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冒険者でいたい

 肉、それは最強の食材だ。

 焼けた匂いが鼻孔を擽り、お腹を刺激する。そのおいしそうな香りに涎が溢れ早く食べろとお腹がクルクルと鳴き出してしまうほどだ。

 テーブルマナーなんて知る者の少ない冒険者の為既に小さく切られている肉が私の口に丁度良い大きさになっていてとても食べやすそうだ、断面から見える赤色が更に食欲をそそる。

 私はフォークを突き刺した。刺した瞬間溢れる汁がなんとも言えない感動をくれる、まさに今から肉を食べるのだという現実を私に教えてくれている。

 口に入れればそれはまさに至福、噛めば濃厚とも言える肉の味が甘い脂と共に口に広がっていく。味を引き立たせる為の調味料が少し辛くて私の舌をさらに喜ばせてくれる、さすが銅板2枚の味だ。

 肉を食べてゴテゴテした口にワインを一口注ぐ、赤色の液体は酸味が強く濃い私の口の中をサラリと綺麗に拭っていってくれる。今私はとても幸せだ。


「あ~幸せ」


 何年ぶりかのお肉は私を満たしてくれて最近の疲れや苛立ちなんかを全て洗い流してくれるかのようだ。


「楽しんでくれて何よりです」


 私の楽しみっぷりをニコニコと笑って見ているカイゼル。勿論彼を無視しているわけではないがあまりの食の嬉しさに集中する為優先度が下がってしまうのは仕方がない、許してほしい。

 私にもう少し弓の才能があれば自分で獲るのも良いのだが私の腕前と言えばその辺の子供よりは上手くらいなお粗末なものでとても日々の食事の為に使えるとはお世辞にも言えない。下手したら数日獲物ナシという本当に人生が詰んでしまいそうになることは間違いない。


「しかし、そんなになるほど生活は厳しいんですか?」


 少々苦笑いに近い顔で問いてくる彼に難しい顔を返す。


「まぁE級だけど実力的にはF級だから。その日暮らしする分には今は問題ないが生活豊ではないな」

「冒険者、やめようとは思わないので?」

「思わないな」


 それだけは即決で答える私に、驚いた表情で固まるカイゼル。

 私はこれ以外の生き方なんて知らないし、誰かの庇護下で生きたいとも思えない。どうにも立ち行かなくなって結果落ちてしまうとしても、それはそれで仕方がない底辺冒険者の末路というものだろう。

 だけどそれが確定してしまうまでは冒険者として生きていたいと思う、才能がないと笑われても後ろ指さされても、私が持ってる記憶がそれ以外何もないのだから。


「生まれてからこれしか生き方を知らない、これ以外選択肢をもっちゃいない」

「そう、ですか」

「カイゼルは何故冒険者に?」


 元々彼の話を聞く事が条件で食事を奢ってもらっている為話題を振ってみる。すると彼は悩んでいるようななんとも言えない悲しそうな顔で「最初は趣味で」と言うと彼はエールをグッと呷った。


「遊びのような気持で最初はいたんですけどまぁ何かとすることにウルサイ家でしてね、反抗心というか・・・自尊心と言いますか自分ならやっていける!と挑戦気味に家を飛び出して冒険者になったんです」


 最初は1人でやっていくと思っていたらあっさり小さな魔物にやられてしまい、いきなり挫折しかけた事、一人二人と仲間が増えて、大きな魔物も狩れるようになってくるとまた自信がついてその度に高い鼻を折られながらもC級に達した事、更に名を上げるためにこの地に来た事を滔々と聞かせてくれる。


「しかし最近はどうも家の事が気になってまた少し冒険者としても気構えが崩れてしまってる気がしますね・・・お恥ずかしい事ではあるのですが」

「そんな事ないと思う」

「・・・そうですか?」


 照れ笑いをするカイゼルに私は首を振る。


「覚悟とは言ってもすっきりしたでもない別れ方ならそんなものじゃないか?私は育ての親である師匠以外そう言った存在を持ってはいないが、もしいるならそう言った縁というのは大事にしたほうが良いとその師匠からは聞いている、気になるなら一区切りしたら会ってみてもいいんじゃないのか」


