15.気分転換(3)
もう、気分転換どころじゃないです。
ピンチです。
気丈にも前に出たはいいが、リサはふるふると震えている様子だった。
「おじょうちゃんたち、おとなしく俺達と来てもらおうか。そうすりゃ命は保証するぜぇ?」
「命は、な。ふへへへへ」
そう言って短足がリサに近づく。その顔は明らかに相手を侮っていた。
警戒などは微塵もせず、手を伸ばしてリサの肩口を掴もうとする。
「きゃー!!」
わざとらしい悲鳴を上げながら、リサは右のつま先を正確に目の前の男の股間に叩き込んだ。それはそれは鋭い、靭性強化セラミック製爪先のクリティカルな一撃だった。
「!!」
男の手はリサに触れることが出来ないまま、悶絶してその場に崩れ落ちた。
「あーきもちわるい」
ノッポが相棒の異常事態に遅まきながら気づく。
「どうした、おい。女ぁ、なにしやがった!」
「きゃー、たすけてー」
リサは両手を口の前に揃えて悲鳴をあげてみたが、今はもう、それで誤魔化せるとも思えなかった。私服姿のリサは、靴以外には武器らしいモノはもう無い。やはり給仕服で来るべきだったか、と思ったが詮無いことだ。
◆
一方レオンは、自分よりもやや背の低い小太りな男を睨んだまま動けずにいた。
見覚えのある顔と声だからか、恐怖で足がすくむといった事はなかったが、かといってうまく対処する自信があるわけでもない。
彼我の間合いは五メートルといったところか。バッグの中の拳銃や短剣を取り出そうとする間に、肉迫されてしまうだろう。先程詰め込んだ珈琲豆も、今は邪魔だった。
とはいえ相手もどうやら丸腰だ、ならジュードーで組み合うか。うまく投げ飛ばせれば、逃げ出す隙を作れるかも知れない。そう考えて、足を肩幅より広げて腰を落とす。少なくとも、降参するという選択肢だけは絶対に無い。
それを見て、ガストンは口の片端を釣り上げて凄む。
「やる気か? 俺も舐められたもんだな!」
小太りな男は、その体格の持つイメージからはかけ離れた俊敏さで、レオンの懐まで一気に踏み込んだ。そして、腰裏のホルダーから抜き取った小型のナイフを、躊躇なくレオンの腹部に深々と突き刺した。
レオンの左手は、ガストンの上着の袖を掴み損ねて空気を握った。
臍のあたりから、ぶすり、というような音がレオンの体を直に伝わって耳に届く。
「うぐ」
うめき声が勝手に漏れてしまった。レオンの右手は男の襟を掴もうとしたが、力が入らない。視界がぶれた。
「どうしたぁ、騎士さんよぉ?」
「うっ、ふ……」
言葉が出ない。息もできずに、全身が細かく震えた。
「素手だと思ったか? ばかじゃねえの」
「き……さま……」
「彼女は俺が貰っといてやるよ。お前は悔しがって、死ね」
言い返したかったが、口からは弱く隙間風が漏れるだけだった。目は閉じていないのに視界がゆっくりと暗くなり、レオンは自分の体を支えきれなくなって倒れ込んだ。
だが、朦朧とする中でレオンはガストンの足に全身で纏わり付いた。
「てめえ、鬱陶しいな! 邪魔なんだよ!」
すがり付くようなレオンの身体を、ガストンがもう片方の足で蹴りつける。
「レオン!」
振り向いたメルファリアが、悲鳴交じりにレオンを呼んだ。蹴りつけられているレオンの足元には、既に血の色が染みを作っていた。
◆
リサはもう一人のノッポと対峙している。その体格差は滑稽に見えるほどで、リサといえども油断のない相手に対しては苦戦を免れそうにない。
無意識に、メルファリアは唇を噛んだ。
前にも一度こんなことがあった、と思い出す。自分の発案で周りを巻き込んで、そしてレオンを命の危機に晒した……。
騎士なのだから当然とリサなら受け答えしようが、主人であるメルファリアこそ、そこまで割り切れてはいなかった。
「……」
言葉が出ない。眩暈がしそうだが、そんな体たらくは勿論許されない。悲鳴を上げても、現実逃避にしかならないようであれば意味は無い。
皆の命の為ならば、という危うい考えが頭の中をかすめた。
ガシャン、と大通りの方から大きな破壊音が聞こえてきた。
視界の奥で、大きなゴミ箱のようなものが転がって見えた。
続けて、耳障りなスキール音を交えながら、雑然とした路地に昼間からライトを点灯した車両が猛然と進入してきた。パッシングを繰り返し、レオン達をまとめて跳ね飛ばさんとするかの勢いで迫ってくる。
大きめの四輪車両だ。
「なんだぁ?」
ようやっとレオンを足蹴にして引き剥がしたガストンが、迫りくる車両から身を翻して大きく避ける。その俊敏な身のこなしは、称賛に値するレベルだ。
ガストンを跳ね飛ばし損ねた車両は、ドリフトしつつ見事にコントロールされて倒れたレオンのすぐ横に急停車する。
すぐさまドアが開け放たれて、車両から飛び出してきたのはアリスだ。その手には既に拳銃を構えている。
「レオン!」
ガストンとノッポに対して牽制の銃弾を数発撃ち込むと、地べたに蹲るレオンをもう片方の腕に抱え込んだ。痩身からは想像のつかない膂力であるが、それを不審に思われるとしても躊躇っているわけにはいかなかった。
「二人とも早く!」
「はい!」
慌ただしく四人を飲み込んだ装輪車は、ドライバーズシートが空席のままに急発進する。車両に組み込まれたセンサーなどを通して、操縦しているのはアリスだ。あるいはMAYAか。本来の自動運転機構とは違い、制限速度も交通法規も完全に無視して車両は走る。
去り際に再度ガストンを跳ね飛ばそうと試みたが、やはりガストンには避けられてしまった。
獲物を取り逃がした男たちは、車両の音が遠のいてから其々に立ち上がって埃を払った。
「ちいっ、死にぞこないが邪魔しやがって!」
ガストンは路地に残る血だまりに近づいて足元を眺めた。血痕はかなりの大きさだ。
「まあ、死んだな。次はあの女ぁ捕まえてやるぜ。まだ近くに居るんだろうからよ」
車両が走り去った方向をぎろりと睨みつけ、この小太り男は不敵な笑みを浮かべた。
「おい、あのクルマを追え。女の居場所を確かめろ」
自動車の自動運転ってのは、電気自動車でこそ完成されると思うんですよね。
それに、GPSに頼っているようでは半人前だと思うのです。個人的には。




