51.見送りはいらない
宇宙軍の戦闘艦艇の中でも、直接に惑星の大気圏に突入して地上へ降りることの出来る艦艇は特別で、強襲揚陸艦などと言って区別されています。
なかには区別のない国もありますが。
大気圏内航行用の装備が必要になるのでコスト高でもあり、配備数は少ないのです。
アストレイアは警備艇を難なく振り切ってセヴォールの大気圏を離脱し、衛星軌道の少し外側でプロミオンと合流した。地上ステーションからの警備艇はアストレイアに追いすがれるはずもなく、もう追っては来なかったが、代わりに更に大きな奴がアストレイアを逃すまいと動き出していた。
「これは、セヴォール宇宙軍のパトロール艦隊ですな……」
デニス船長が、顎に手を当てて髭の伸び具合を確かめながらスクリーンを眺めた。
「マイケルは、彼の一存で宇宙軍をも動かすのでしょうか?」
「どうやら、そのようですね」
そこへ、ミッカが別の情報を添える。
「セヴォール全軍に非常事態が宣言されたようです。……そこまで動かされると、さすがに面倒ですよ」
辺境の中小国とはいえ、有力な企業集団であるフォースターグループの本拠地でもあるこの星の宇宙軍は、平時にあって宇宙戦艦十隻を含む百隻以上の外宇宙航行型戦闘艦艇を擁する。稼働率や任務ローテーションを勘案しても半数以上は動けるであろうから、彼らの土俵であるこの星系内では、まともにやり合っての勝ち目はない。
内宇宙パトロール艦艇と思われる船団を、デニス船長がメインスクリーン上で四個ほど指さし確認した。
「メルファリア様は大人気ですな」
「今は嬉しくありませんよ、デニス船長」
「失礼しました。それでは、いちばん近い船団を突破しましょう」
その言葉を受けて、ミッカが早速、突破後のフライトプランを練る。
「この方向なら、元来た方向つまりシャンヤン星系へ向かうので都合が良いですね」
プランはすぐに固まった。そしてアストレイアは臨戦態勢をとりつつ、最寄りのパトロール船団へと自ら向かう。
内宇宙パトロール艦艇は、戦力的にはアストレイアなどの巡航艦クラスにかなうものではない。ただ、見つからないように、などと躊躇している間に、より大きな戦力に包囲を許してしまう危険性がある。だから、見つかることを前提としても、包囲網が構築される前に突破を図るのがより安全だ。
全長百メートルクラスのパトロール艇四隻からなる捜索部隊の一つが、ほぼ正面にアストレイアとプロミオンの二隻を捉え、さも当然のように停船命令を発した。自分達の命令に従わないなどとは、想像もできないようだった。
だがアストレイアはもちろん停船などする気は無く、デニス船長は火器の使用すらためらわない。
「針路を譲らぬのならば排除する、と伝えよ。準備でき次第、スライヴァー発射」
パトロール艇の遥か射程外から、アストレイアの長距離ビームが撃ち込まれた。故意に照準を外した二条のビームは、横に並ぶパトロール艇の上下に分かれて宙を裂く。これは警告だった。
実際に彼らの指揮官がどのように指示を出したのかは分からないが、まるで風に煽られるかのように、すぐさまパトロール艇たちは回避行動に移った。
「ばらばらに動き出しました。……あぶないなあ」
ミッカの注視するスクリーン上で、四隻のうち二隻があわや接触しそうになりながらそれぞれに逃げ惑う。我先にと、まるで競うように四隻のパトロール艇は綺麗なまでに四方へ散開して針路を譲った。
譲ったというか、散開したままどこまでも逃げて行く。
「あれが指揮された動きなら、むしろ大したものなのだがな」
デニス船長が、パトロール艇の逃げっぷりをそう評した。なにはともあれ、アストレイアの針路はクリアだ。
「このまま、全速前進。フライトプランの通りに進めよ」
「ようそろ。アフターバーナー展開します」
遥か北天に位置して俯瞰しているラーグリフから、観測結果が伝えられてくる。
宇宙軍基地からは、続々と大小の戦闘艦艇が出航し動き出した。それでもまだ、編成と指揮系統の確立はこれからとなる船が大部分だろう。そして、より外側の公転軌道を回る拠点からもようやく動きがあるようだが、これはもう既にアストレイアを脅かすことの出来る位置ではない。
そもそも、いったいどれほど動員するつもりなのか。マイケル・リーは、少なくとも今は軍属ではないはずだ。また、政治家などでもない。それならばなぜ、こうもすぐにこの国の軍隊を動かすことが可能なのか。しかも局地的戦闘の範疇ではなく、国家間の全面戦争を行うような規模である。リー家の専横の度合いは相当なもののようだ。
心配そうにメインスクリーン上でうごめく光点を見つめていたメルファリアに、デニス船長が努めて優しく声を掛けた。
「たくさん動いていますが、もう追いつかれる心配はありません。ご安心ください」
「ええ、そうね……」
デニス船長以下乗組員たちを労ってから、メルファリアは自身の船室へと戻ることにした。誰も欠けることなく、皆揃って帰途に就く。無事に、とは言い切れないがとレオンの怪我を思い出したりもしたが、まあなんとか用事を済ませたなと思う。思うのだが、まだなぜか安心しきれていない自分が心の中にあり、そわそわするのだ。二人の兄のようにどっしり構えることは、まだ出来そうにない。
自分はまだ、周りから心配されてばかりだ、と思う。
