16.緊急搬送
いかに科学技術が発達しようとも、人間はある一定以上の血液を失うと生命の危機に晒されます。
一つの惑星上に一億人程度しか住んでいない場合、医療機関の空白地帯も多い事でしょうね。
装輪車両は、この町まで走ってきた道を逆にたどって急ぎ引き返す。
市街地を過ぎてしばらく進むと舗装が途切れ、あとは踏み固められただけの砂利道だ。整備の行き届いているとは言い難い路面のせいで車内は揺れる。いろいろと揺れる。
だが、今はそんな事を気にしてはいられない。
プロミオンでなら、レオンの身体情報やヘルスパラメータなど、豊富に揃っている情報を活用しての治療を行える。疫病や疾患ではなく物理的な損傷の修復が主であるから、タンクベッドでのナノマシン治療が可能だ。レオンに関する一般医療カルテ程度の情報ならこの星の医療機関でも手に入るだろうが、より詳細で最新の個別生体情報を持ち、それを活用できるプロミオンでの治療を選択するのはアリスとしては当然の判断なのであった。
あとは、どれだけ早く治療を開始できるか。
レオンは腹部の損傷後に加えられた暴行によって大量に出血しており、時間的な余裕はなかった。アリスから口移しで投入したナノマシンにより応急処置がなされてはいるものの、失った血液は今はどうにもならない。
ドライバー不在のまま走り続けていた装輪車は、レンタルハウスの近くで一旦停車した。レンタルハウスから先は、道なき道となる。より早く移動するためには乗員は少ないほうが良い。
「ここからは更に目いっぱい飛ばします。お二人は降りてください」
「は、はい。レオンは、大丈夫でしょうか」
「何とかします。絶対に」
メルファリアとリサは急いで車を降りた。
途端に装輪車は猛烈に加速して遠ざかり、あっという間に砂塵にかすむ。メルファリアはしばらくの間、立ち尽くしたままで薄れゆく砂ぼこりを見つめていた。
「姫様、とにかく、あの別荘に入りましょう」
「……ええ」
往路にはレオンのドライブでゆっくりと走ってきたが、その結果導き出された最適ルートを辿って、車両は今ドライバーズシートが空席のまま疾走している。
アリスはレオンを抱きかかえるようにして後部席に座り、装輪車は遠隔操作でプロミオンへと向かう。装輪車からは幾つか警告が発せられるが、それらはアリスがすべてキャンセルし、セーフティーも解除してアクセルは全開だ。タイヤは不整地を飛び跳ねしつつしっかりと噛みしめ、最短と思われるルートを都度修正し続ける。荒い砂礫が踏み固められたような地面では、むしろある程度速度を出した方が車体が安定するようである。
揺さぶられる後部座席ではアリスは自らを緩衝材として働かせ、尚且つ人工呼吸装置としても機能させていた。同時に、プロミオンを制御して損傷したレオンを受け入れる準備を進める。酸素濃度を高め、気温はやや暖かめに再設定した。レオンの血液型に合わせて人造血液の調製を行い、採取済み細胞サンプルからは必要となりそうな体組織の生成を予め指示する。
プロミオン側の準備を指示し終えると、車内ではレオンの衣服を脱がし始める。車内を十分に温めたうえで、速やかにタンクベッドへ納められるよう、邪魔物は前もって取り除いておく。
比較的平らな地面を選んで降下着陸しているプロミオンに収容されるなり、アリスはレオンの身体を医療用のタンクベッドに収容した。猶予はなく、早速治療プログラムを開始する。
「なんとか間に合って、良かった」
閉じられたタンクベッドに手を置き、アリスが独り言を呟く。アンドロイドが独り言を呟く合理的な理由などは無いのだけれど。
レオンはひどく失血している。腹部を深く切り裂かれたうえ、腕や背中まで多数の打撲痕があった。後で詳しく調べる必要はあるが、骨折もあるかもしれない。
「この姿は、本人には見せない方が良いような気がしますね……」
