町村での拠点・蜂蜜亭
組合から左手に沿って歩いているとスプーンの絵が描かれた看板を発見した、どうやらここが蜂蜜亭のようだ。
私が二人分ほどの少し大きめの扉を開けると、ギィッと不快な錆びた金属音が鳴り響く。まるで私の入店を中に居る人たちへ知らせているみたいだ。
少し暗めの店内を見渡すと、受付嬢が言っていた事で想像していたよりもそこは汚くはなかった。食事処が主業だからだろうか?どちらかと言うと傷だらけの皮鎧を着ている私の方がどう考えても汚かった。
汚れた格好の私を見たからだろうか、店主らしき強面の眼帯を付けた中年男が私をギロリと睨み付けてきた。
「組合から紹介されて来た、数日泊まらせてもらう。朝夜飯付きで」
そう告げるとその男からの突き刺さるような視線は幾分か収まりを見せた。
「そうかい、札をよこしな」
「わかった」
「部屋は二階の左から4番だ、右側の部屋には入んじゃねぇぞ、あとトイレはここの奥手に扉が見えるだろ?そこ入って左だ、次の飯出しは日暮れ時からだ、後は好きにしな」
簡単な説明を受けた私はコクリと頷いてすぐ脇にある階段を上った。
上った先には複数個の部屋に繋がるドアが両側に見えるが私は間違いなく左の4番目のドアを開けて中に入る。中は言うならばがらんどうだ、ベッド以外は窓と蠟燭立て用の小さな台以外何もない。
とりあえずで荷物をベッドの脇に置くと皮鎧を脱ぎ捨てる。正直特定の仕事をする以外はこの鎧というのは着けておきたいものではない、重いし、何より圧迫されて息が苦しいのだ。
鎧を脱ぎ捨てると解放感に浸りながら深呼吸をする。
刹那の時間を楽しむとすぐに荷物から罠を取り出し部屋の前へと仕掛け始める。冒険者にとっての敵は1番に依頼がなくなること、そしてその次は同じ冒険者である。留守の間や眠っている間に忍び込まれて翌朝、無一文で奴隷になってた、なんて酷い話になることもある・・・と育ての親は言っていた。
女の場合はさらにひどい事もあるらしい、私のような痩せぎすで可愛げのない女には過剰反応ではあるものの、そんな下らない事で純潔を散らされても何かもったいない気分になってしまうので、その辺も一応対処しておかなければならない。
ドアを固定するための閂部分に細い縄で引っかけ罠を作る、開けたら作動する単純な罠だ。
単純だと解除されてしまう可能性も出てくるがそれで良いのだ、私警戒してますよ!というフリこそが大切なのである。気づかず掛かれば逆に身ぐるみ剥いでお金になるし、解除してまで入ろうとするやつはどこまで警戒しても私程度では焼け石に水だ。
もっともそこまでしてこんな安宿の罠がある部屋に、わざわざ入ろうとする猛者が存在するともあまり思えないが。
適度に罠を拵えて、私が出入りできるくらいのゆとりを作ったら今日できる事を済ませる為に、布と変わりの服をもって外に出る。いくら女を投げ捨てるような生活をしていてもやはり数日身体を洗っていないのはとても気になってしまう、それにこの後の予定の為でもあるのだ。
一階に降りると食堂の方に顔を出す、するとこの店は食事処としては人気あるのか軽食しかない時間だというのに数人テーブルに座っているのが確認できる。
そんな中で私が来た事を知った店主はこちらを視認すると目を真ん丸にして間の抜けた顔でじっと見てくる。
「少し身体を洗いたい、水を使っていい場所を借りたい」
「・・・ああ、外出て右からぐるっと回れば井戸がある、そこなら別に良い・・・衝立はないけどな」
頷くとすぐに私は言われた場所にやってくる。たしかにその場には井戸と少し背の低い木が1つ生えているだけで身を隠せそうな場所はその木くらいなものだった。
