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そして、始まる  作者: 大平麻由理
番外編
90/91

お嬢様と呼ばないで その2

 今から広海と共に、実家に行くことになっている。もちろん二人の結婚報告のために……。

 先日、函館にいる母親に電話をかけて今日の約束を取り付けた。多忙を極める両親を捕まえるのは一苦労だったが、何としても彼らと会わないことには、話が先に進まない。

 凛香は広海から身体を離すと、するっとベッドから抜け出て、猛スピードで身支度を整えた。

 父と一緒に家業の一端を担っている凛香の母は、彼女と弟が生まれた時もわずかな期間の産休を取っただけで、その後ずっと仕事を続けている。いわゆる筋金入りのワーキングウーマンだ。

 でも、家では存外に優しい母親で、なかなか結婚しない凛香を気にかけ、常に心配してくれていた。なので今回の広海との結婚は理屈抜きに大喜びしてくれるだろうと予想していたのだが……。

 その反応が意外にもイマイチだったのだ。母は電話口で、あっそう、とだけ言って黙り込む。話が続かなかった。

 もしかして結婚に反対なのだろうか。広海では何か問題でも? 教師という職業がだめなのか、それとも長男であることがネックなのか。

 いや、そんなことはないはずだ。過去の来栖との交際も知っている母は、早く孫の顔が見たいから結婚を楽しみにしているとことあるごとに言っていたくらいだ。

 来栖も教師でおまけに長男だった。広海となんら変わりは無い。

 母はただ単に仕事で疲れていたのかもしれない。あるいは父とけんかの最中だった可能性もある。

 くよくよ考えても仕方がない。とにかく実家に向かうのが先決だ。凛香は広海が運転する車に乗り込み、覚悟を決めた。



「もう一時間も高速を走ってるよな? まだなのか、おまえの実家」


 広海がナビと周囲の景色をキョロキョロと見回しながら訊ねる。広海と共に実家を訪問するのは、今回が初めてだ。

 ただし学生時代に、マンションに遊びに来た両親と一度だけ会っている。両親と広海は初対面にもかかわらず、すぐに打ち解け、凛香の男勝りをどのようにして更正していくかという、彼女にとってはどうでもいいネタで大盛り上がりだったことを昨日のことのように思い出す。


「そろそろだ。次のインターで降りて」

「了解!」


 広海はミラーで後方を確認し、すみやかに車線変更をして出口に向かった。

 電車を乗り継ぐと二時間以上もかかるのだが、車で高速道路を走行すると結構近い。いよいよ両親に正式に報告する時がやってきたのだと思うと、心なしか心臓がドキドキと高鳴り始めるのがわかった。


「おおっ! このあたり、案外都会なんだな。俺の官舎の周りより、よっぽど賑やかだぞ」


 不意打ちの目覚めのキス以来、すこぶる機嫌のいいお調子者の広海が、ハンドルを握りながらそんな失礼なことを言う。

 ふん、私は広海と違って都会っ子なんだから……とすねてしまいたくなるのをぐっと堪えた。

 けれど、凛香の実家は今通っている繁華街を抜けた旧市街地方面にあるので、実際のところ広海の官舎周りと五十歩百歩と言わざるを得ない地味な場所だったりする。

 そこを右、次を左、ここは真っ直ぐなどと、時にナビとは違う地元民ならではの抜け道をあれこれ指示しながら、少しずつ、なつかしの我が家に近付いていく。

 急激にビル群が少なくなり、民家が増えてくる。学校やお寺、病院、スーパーも見える。子どもの頃から馴染んだ、なつかしい風景が次々に目の前に広がるのだ。


「この道を真っ直ぐ行って、つき当たりの家が私の実家だ」

「はいはい……って。ここ、なのか?」


 ブレーキを踏んだ広海が、フロントガラス越しに外をぐるりと見渡した。


「ああ。この辺に適当に車を停めてくれたらいい」


 凛香はシートベルトをはずし、バッグを手にする。


「て、適当にって……。なあなあ、まさかとは思うけど。ここも、おまえんち?」


 駐車場の入り口で停車したまま、広海が怪訝そうな目をして訴える。


「うん。そうだ。親戚とか、会社関係の人がいろいろ来るから、ここを駐車場にしてる」


 傍目には空き地みたいに見えるかもしれないが、停める台数に融通が利くよう、砂利を敷き詰めているだけの簡易駐車場仕様だ。詰めれば十台は入るだろう。

 屋根付きの部分は三台しか停められない。家の車がすでにそこに停まっているので、悪いが広海の車は青空駐車ってことで勘弁してもらおう。


「ふーーん、って、おい! ちょっと待ってくれよ! ここって、車を停めるためだけのスペースなんだよな? ちょっと広すぎやしないか? 戸建てが二軒は建つぞ。……ということは、あの家が、おまえんち?」


 広海が駐車場横の鉄筋コンクリート三階建ての我が家を指差す。昭和のモダンテイストが漂う無骨な感じの建物だが、凛香はこの家が結構気に入っていた。

 かつては祖父母も同居していたので、部屋数だけはやたら多い。けれど今となっては、無人も同然のたたずまいだ。


「なあ、凛香……。俺、とんでもないところに来てしまったんじゃないのかな? なんでおまえんち、こんな豪邸なわけ? 庭だって、普通じゃないだろ。芝生敷きとか、ありえない……」


 広海は車の窓越しに何度も目をこすり、次第に声が小さく消え入りそうになる。


「凛香と結婚できるって嬉しくて今まで舞い上がっていたけど、実はおまえのこと、俺は何も知らなかったんじゃないかって、今になって気がついた」

「何言ってるんだよ。広海は私のこと、もう充分に知っているじゃない」

「ははは、それは俺の思い上がりだったってこと。いくら市街地をちょっと外れた場所とはいっても、ここにこれだけの土地と家を構えてるってことは、並大抵の財力では到底無理だと思うんだけど」

「はあ? それが何か問題なのか?」

「ああ、大問題だ!」


 広海が何を問題視しているのか、さっぱり理解できない。ここは両親の家だ。実家の大きさと、その家の娘の結婚に、どんな相関図が描けると言うのだろう。


「広海。言っとくけど、両親も亡くなった祖父母も昔からここに住んでるから、親が特別金持ちだとかそんなことはないと思うよ。あったとしても、それは会社の資産だろうし。それにそんなこと、結婚とは全く関係ないから。さあ、早く家に入ろう」


 車から降り、運転席側に回った凛香は、急に無口になった広海を無理やり引き摺り下ろし、背中を押しながら歩いて行く。そして、大理石が敷き詰められた荘厳な玄関に、彼と並んで立った。



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