森の中と馬車
夜の帳で何も見えない中、もらった外套で寒さを凌ぎつつ私は南へと抜けていく。
向かう先は遺跡があるという村だ、そこで運が良ければボウマン達の再開できるだろうという一縷の望みをもったまま、私は向かう。
逃げた事に罪悪感がないわけじゃない。借りたままでいる事に戸惑いもある。
でももう耐えられない、私の住んでる世界じゃないんだ。だから出会う事ができたら真摯に謝り許してもらおうと思う、もし許されなかったら・・・・・。
私は星を見ながら南へ向かう。地図なんて高尚なものを持ってない私は聞いた噂を頼りにするしか道はない。山道があればそれに沿って移動するしかないのだ。
普通に考えれば今の行動は自殺行為だ、野宿する道具もなければ武器も短剣一本だけ、さらに言えば食料も外套に取り付けられていたおやつ程度の干し肉が少量と水筒だけだ。
でも後悔はしていない。あの場にいるより野垂れ死にの方がましだと私は思ったのだ。身勝手な事だというのはわかっている。でも私はこちらを選んだのだ。
静かな森の音を聞き分けながら私はさらに先へと進む。
夜の森は怖い、昼間と比べたらそれは段違いと呼ばれるくらいに恐ろしいところへと変貌する。
それに町の周辺を越えて奥へと進むのだ、その危険度はE級なんて立ち入る考えにも至らないほどに危険だと言える。今の私の頭の中には退却の二文字はなく、前へと進むしか道はない。恐ろしい物に出会わない様に気を付けて歩いていくしかなかった。
一体どれほどの時間を歩いただろうか。森は深くなり、もうすでに夜の明かりだけでは周りを見渡す事が出来ないほどだ。松明すら持たない私には既に一寸先は完全な闇となっている、暗闇に恐怖を抱く人間にとって次の一歩を踏み出す事は出来ないのだった。
私はそれ以上の踏破を諦め、野宿することにした。暖を取る為にも、たき火をしたいが火打石すらもたない私には火を灯す事すらできない。
真っ暗闇の中外套の中で肩を抱いて丸くなる、不意な魔物との遭遇を回避するため隠れながらの睡眠となる。動かなければその分身体は冷えて震えが出てくるが、私はそれを押さえつけながら、雑多な森の音を聞き分けるように目を瞑る。
私の周りのすぐそばで、何かが通り抜ける音が聞こえたり、遠くて狼の鳴き声が轟いたり、近くでゴブリンの鳴き声が聞こえたりで神経を擦り減らす夜が続いた。
私には今隠れる以外の対抗策はないのだ。
夜は怖い、恐ろしい化け物ほど夜を行く。魔族と呼ばれる者達も、魔物と呼ばれる者達も、そして私が恐れる黒と金のゴブリン達でさえも。それは私だけじゃない、他の人たちだって同じ事だ、だからデュカリオンを崇める者は多い、陰る事のない太陽と呼ばれて勇者に安心を縋るのだ。
私は目を瞑りながらデュカリオンを思い描いた。
デュカリオン、太陽の勇者。
世界が終わりを迎えた年と呼ばれていた時代に、突如現れた心優しき勇者。
大昔神様がこの世界に飽きてしまって、世界をやり直そうと放った108体の大魔王に他の勇者を率いて、人間を守りたもうた最強の勇者。闇夜すら打消し陰ること事無く光輝くその姿は絶望の淵に居た人間達に、明日の希望を灯した勇者。数多の大魔王と配下を破り、人々が眠れるように国を作りその生涯を救世に費やした真なる勇者と言われた勇者。
誰でも知ってる昔話で、私も子供の頃に父から聞いた。そんな物語の主人公に私が重なるか?まったく重ならない。ボウマンがどんな気持ちで私を使ったのかはわからない、セレスは何か知っていたみたいだが、そんなことの為に人が死ぬなんて、怖すぎる。この国の情勢?王族の面目?規模が大きすぎてもう私にはついていけないんだ。
うつらうつらと眠気が緊張に勝り始めた頃、辺りはとても静かでまるで音の発生源が全て消えたかのようだった。怒涛の1日に疲れ果てた私は、それを気にすることなく眠りに落ちていったのだった。
翌朝、目覚めた私は眠気眼のまま歩きはじめる、馬車もつかわず一人身の行進は早めに終わらせるに限るのだ、ただでさえ食料は少なくあと何日も持つものではない。
干し肉を齧りつつ私は歩き続ける。
太陽が真上に近くなるほどの時間を歩いていると、森を一度抜けて、何かが通ったような道が出来ている場所に私は到達した。
緩やかな傾斜が見てわかる程に真っすぐな長い道となった森道だった。
人が何度も通った事で出来上がった森道を私はなぞるように歩いていく。
道があるという事はその先には人に繋がる何かがあるはずなのだ、村や町や人が溜まる何かが。
何もかもが足りない私は望みをもってその道を進んで行くのだった。
そして飲み水が全てなくなった頃には、浅はかだった事を思い知らされる。
まったく道が途切れる事はなく、先の見えないものだった。そう言えば遺跡の村が南の方に一体どれくらい行けばあるとか聞いてなかった事を思い出して、少し足がフラついてしまう。
フラフラと歩きながら私は思慮の足りない人間だなと自嘲気味に笑って、前へと進む。もう動きがゾンビのそれだ、すでに思考も落ちてきているのもまったくもって一緒だった。
