ダンジョンへ
次の日、裸のまま眠った私はいつの間にか布団まで持ってきていた外套に包まって熟睡していた。さすがにこれをこのまま返すわけにもいかないので洗う事にする。
昨日と同じく服を下からもらってきて着替えると外套を持って外に出た。
【アクア・ウォッシュ】
バシャリと水が掛かって綺麗になった外套の水を落して服と同じように干してもらうためカゴに入れておいた。その後麦パンと屑野菜のスープを朝食として食べた後昨日と同じく南門へと向かった。
「お、昨日の・・・今日も早いな」
「外套なんだが今洗って干してるところでな、すまんが明日になると思う」
そう告げるとカラカラと笑ったかと思うと「いやいらないよ」と門番は言った。
「あのマントもう替え時だったからな、そのまま捨ててくれて良いよ」
あれを捨てるなんてとんでもない、私が使わせてもらおう。
「いらないというならもらうけど本当に良いのか?」
「ああ、もう新しいのもってるしな・・・それよりまた行くのか?今日もドロンコになる気か?」
私は頭を振る、今日も森には行くつもりだがドロまみれになる気はない、すでに一度洗浄魔法を使ってしまっているし、今日は昨日の話が本当か確かめに行く事が理由だからだ。
「今日はそれほど汚れては帰ってこない」
「はは、そうか。あの恰好は見た瞬間ぞっとするからあんまやってほしくないぜ」
難しい事を言う門番にしかめっ面を向けて私は門を潜り抜けた。
同じく一刻ほど歩いた先の森へと着いた私は昨日と同じ道順で沢へとやってくる。気配を殺し、ゴブリンの手掛かりを探していく。
昨日と同じ場所、もっと上流の方、ゴブリンが来ていた方角・・・・色々と探してみたが新しい足跡も何も見つける事は出来なかった。どうやらゴブリン達は私が5匹も倒してしまった所為で残りはもっと奥地へと逃げてしまったようだ。かなり痛い失敗をしてしまったようだ。
(やってしまったか・・・いや一緒か、15枚でも稼げただけ有難いと思うしかないな)
私はその後もう少しだけ探索して町へととんぼ返りする形になってしまうのだった。
―それから三日間ゴブリンを探して回ったが見つける事が出来なかった。
「今日も綺麗なまんまで帰って来たな」
「ああ、残念ながらな」
気落ちしていた私は言葉少なめに門番の相手を終えると、一度宿まで戻った。
南の森を全部探索したわけじゃない、北にも森がある・・・色々と考えるが、この数日足取りさえ掴めなかった結果が無意味と物語っていた。繁殖に適した場所を捨てなければならないほど彼らは減っているのだ。
もし彼らを追って奥へ行ったとしても夜になれば危険な上に私が倒せない階位の魔物が出れば私ではどうしようもない。
「ダンジョン・・・か」
私は決意を固めて、皮の鎧を装着した。ダンジョンは正直よくわからない、危険が高まってしまうので出来る限りの装備をしていくことになる、弓も勿論持っていく。
私は今焦っているのだ、このまま冒険者でいられなくなってしまうのではないかと言う恐怖、冒険者以外何が出来るのかという絶望が今の私を動かしていた。ダンジョンが苦手等と言っている場合ではない。
私は急ぎ足で東門へと向かうのだった。
鉱山への道は本当に真っすぐだった、それもかなり近くにあり思ったよりも距離がなくて肩透かしを受けてしまう程だ。しかし鉱山のトンネルへの道は圧力を感じる程かなり大きく作られており、鉱石を運び出す人たちの横を軽々と通り抜けられるほどだった。
中へ入って100メートルほどだろうか、通路の真ん中それはあった。入り口は歪なのに中は精工に整えられた石のような素材で出来た通路が伸びており、その先には頑強そうな扉が行くモノ来るモノを阻むように建てられている、そしてその前には番兵が数人その入り口を守るように立っていた。
「ん?お嬢ちゃんも冒険者か?」
その言葉にコクリと頷くと慣れた動きで通路を開けてくれた。
「1人は危険だと思うがまぁ気を付けてな」
横に動かす形の扉を開けてくれると番兵の男は何時もの事のように軽くそう呟いた。冒険者というのは頑固なものだと既に注意するのも諦めてしまったのだろう、既に興味もないようだ。たしかに私も同じ冒険者から言われても止まる事が出来ないと思う。
私は扉を潜り抜けて中に入る、不思議な明るさが通路を照らしており下手な家屋の通路より断然に明るい、その明るさが逆に不気味さを出しており私の足を竦み上がらせている。
(・・・静か、だな)
意を決して進んでみるが中は完全に静まり返っており私の靴が奏でる音以外は特に聞こえない。かなりの人気であると前情報を受けてた場所にも関わらず、誰かの喋り声や戦っている音などは些かも聞こえてはこなかった。
