52.マイニングは食レポのあとで
国際宇宙ステーションも、肉の焼けたようなおいしそうな臭いがするんでしょうかね?
わたし気になります。
哨戒網を難なく突破して外宇宙へと向かうアストレイアは、プロミオンを従えて更に加速する。
追われている状況なので惑星を利用したフライバイは行わず、自力で最外周惑星の軌道の外までまっすぐ進む。
アストレイアはアフターバーナーを展開し、赤色の残光を後方に漂わせて空虚な宙域を目指すが、敵の動きから察するにラーグリフは補足されていないと思われるので、現状のステルス状態での自動追尾のままで良いだろう。
フライトプランを決めて加速を始めると、いずれ加速を終了してインフレータを作動させるまでは船内も一旦は落ち着く。落ち着いたついでに、レオンは久しぶりにアームローダに乗り込み、惑星セヴォールからの脱出の際に傷つけてしまった船底部を確認してみたが、そこには表面塗装に目立たぬ程度の擦過傷があるのみだった。
当たり前ではあるけれど、国際郵便船などとは比べ物にならないほど、頑強にできていることが再確認できただけだった。
「良かった。これなら、別段処置なども必要ないね」
念のため、擦り傷の付いたセンサーユニットをひとつ交換して船内に持ち帰り、点検してみたがやはり問題はなさそうだった。もったいないので、掃除をして予備品としてストックしておくことにする。
これだけには限らないが、長い間宇宙空間に晒されたセンサーユニットなどの部品は、何かが焼けたような独特の匂いを放つ。まあ間違いなく”焼けて”いるのだろうけれども。同じセンサーを交換しても違う匂いと感じることがあるので、その違いはどこから来るのか、などと考えたりして。MAYAなら活動履歴まで推測できたりするのかもしれない。
「おなかすいたなあ。焼いた(熱々の)肉が食べたい」
アストレイアの食事は、船上であることを意識させないバラエティの豊かさがあった。メルファリアをもてなす為ではあろうが、他の乗組員たちもみな同じく恩恵に与っており、国際郵便船とは全く違う贅沢な食生活に、レオンもだいぶ慣れてきてしまった。
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その後加速を終えてiフライトに突入し、ひとまず安心できる状態になったところで、レオンはセヴォールの迎賓館で抜き取ったデータを解析してみることにした。アリスがバックドアを仕掛けて、それを利用してプロミオンからアプローチした結果のいわば戦利品だ。
簡単に自分達の名前などのキーワードでヒットさせた情報だったが、短い時間の間にプロミオンが吸い出したデータ量は思いのほか膨大でまた、ネットから収集しただけのような雑多な情報も多かった。
「あー、データマイニングをエマリーさんに任せたいな」
レオンは、先程自分で淹れた珈琲を一口含んだ。
そういえば、いつも立ち寄った星ではその星の珈琲豆を物色することにしているのだが、セヴォールでは買いそびれた。そして、今後購入する機会はまず訪れないだろうと思う。もっとも、良い思い出もないので惜しいと思う気持ちも少ない。
「レオン、クッキーはいかがですか?」
コンソールを睨め付けるレオンの目の前に、アリスが手製のクッキーを磁器の皿に盛って差し出す。ロイヤルなんとかいう銘のその皿はリサのお気に入りらしいが、これまたレオンには良くわからない。まあ、これも御多分に漏れず割ったりしたら面倒な事になるのだろう、くらいに認識している。
クッキーなぞは長期保存しても風味が落ちにくいので、既製品を物資として積載することが可能なはずだが、アリスはなにか琴線に触れるものがあるのか、ここのところやたらと手作りしては振舞ってくれる。
最近はどれだけ難易度の高いレシピに挑戦するかを極めたがっているようにすら見えるのだが、菓子作りの先生たるリサは、実は禁断の扉を開いてしまったのではないだろうか。
「ありがとう。……けどクッキーなら既製品の在庫がまだあるんじゃないか?」
「既製品なんて食べずに、私の作品の味見をしてください。これは管理者の義務ですよ」
いつの間に義務になった?