レオンは全裸で医療用のタンクベッド内に横たわり、アリスはそのレオンを見つめたまま佇む。自身のセンサーをフル活用して、レオンの治療のためにタンクベッドの調整を行っていた。先ずは容態を安定化させ、そののちに各種医療用ナノマシンの選択と注入を行い、損傷個所の修復を開始した。
と同時に現時点でのレオンの身体の精密測定を実施する。その目的は治療行為とそれからもう一つある。
一通りの処置を済ませて落ち着くと、アリスは隣のメンテナンス室とされる部屋へ移った。そこにも幾つかのタンクベッドが並んでいるが、レオンが今収容されている医療用のそれとはだいぶ趣が違う。タンクの中が覗けるのは十センチ四方の小窓のみ。家具や医療器具といったものではなくて、それは産業機械、装置といった佇まいだ。
その中の一つ「アリス」と小さく表示されたタンクベッドが、アリス専用のメンテナンス装置である。
アリスはその自分用のタンクベッドの更に隣にあるもう一つのタンクベッドに近づいた。そして手を乗せる。
プロミオン内の装置をアリスが操作をするのに、直接ボタンを押す必要などはない。プロトコルに従ってタンクを満たしていた液体が気化し、やがて希薄化して、そして新鮮な空気と入れ替わる。ロックを解除して蓋を開けると、そこにはレオンが横たわっていた。
レオン、とアリスが優しく呼びかける。
呼びかけに呼応してピクリと動き、ゆっくりとまぶたが開く。
「あ、……れ? ……ゆめ、か?」
まだぼやけたままのレオンの視界に、アリスの端正な顔が映り込んで微笑んだ。
「夢ではありませんよ、レオン。あなたは今、義体を動かしているのです」
「……ああ、アバターか。そうか、……うん」
義体に脳が慣れるまでの間少しだけ安静にした後、レオンは視線を泳がせながらゆっくりと上体を起こした。
「あー、あー。……よし」
眠りから覚めた時の、徐々に覚醒していく感覚に近い。起きてみると、義体には不思議なほどに違和感がなかった。まずは自分の掌を見た。それを握って開いて、三回繰り返し、それから自分の怪我をした腹部を見た。当然だが、儀体に怪我はない。
「身体の修復に暫く掛かりそうなので、その間の代わりとして儀体を用意しました」
しばらく掛かるということは、それなりに深い傷だったんだな、と頭の中で呟いた。
腹部を刺された後の記憶は曖昧だ。ついでに意識もまだ曖昧だった。
「メルファさんは……?」
「みんな、無事ですよ。レオン以外は」
「そっか、みんな無事か……、良かった」
「良くはありません! 危うくレオンが生命活動を停止してしまうところでした」
おっと、びっくりした。声のボリュームがずいぶん上がったぞ?
「とりあえず今は、もう大丈夫なんだろう?」
「はい。身体の損傷はいずれ完璧に直します」
ふと気が付くと、アリスのいつもサラサラな黒髪がずいぶん乱れていた。
次に自分、というか儀体を改めて見た。
「素っ裸だな」
「そうですね」
澄ました表情のまま、レオンを見下ろすアリスは至って冷静だ。
「まあ、アリス相手に今更恥ずかしがっても仕方ないか。ところで、これはどんな儀体なのかな?」
「え? どんな儀体って、レオンのままですよ」
当然すぎることを聞くな、とでも言わんばかりの言い草だ。レオンは腕を見る。そして足を見る。
「うーん、確かにそっくりだけど、顔は?」
ぴたぴたと自分の顔を手で触ってみた。
「ですから、全てレオンのままですよ。何からナニまで、外見誤差は0.5パーセント未満です」
「何からナニまで?」
「はい。ですから、服や靴もそのままで、普段通りの活動に支障はないはずです。……もしかして、大きくして欲しかった、とか?」
「え?」
「まあ、男子はよくそう仰るそうですが。それは又の機会にしてください」
「……どうりで違和感がないわけだ」
自分の操る分身をアバター等と称するのは、いつまで経っても同じではないかと……。
わかりやすいし。(言い訳)




