のザカーあたりが倒せずに、右往左往したりしているのかな?」
「まさにそうなの! どうしても倒せないってなって、その時アンナに女神さまの神託が降りて。まさかあなたが近くの宿にいるなんて思わなかったから、慌てて引き返してきたの!」
「まあ、くそバカ女神が僕が近くにいるタイミングを狙ってわざと神託を出したんだろうね。」
「えっ?」
「何でもないよ、こっちの話。」
「でもすごいわアル! あなたってばなんでも知ってるみたいに!」
「そりゃあこれが『鑑定』の力だからね。例えばアニスがなにに困っているか鑑定すると、そのあたりの情報がいくらでも見れるんだよね。」
「すごいっ! 最高の力じゃないの!」アニスは目をキラキラと輝かせた。
アニスはわかっていないみたいだけれど、この力は本当にひどくて、彼女が本当は何に困っているかも僕にはすべて見えてしまっているんだ。
彼女がなぜ土下座してまで頭を下げたかも。
「やっぱりあなた、『賢者』なんじゃないの?」
「またその話か。違うよ。僕の力は『鑑定』。そもそも賢者なんてスキルがないからね。」
「でもっ!」アニスはしつこく食い下がる。はあっ。僕は思わずため息が出てしまう。
「そもそも『鑑定』はただのスキルだけど、君の『剣聖』だって本当はただのスキルだからね。剣を振る技術ツリーが全て最初から簡単に手に入る、ただそれだけのスキルだから。他のお三方もそうだよ。『魔女』は魔法が簡単に使えるようになるスキル、『聖女』は女神の力を借りれるようになるスキル、『勇者』なんて魔王を倒すための専用ツリーがあるっていうだけの魔王にしか通用しないヘボスキルだよ。」
「……ごめんなさい。アルの言っていること、難しくて昔からよくわからないの。」アニスがしょぼんとする。
ああそうだね。君は昔っからそういう女の子だった。向こう見ずで、頭を使うより体を動かす方が向いていて。そんな君が明後日の方向に飛び出していかないよう、うまくコントロールするのが僕の役目だと思っていた。
あの頃の僕は手にしたばかりの『鑑定』の力の大きさに溺れていて、女の子の好きって気持ちはコントロールできないんだってこと、まるで分っていなかった。
それで簡単に勇者様に持っていかれてしまった。
『鑑定』こそが真のヘボスキルだ。
でもそれは今心配することじゃない。何年もかけてゆっくりと僕が後悔してゆけばいい、僕だけの心の傷なんだ。
「ホントは勇者も剣聖も聖女も魔女も、鑑定と同じただのスキルだったのに、職業と勘違いしたのがそもそもの間違いだったのさ。でもそれは今君に話すべきことじゃないね。だいたいの事情は分かったよ。多分僕の力があれば、闇のザカーも魔王メギルも倒せるようになるよ。」
「ほんとうっ?」
「まあ、元からその為だけに特化した力だからね。僕が闇のザカーを見れば、弱点も攻略方法も全部見れる。後世の人間が『賢者』と称号を与えたくなるようなチートスキルだよね。」
「お願い! あなたの力を貸して! あたしどんなことでもするからっ!」
そしてまた、アニスは僕の前で土下座する。
「本当に何でもするの? 例えば大好きなロイド様と別れて、僕とよりを戻してくれる?」
アニスは涙をぽろぽろ流しながら、「あなたがそう望むのなら、あたしはその通りにするわ。」そんなふうに決意を言葉にして見せた。
アニスはついこの間まで恋する乙女だったのに、今は愛する大人の女性になってしまったんだね。
「冗談だよアニス。僕は君とあの方の仲を裂く勇気はないからね。でもそうだな、アニスの覚悟は伝わった。じゃあアニス、君は僕の奴隷になってくれ。」
「えっ?」アニスの涙は引っ込んで、ヘンな顔のまま固まった。