やけに強引だ。お願いされてる雰囲気じゃない。
「最近は頻繁に作ってるじゃないか。食べ過ぎちゃうよ」
「大丈夫ですよ。たとえレオンが丸々と太ったとしても、私は嫌いになったりしませんから」
そういう問題じゃないです。
そして、アリスの好き嫌いはどうでもいい……とまでは言い切れないけど、別問題です。
「……あ、そうだ。既製品はいらないかもしれないよな」
ふと思いついて、レオンは膨大な情報から、ネットで見つけられる情報と近似しているものを除外してみた。それらは情報収集段階のモノであって、収集した情報から組み合わせてまとめたものや、分析結果などは別のファイルで存在するだろう。
「ふーん、スクリーニングが雑ですね。レオンはクッキーでも食べながら、どんな分析をしたいかを私に言って下さい」
ディスプレイを覗き込んだアリスが、クッキーを一枚つまんでレオンの鼻先に差し出した。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ぱくっと目の前のクッキーに齧りつくと、やや大きめなそれを咀嚼し終えるまで、アリスは微笑みながらただ待った。珈琲の残りで口を潤してから、レオンは隣に立つアリスに分析内容を伝えた。
「ずばり、マイケルが何をしようとしているのかを知りたいんだ」
「それよりも先ず、食レポして下さい」
……。
報酬は先払いか。まあいいだろう。
「程よく冷えているな。珈琲に良く合うし、サックりしてそれでいてしっとりしていてうまい。バターが濃厚なんだろうが、冷えているからかしつこさを感じなくて絶妙だ」
珈琲との組み合わせはハッキリ言って絶品だ。なかなかやるじゃないか。
「レポートありがとうございます。……では分析しますね。まずは大雑把なところから手を付けて、篩に掛けながら要求用件を順次追加していきましょう」
MAYAは元々異文明との邂逅を果たしたときに、情報を収集するだけではなくて、その異文明が人類にとって益か害かを判断する為の高度な分析能力を持つ。マイケルがどのような情報を収集していて、それをどのように分析しているかなどから、何を狙ってどのような行動を起こそうとしているかを予測させてみようというわけだ。
もっとも、マイケルがレオン達にとって益か害かという点は、遺憾ながら既に結論が出ている。その点はMAYAの結論も一緒だった。
「どのように対処すべきかの結論を求めると、殲滅対象という評価が出てしまいそうです。まがりなりにも人類の一員に対しては、そんな事をするわけにはいきませんけど」
アリスがあっけらかんと、冷徹な事を口にした。
多く収集されていたデータは、メルファリアに関するものとレオンに関するもの、そしてスピンクスに関するものだった。アストレイアに関するものとプロミオンに関する情報は思ったほどには多くなく、ラーグリフに関する情報は皆無だ。ラーグリフの存在はうまく隠蔽できているようで喜ばしいが、奴もデータマイナーを使役しているであろうことは間違いない。
「俺なんかの情報を、よくもまあこれだけ調べたものだ」
「でも、視力の値は間違っていますね。私の持つデータのほうが正確です」
アリスが、得意げに笑みを浮かべた。
「そんなところで張り合うなよ。それよりも……」
それよりも、スピンクスに関する情報が多い事に少なからず驚いた。マイケルは、自分のことを調べ上げているデータマイナーの存在に気付いていた、という事だろう。スピンクスはその名の付いている星系間航行船の姿かたちや性能諸元、ノイズパターンや武装内容を詳細にまとめられてある。
要するにこれは、「敵」と認定した艦艇を割り出すためのプロファイルデータだ。
「スピンクスは、マイケルから狙われている可能性が高いですね」
「そうだな。帰り道に会ったら忠告しておこう。セヴォールには近づくな、って」
その後もしばらく分析を続けたが、他にはこれといって突出した性向を示す分析結果は顕れなかった。ただひたすらメルファリアの動画、画像の分量が他を圧倒していた。
「データマイナーだとしたら、二流以下じゃないですか?」
見知らぬ相手に対する、アリスの評価は厳しかった。
元々幾つかのキーワードで引っ掛けて抜き出したデータでしかないので仕方ない部分はあるのだけれど、それにしても『何をしようとしているのか』には繋がりにくい。
「もしかして、単なるストーカー気質かもな」
「そうだとすると、とにかくしつこく粘着してくる……のでしょうか」
なんともつまらない分析だ。データマイナーへの道のりは遥かに遠いと言わざるを得ない。少し考え込んでから、レオンはつい優雅な模様の描かれた皿に手を伸ばした。
「あ……」
そこには皿だけがあり、アリスの手作りクッキーは、もう一枚も残っていなかった。
いつのまにか、全部レオンの腹の中である。
データマイナーは、常日頃から飯の種になりそうなデータをストックしておくんでしょうね。
いつなんどき、売り物になるか分かったものじゃないもんね。