通路の途中でふと立ち止まって船窓から外の暗闇を見た。アストレイアは戦闘艦艇ではあってもメルファリアの為に誂えた船であり、その舷側から外を眺める船窓は、純然たる戦闘艦艇であるプロミオンほどには小さくない。ただ、船内は通路であっても比較的明るく照らされているので、いま船窓から外に見える宇宙空間はほとんど闇ばかりだ。
その闇に吸い寄せられて窓枠に手を掛け、小さくため息をついてみた。
「ふう。……レオンにでも相談してみようかしら」
メルファリアの自己評価が意外に低いのは、二人の兄と自分を直接比較してしまうからなのだが、彼らはそもそも二人共に十歳以上も年上で、つまり十年以上の社会経験の差がある。学業を終えてまだ日が浅いメルファリアが、今の時点で比べるのは無理があるというものだ。
就学前の幼年期を除いては、メルファリアは二人の兄と話す機会は、あまり多くはなかった。彼ら二人はずっと先に社会に飛び出し、ニュースや人づてに活躍を聞かされることの方が多かったのだ。なんとなく、そんな兄たちを羨ましいと思う気持ちもあったりした。
たまに会うことがあると、彼らはメルファリアをちやほやと甘やかそうとし、また、事あるごとに大げさに心配をする。だから最近は、いつまで子供扱いするのかという不満に変わってきてしまったのだ。
もやもやしたまま歩いてラウンジまでたどり着くと、そこではリサがメルファリアに振舞う茶を用意していた。
「メルファリア様、……ええと、お加減でも?」
「いいえ。大丈夫よ」
いけないいけない。無用な心配を、周りに掛けるわけにはいかないのです。
ラウンジのソファに落ち着き、リサが淹れた茶を一口含んでから、メルファリアはレオンを呼んでくれるよう頼んだ。
「わかりました。不本意ですけど、すぐお呼びしますね(笑)」
気が進まなくはあっても、リサはメルファリアの依頼を速やかにこなす。
「ふふっ。不本意なことをお願いしてしまって、ごめんなさい」
最近のリサの毒舌からは、次第に毒が抜けてきている。良い事だ、とメルファリアは思っているが、殊更言葉にはせず、そのままに過ごしている。ひとり静かに目を閉じて香りを楽しんでいると、程なくレオンがアリスを連れてラウンジにやって来た。
「メルファリア様、ご用ですか」
呼びつけられたレオンは、とても嬉しそうだ。もしも彼に尻尾があれば、ぶんぶんと元気よく振り回したことだろう。
メルファリアにとって、堅苦しい挨拶ぬきで話ができる人物はまだ数少なく、年の近い男子はレオンくらいだ。この際、マイケル・リーは意図的に含まない。まずはお茶を勧め、メルファリアは、自分のぼんやりした不安のことをレオンに話してみた。
まだまだ問題が解決していないような、漠然とした不安。なるべく穏便に済ませたいし、強硬な手段などはとりたくないのに、それが必要とされてしまうのではないかという悪い予感のようなもの。
レオンは黙ってひと通り聞き終えると、微笑んでからお茶を一口嚥下した。
「不安はわかります。元凶は、言うまでもなくマイケルです。彼には、何をしでかすかわからない怖さがありますよね」
メルファリアは、そのレオンの言葉にゆっくりと頷いた。
「きっと彼はまだ、メルファリア様のことを諦めてはいないでしょうね」
「レオンもそう思いますか。……では、私はどうすれば良いのでしょう?」
まっすぐな目を向けられて、レオンは内心すこし戸惑った。或いはドギマギした。
なんて素直な物言いをするのか。
及ばずながらも支えたくなるね。……いやいや、及ばずではイカンな。
「無視しましょう。もちろん、降りかかる火の粉は断固として払わねばなりませんが、それ以外は努めて無視することですね」
レオンはあえて明快に言い切った。
マイケルとの付き合いはかなり短いが、あの手の輩は出来るだけ関わらないのが一番だ、というのは言える。ただ、恐らく無視されるのが、彼にとっては最もこたえるのではないか、とも思うが。
「ですが、振り払えないほどたくさんの火の粉だったら……」
セヴォールでは大掛かりな動員をかけてきたマイケルを、メルファリアは怖いと感じたのだろう。
「何を言っているんですか。メルファリアさんの味方は、たくさんいるんですよ? 俺や、この船だけじゃない。それこそ全宇宙には、メルファリアさんの味方はマイケルなんかの十倍以上はいます!」
こーんなに、とレオンはその場で立ち上がり、両腕を広げて見せた。証拠は無いけど、確信がある。
「そ、そうですよ! たくさんいるんです! きっともっと、百倍ぐらいいます!」
リサも同じように両腕を広げて、レオンの隣に陣取って見せた。
その様子を見ていたアリスが、澄まし顔のままリサとは逆の側に移動して、二人と同じように両腕を広げた。
「これでもまだまだ足りませんよ、きっと」
周りにつられて腕を広げたまま、百倍というのは案外良い線いっているかもしれないな、とレオンは秘かに思った。人類域全体で、可住惑星の数は百とあと少しだ。そのうちの殆どは味方になってくれるんじゃないだろうか。
「みなさん、ありがとう。なんだかとっても、元気が出ました」
少し瞳を潤ませて、メルファリアは満面の笑みを浮かべた。
「わからない」「理解不能」は「怖い」に繋がりますよね。
まんじゅうも怖いですけど。




