53.しつこい殿方は、
そのうちP&GとかS&Wとかも出たりして。
この物語はフィクションです。
登場する人物団体等は云々
パトロール艦艇を蹴散らしてチェリルジュ星系を脱した一行は、往路にも利用したシャンヤンに入港した。シャンヤンの宇宙港にはスターズ・アンド・プログレス社のVIPラウンジが整備されているので、ひとまずそこで休憩を取りつつローレンス兄様との待ち合わせを行おう、となった。
略してS&P社と称される航空宇宙運輸業界最大手の企業のオーナーは、これもランツフォート家である。
「わたくしはS&P社の取締役にどうか、とグラハム兄様から勧められているのです。ですから、現地視察も兼ねようかと思います」
メルファリアは、まるで昼食に勧められたランチメニューの一つのようにさらりと話した。そんな些細な事柄かと言えば、レオンはそうではないと思うが。
現地視察に関しては、一緒に下船した乗組員たちにも概ね好評であったが、問題は別の所に存在していたのだった。
メルファリアたちが寛いでいるところへ、多人数の不規則で大きな足音が、無遠慮に近づいてきたのだ。騒がしいその行為が、そもそも賓客の滞在するラウンジには相応しくない。聞きつけてレオンは立ち上がり、左手が腰に提げた短剣の所在を確認する。
落ち着きのない足音と共に姿を現したのは、レオンよりも十センチほども背の高い、見覚えのある青年だ。その周囲には、屈強そうなスーツ姿のサングラス男を四人ほど従えている。警護官だろうと思うが、警護をするよりも騒ぎを起こすためにいるのではないかとも思えた。
「探したぞ、メルファリア」
名を呼ばれたお嬢様は、感情を隠してゆっくりと立ち上がる。普段通り給仕服姿のリサがすぐに寄り添って、彼女の手を握った。ここのセキュリティは一体どうなっていて、どのように運用されているのか。大きな問題だ。
「さあ、もうお遊戯は終わりにしよう。愚か者たちに踊らされるのはおしまいにして、私のもとに帰ってきたまえ。私は寛容だ。君のそのくすんだ心を、私がきれいに磨いてやろう」
わざとらしく、居合わせた皆に聞こえるように、マイケルは声を張り上げて自らの所見を謳いあげた。
リサがぎゅっとメルファリアの手を握り直して、小声で呟く。
「幾重にも重ねて失礼です。それに、すごく、気持ち悪いです」
愚か者たちに踊らされているなどとは、たしかに失礼極まりない。マイケル・リーは、やはり諦めてはいなかったのだ。もしくは、現実を受け入れられないでいるのか。メルファリアは、事実誤認を続ける青年を正面から見つめ返し、意識してゆっくりと言って聞かせた。
「マイケル、貴方は御自分の行いが正しく見えていますか?」
「なんだと?」
「まず、ここはS&P社のラウンジです。あなた方はS&P社の旅客ですか?」
もっともな指摘ではある。彼らには資格が無いであろうから、速やかにラウンジからは退去してもらおう。そして、無視しよう。後方で警備員が汗を拭っているところを見るに、強引に押し入ったものでもあろうかと思う。
「ふん、ここは我がフォースターグループの企業が建造した宇宙港だ。ならば俺が自由に出入りできるのは当然だ」
なんとも大きなセキュリティホールだ。開いた口が塞がらない。
「ここは、あなたの国セヴォールではありません。シャンヤンなのですよ?」
メルファリアの目つきが険しくなった。たまりかねてレオンが口を挟む。
「当然なわけがないだろう。速やかに退去すべきだ!」
「ほう、キサマはあの時の。キサマの不意打ちのせいで俺は大怪我をしたのだぞ。この卑怯者め、恥を知れ。キサマは加害者だ。被害者である俺に対して心からの謝罪と、誠意ある賠償をする必要がある!」
あのふかふかの絨毯の上で、いったいどれほどの怪我をしたというのか。ピンピンしてるじゃないか。巻き添えの女官にならまだしも、この男に謝る必要など微塵も感じられない。
「メルファリア様に危害を加えようとしたからさ。それに不意打ちでもない。そちらから掴みかかって来たのだからな」
レオンは無意識のうちに、短剣の鞘を握りしめた。
「メルファリアは俺の婚約者だ。キサマごときがとやかく言えるものではない。身の程をわきまえろ」
「もう、お断り致しました。婚約者ではありません」
そのメルファリアの言葉を聞いたマイケルが、大げさに驚いたかのようなジェスチャーを示した。
「はっ、なんとばかなことを。私が承知しないのだ、ならば断われるわけが無いではないか」
……。
話がかみ合わず、レオンは軽く脱力感に襲われた。
「だめだ、こいつ、あたまオカシイよ。言ってることが無茶苦茶だ」
会話は成立していないのだが、それでもどうやら、バカにされたという事は伝わるらしい。マイケルの表情が明らかに変わった。
「無礼者が! 地べたに這いつくばって命乞いをしろ!」
呼応したサングラス男の二人が、レオンを取り押さえようと動き出す。この男たちは、一人でも十分にレオンを取り押さえることが出来そうだ。貴方は抑止力なのですよ、と言ったリサの言葉が脳裏に浮かんで、レオンの右手が短剣の柄に伸びる。
宇宙港内では、銃器は構えて見せるだけでも罪に問われる。従って警護役たるレオンも今、手にあるのは騎士の証の短剣のみだ。ロックを解除するのは実に久しぶりだと思ったが、レオン以上の素早さでアリスが目の前に立ちはだかった。両腕を広げて仁王立ちするアリスの冷たい双眸に、男たちも一旦動きを止めた。
「女に守ってもらうのか、キサマは!」
「男か女かは、関係ありませんよ」
アリスがきっぱり言い返す。実をいうと男でも女でもないし、アンドロイドですし。
レオンは改めて柄を握りなおし、電子音でアンロックを確認したが、まだ抜かず状況を見守った。素手よりはマシだろうが、残念なことにレオンは剣さばきに自信があるわけでもない。
「メルファリアよ、こんな背の低い軟弱そうな男が良いとでも言うのか? おまえはそんな馬鹿な女なのか?」
マイケルはおもむろに口撃の矛先を変えてきた。やけに身長の高低にこだわる様子だが、レオンの身長は至って平均的だ。特段に軟弱そうと言えるものでもあるまいに。
「仰る意味が分かりません。が、レオンは我が騎士、決して弱き者ではありませんよ」
メルファリアの反駁を聞いて、マイケルは気持ちの悪い笑みを浮かべた。先ほどからずっと感情の動きが良く見えないとは感じていたが、どうやらこれは、とても怒っているらしい。
「ふふふ、そうか。やはり力づくが良いのか。ではそうしよう! 私の力を思い知らせてやろう!」
「……何を仰っているのですか?」
力さえあれば全てが肯定されるとでも言わんばかりだが、それは彼女の考えとは相容れない。
「メルファリアよ、俺の力を正しく知れば、すぐに迷いも消えよう。いずれランツフォート家すらひれ伏すことになるであろう、我らの力をな! 心からの謝罪があれば、寛大な処置を考えてやるぞ。フフフ、……ではまた、あとでな」
マイケルはメルファリアに向かってわざとらしくウインクし、身を翻して颯爽と去って行く。ともあれ去るのならば良しと、レオンもアリスもそのまま彼らを見送った。メルファリアの手を強く握りしめたまま、リサもまた無言で彼らの去り行く姿を睨み付けるのみだった。
万人に嫌われるのは案外難しいような気がします。