これが怖いのだ、育ての親に前に一度こことは違うダンジョンへ連れてきてもらった事はあるが、ダンジョンはかなりの人数がそこを攻略しようと挑んでいるはずなのにまったくと言っていいほど出会わない、前に行ったダンジョンも片手でも足りる程のパーティにしか出会う事はなかった。
理屈じゃない怖さがここにはある。まるで何者かがここに入る者で遊んでいるかのような、得体のしれない力がこちらを試しているようなそんな気がしてならないのだ。
口が乾いていくような、息が吸いづらいような不安を受けてしまう、無駄に辺りを見回したりして緊張を緩和してようとするが上手く解くことはできなかった。
進んで行った先で不意にか細い音が刻みよい音で聞こえてくる。
私は剣を抜くと正面に構えその音がする方を注視する、うねる様な通路の先から現れたのは人間じゃなかった、私より少し背が低いくらいの白っぽい毛むくじゃらの二足歩行の人型の犬、コボルトだ。
胡乱(うろん)だ瞳は私を映しておらず、どこか生き物であるという事を忘れてしまうような濁った光を放っていた。
コボルトは私を認識したのか一直線に私へと向かってくる、思った以上に速いその動きは少しばかり私の反応を遅らせてしまう。コボルトが跳躍と共に振りかぶる右腕の動きに私は合わすことが出来ず転ぶように横へと移動した、毛むくじゃらの背中はそのまま通りすぎたかと思ったらピタリと止まり、のろい動きで私の方へと振り返ってくる、そのなんとも言えない恐怖にゾクリとした。
右肩に痛みを感じる、どうやら避ける時に爪で引掻かれてしまったようだ、ジクジクとする痛みにどれほどの傷を付けられたかわからなかったが、皮鎧の肩当が裂けてるのを見ればどれほどの鋭利さかは想像に難くなかった。
私が上体を起こすのと同時にコボルトは私へ目掛けて走ってくる、先手を取らすまいとして私は急いで起き上がり走り出した。コボルトはその動きが予想外だったのかバランスを崩しながらまたも同じく右腕を振るって攻撃してきた、私はその動きに今度こそはと合わして剣を振るい、コボルトの手首目掛けて逆袈裟斬りにてその腕を切り払った。
私の腕力では切り捨てるには至らず少々深く斬りつける程度ではあったものの、傷さえ与えれば毒にて相手の動きを奪える、時間さえ掛ければ勝てるという思いが私の動きを鈍らせた。
追撃として放たれたコボルトの左腕が無造作に下から私の身体を裂こう薙いでくる、変に硬直してしまった私の身体は反射的にビクリと動いてしまった所為で避ける動作が間に合わずその先にある爪を避ける事ができなかった。放たれた爪の一撃は私の右太ももを皮鎧ごと深く傷つけ私の動きを奪ってしまう。
「ぐっ、うう!」
食いしばっても口から洩れる痛みの絶叫が次のコボルトの動きを誘発する、もう一度と左腕を振り上げる姿が視界に映った。ゾクリと背中に悪寒が走り私はがむしゃらに剣でコボルトの顔を突き上げた。しかし突き上げようと力を入れた右足は思ったように踏ん張れずガクリと姿勢を崩してしまう。
しかしそれが功を奏したのか、前のめりに力が流れた剣はコボルトの胸元へと向かい、ついでに転びそうになった身体のバランスを取る為に掴んだコボルトの右腕を引き寄せた事により、コボルトの心臓部へと深く深く驚く程すんなりと剣は刺さっていった。
コボルトの身体は一度大きく跳ね上がった後ピクリとも動かなくなり、ズルリと剣から抜け後ろへ倒れていった。今だ恐怖や興奮などの所為で状況を掴めていない私は剣をコボルトの方へと構えたまま荒い息を整えるようにその場に立ち尽くしていた。
血を噴出させ倒れているコボルトの身体は次の瞬間ドロリと溶けて黒い塊となり石造りの通路に溶けてき消えた、その真ん中に小さな結晶1つを残して。
―やはり生き物の死に方じゃない。
ダンジョンでの死は魔物も人間も同じく消える、自分も同じように死んだらこうなるかと思うと気持ちが悪い。
ダンジョンで魔物を倒せば死体は残らない、しかしこのコボルトと同じように結晶、魔石が残る。
この大きさがどれほどの値がつくかわからないがこれが報酬なのだと思うと少しほっとする、私が魔石を拾いあげ、その場に座り込んだ。
「一匹でこれか、つらい」
乱れた呼吸を直しながら私は腰につけた袋から布を探す、今にも血が出て通路に染みを作っている足の傷を覆う為だ、このまま失血死なんてなりたくはない。
布をゴソゴソと探していると、ひやりと私の背中が冷えるのを感じ、私はその手を止めた。
気付いたというよりも直感に近いそれを感じた私は、恐る恐る後ろを振り向く。
目と鼻の先に居たのはゴブリンだった。