 少し酔いが回っているのか、思った以上にするする口が動く。私ならこんな赤の他人にそこまで言われたくないとわかりつつもクドい言葉を言ってしまう。彼が喋る事に愛想よくしておけば良い事なのにこう言う事をいってしまうあたり、私という人間が人付き合いが苦手だと切に語っているというものだ。


「そう、ですか。そうですね、それもありかもしれません」


 表情もなく思いふけるように遠くを見るその視線に少しやってしまったと言う気分だ。気まずい空気が流れてしまう、それを取り繕う言葉も見つからない私は現実逃避気味に食へと気を向けた。


「あ、飲み物おかわりしますか?すいません!ワイン1つ!」


 いやいいと言う前に注文を入れられてしまった私の前に新たなワインが置かれている、なみなみと入っているその液体が私にとても飲んでほしそうだった。私は仕方なしにその赤い液体を呷っていく、決して飲みたいだけではない、仕方なしなのだ。

 酸味のある果物の香りが私にもっと飲めと言っている。何故か液体は減っていかないのだった。




「はー、おいしー」

「ワインおいしいですか?」


 コクコクと頷きながら飲んでも飲んでも新しく注文してくれるカイゼルのお誘いに断れず私はどんどん飲み続ける。身体の中はポッカポカだ、今日は気持ちよく眠れそうだ。


「エリスさん?」

「んー、なんだ?」

「もしエリスさんが良ければなんですが私のパーティに来ませんか?」


 少し酔いの醒める誘いだった。E級の私を誘う意味もわからなかったし、そう言うのを除いても私が何か役に立てるわけでもない、確実に足手まといだろう。


「・・・・・すまん、私じゃ役に立たない」

「あ、いや!すみません、いきなりなんて重いですよね、ただ役に立つか立たないかは試してみないとわからないと思いますし、もしも1人で続けるのは難しければ是非僕を訪ねてきてください、と言いたかっただけなんです」

「全然君に特のある人材じゃないと思うが・・・そうだな、もしどうにも立ち行かなくなったら雑用でもなんでもいいから雇ってもらうとするかな」


 縁は大事にしろと育ての親も言っていた、もしかしたらこれも縁なのかもしれないと私は深く頷くと、カイゼルは嬉しそうに笑っていた。良い人だなぁと思い私も釣られて笑った。


「さて、こんなに奢ってもらうつもりはなかったんだけど、すまん、ご馳走様でした」

「あ、いえいえ!僕も喋ることができて楽しかったです」


 片手を上げながら立とうとするとやはり飲みすぎてるようで身体が少し傾くような感覚を受ける。調子に乗りすぎたようだ。


「大丈夫ですか?送っていきましょうか?」

「いやいい、大丈夫だ」


 なんてどこでも聞ける酔っ払いの台詞を言ってしまう、それほど面白いわけでもないのに笑えてしまうくらいに今は頭の中が幸福で変な状態だ。私は転ばないように宿へと戻るのだった。






「はぁ~身体あっつい」


 部屋のベッドに寝転がるとあまりの暑さに服を脱いだ。夜の涼しさがとても心地よい。

 酔った頭で少し思いふける、ここでも仕事が無くなってしまったらどうしたら良いのかと不安で少し気分が落ち込んでしまう。育ての親から離れて2年、上手くいかない冒険者としても生き様・・・すでに貯めてたお金もかなり減ってしまって、そのうち立ち行かなくなってしまうことは目に見えている。

 冒険者として冒険者の仕事をしたいと思っているが、前々から思っていたもしかしたら本当に冒険者じゃいられなくなるかもな、という気持ちが今日また再燃してしまった。


「・・・・・・・強くなりたいな」


 浮上できない気持ちをポツリと出して、私はそのまま眠りについた。

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