私はその木の枝に布を掛ける、これでなんとか通りからは見えないようにできるだろう。別に見られたとしてもお金を取れるような肉付きの良い身体をしているわけでもない為過剰反応だとは理解しているが、これは言わば淑女の嗜みというやつなのだ、なんてな。
木の根元に替えの服を置いて用意が終われば服を脱ぎ捨てる、一塊にして下着も一緒に適当に脱いでいく。
何も着けない解放感がとても気持ち良いが、早くしないとすぐ寒さにやられて風邪をひいてしまうだろう。
大きく息を吸い込んだ私は少しの間集中する、自分の身体を抱くように手で覆うと洗浄魔法を使用した。
【アクア・ウォッシュ】
そう呟いた瞬間、グッと身体の中から力が抜ける感覚を受けながら手先から生まれた冷たくも温かくもない清めの水が私の身体に薄い膜のように広がり汚れを落としていく。手も足も身体も顔も髪ですらこの呪文一つで湯で磨き上げたかのようにピカピカになるのだ。
自慢ではないが私はこの呪文を3回まで使用することが出来る!3回目を使用すると体内のマナが枯渇して気を失ってしまうが1日二回も使えれば服と自分を洗う事は出来る、1つ残念な事は使用するとズブ濡れになってしまうので乾くまで替わりの服を用意しないといけない事だろうか・・・下着?節約だ。
何故かは知らないが下着は高い、身体全体を覆う布服と下着上下どちらが高いかと言うと圧倒的に下着が高い、何故だ。
「・・・・・邪魔、なんだよなぁ」
無駄に膨れてきた胸部を見下げる、女性であれば嬉しいとは言うものの、冒険者にとっては邪魔でしかない。変な重心が生まれるし、鎧で圧迫されるので普通に苦しい。
しかも最近妙に成長されてしまっているお陰様できっとそのうち新しく下着を拵えないといけなくなるだろう・・・無駄な出費だ。無いと滅茶苦茶痛いので仕方ないわけだが。
昔長い布でグルグルーっと巻いたらいいんじゃない?って思って試したら戦闘中にズレて死にかけた事があったので今はもう試そうという気分すら起きない、女というのは面倒な身体である。
溜息をつきながら私は木に隠れながら木の枝に掛けてた布を引ったくり身体を拭いていく。
十分に水気を拭き取ったら下に置いている替えの服に手足を通して前のボタンを留めていく、少々擦れてチクチクするが問題ない。
身体を拭いてビショビショになった布と一塊の汚れ物を纏めてしまいそのまま先ほどと同じように洗浄魔法を使用した。血の気が去ったかのようにクラリと意識が飛びかけるが足腰に力を入れてがんばって耐えると、グショグショになった洗濯物を絞り絞って水気を切っていく。
明日までに乾いてもらわないと大変なので乾かす為に、一度部屋に戻ることにした。
蜂蜜亭の中へと戻ってくると店主がジロジロとこっちを見てくる。
なにか気になる事でもあるのだろうか、私を探るような目つきは少々不快だ。
「なに?」
「いや・・・ところで、手に持った汚れもん洗っておくか?もちろん金は取るが」
「もう洗った、今から干すところ」
「お早いことで、部屋の中で干すなよ?カビが生える」
困った、部屋干しを禁止されてしまった。
どこで乾かそうかと、悩んでいると銅貨1枚で干してくれると店主が言う。こんな事でお金が消費されるのは痛い事だが乾かなければ明日の予定に支障をきたすので仕方なく頼んでおいた。
「わかった、乾いたらどうする?下女に部屋まで持っていかせるか?」
「明日の朝受け取る、部屋に持ってきてもらう必要はない」
「わかった」
下手に罠が作動してもあれなので受け取りに行くと告げると、私は笊に洗濯物を突っ込んで踵を返して蜂蜜亭を後にした。
日暮れまでもうそれほど時間はない、貧乏暇なしで商業組合の建物へと足を運んだ。
私は3度も使える!(ドヤァ
普通は20回以上使えます。