水が欲しいとかお腹が空いたとかも考えられず、只々反射的に歩いているだけだった私に突如横から声が掛けられた。
「そこの旅人、大丈夫かい?フラッフラだけど」
声を掛けられた私は立ち止まり、振り向きざまに膝が崩れ落ちて尻餅をついてしまう。
「お、おお?大丈夫?なんか死にそうに見えるけど」
声の主は馬車の上から心配そうにこちらを見ていた。
「・・・・・すみません、食料と水を分けて頂けないでしょうか」
豪華な造りの馬車に乗った、裕福そうな青年に私は図々しくもそんな事をお願いする。水も食料も旅では貴重だ、誰彼構わずタダで恵んであげる人間なんて存在はしない。
しかし喉とお腹が逼迫している私は、出来る限り恵んでいただけるように習った敬語でお願いする、打算も欲望も入ったその言葉に男が了承の意を告げると私は、はしたなくも両手を振り上げ喜ぶのだった。
「ありがとうございます」
「いやいや、困ったときはお互い様だから」
青年は馬車を道端に止めて食事を提供してくれた。
用意してくれた食料はとても豪華だった。
どうやって保存してたのかはわからないが、暖かなトロリとした白い液体に浸った肉と野菜のスープと、驚く程柔らかい白いパンをご馳走してもらった。ほかほかの湯気と美味しそうな香りが食欲をそそる。
町で頼めば銀貨を超える値段になりそうなそれを私は一瞬躊躇した。だが食欲に勝てるはずもなく、頭で考えている事とは裏腹に、私の身体は既にそれを食べ始めていたのだった。
「美味しいかい?」
そう聞いてくれるが、食べる手を止める事のできない私は頷くだけしかできず、口と手はずっと動きっぱなしだった。
「急いで食べなくても誰も取り上げないよ、ほら、これ飲んで」
そう手渡された飲み物も、とても高価そうなものだった。黄色い液体がなみなみと注がれたコップを受け取ると、私はゆっくりと飲んでいく。とても甘い冷たい飲み物だった。極上の甘さは私が飲んだものの中には1つもなくて、あまりの美味しさに身震いすら起きたほどだった。
「おかわりしてくれてもいいからね」
私の前には神が居た。
食べに食べて飲みに飲んでしまった。
スープは3度もおかわりしたし、飲み物も2回してしまった。
冷静になった私は少し後悔してしまう、そんな高価そうな食事をもらったのだ、総額いくらなんて想像できない。何年かタダ働きしなければいけないほどの金額だろうことは私でも理解できる。
「すごい食べっぷりだったね、見てて楽しかったよ」
「あ・・・あの、すみません・・・その、私お金持っていなくて」
そう言って謝る私に男は手を振って気にしないでいいと言ってくれた。
それほど元手が掛かっていない事や、まだ十二分に食料が残っている事から、なんとタダで良いと言ってくれたのだった。
しかしタダというのは少し怖い。
「あはは、疑わなくても何も企んでないよ」
「す、すみません・・・」
「まぁ少し下心はあるかな?なんてねははは」
「はぁ・・・」
上心はないのだろうか?それともなんかの比喩表現だろうか。
日常的に使わない言葉とか言われると途端にわからなくなってしまう自分の学の無さが物悲しい。
「さ、それは良いとして、君はどこに行こうとしてたんだい?」
「えっと・・・遺跡が見つかった村まで」
「えっ」
「え?」
「い、いや・・・・ここから馬車で5日の場所だよ?歩いていこうと思ってたの?その恰好で?」
「うぐ・・・」
なんて遠さだ、あまりの遠さに正気を疑われてしまった。
「ははは、面白いね。村まで一緒に行く?」
驚愕してしまったのがバレたのか、青年はそう軽く言ってくれる。私はどう答えたらいいかわからず逡巡してしまった。
「勿論食事もちゃんと提供するよ」
「あ、い、いや・・・そうじゃなくて、なんでそこまでしてくれるんですか?」
「綺麗なお嬢さんと二人きりの旅とか滅茶苦茶楽しいじゃないか、食事はその対価」
「は?」
「寂しい寂しい男の一人旅に潤いを与えてくれるお嬢さん、私と一緒にちょっとそこまで旅しましょ?」
「はぁ・・・、いやこちらとしても願ったり叶ったりで・・・」
そんな言葉で濁す青年の言葉の裏が読めない。いや只の親切なのかもしれないが、私には断る事なんて出来はしない。
とかなんとか言っちゃって、お世辞でも綺麗だなんて男に言われたのは初めてでちょっと嬉しくなっただけだったり。そんな世辞に正直に嬉しいとか言って冷められたりしても悲しいし、突き放すのもなんかお高く留まってるようで馬鹿みたいなので、普通にありがたいとだけ伝える事にしただけだった。
「僕の名は・・・ティットって呼んでくれると嬉しい」
「私は、エ・・・と、リンティ、アで」
「了解、リンティア。ちょっとの間よろしくね」
自分の名前を告げる事でさえフラフラしてしまう。エリスと言うべきかリンティアと偽名で行くべきか、悩んでしまった私は、咄嗟にリンティアで通してしまう。
ティットは、そんな事お構いなしに握手を求めてくる。
ティットはどうやらこの名前に疑問を持たなかったようだ、ホッと安心して私は手を握り返した。
こうして私はティットと5日という長くもあり、短い旅に同伴するのだった。




