【番外編】 キビキタクエスト【クリスマスの思い出】
2013.12.24&25の活動報告に投稿していたクリスマスおまけ小話。
先生が大学生の頃のお話。
「うー、さっぶ」
マフラーを巻きジャケットのポケットに手を突っ込み、俺は夜中のコンビニに向かっていた。
今夜はクリスマスイブだ。世間では恋人や家族、友人とのパーティーで盛り上がっているようだが、大学の卒業論文提出間際な俺には関係ない。っつーか、サークルだの卒論だの自分の事ばかりに気を取られ過ぎて、彼女に愛想をつかされたばかりだ。
人通りが無い道を白い息を吐きつつ歩いていると、道端に誰かが倒れているのが見えた。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ると、赤い服を着た恰幅の良いおっさんがべそをかいていた。
「うわーん、ソリから落ちたよぉ……」
ソリ? ああ、これサンタのコスプレか。
おっさん、パーティー帰り何かか。
「歩けますか?」
脇に手を入れ起き上がらせようとしたが、おっさんは動かない。もしかしたら、転んだ拍子に頭や腰を強打しているのかもしれない。
「救急車呼びますんで、待っていてください」
携帯を開いてボタンを押していると、がしっとおっさんがすがり付いてきた。
「お腹が空いて力がでない……」
子供か。
「はふっ、ほふっ、あったかうまい、生き返る!」
おっさんは肉まんピザまんあんまんをぺろりと食い終え、ごっごっごっと缶コーヒーを一気飲みすると満足げに腹をさすった。
「ありがとねー兄さん。おかげでワシ、元気100倍!」
おっさんはさっきまでのヘタレっぷりが嘘のように跳ね起きると、片手をこめかみにスチャッとあてながらウィンクしてきた。
「よぉーしっ、お礼にサンタさん特別プレゼントあげちゃうゾ☆
欲しいものを言ってごらん?」
急にハイテンションになったおっさんが目をきらきらさせて俺を見てくる。
あまり関わらない方がいい人種だったようだ。
「いや、俺時間無いんで」
とりあえず元気にはなったようなので、俺はいそいそとその場を去ろうとした。が、
「だーめ☆ プレゼント決めてから、でしょ?」
おっさんがジャケットの裾を掴んで離してくれない。
あー、変なのに捕まった。
「じゃあ彼女、可愛い彼女お願いします!」
下手に品物を頼むとますます面倒なことになりそうだったため、俺は実現不可能な事を言ってやった。
「ほっほーう、兄さん寂しいクリスマスなんだねえ……」
……そんな目で俺を見るな。
納得してくれたのかパッと手が離れたので、俺はその場をそそくさと離れた。
しゃんしゃんしゃん……
どこからか鈴の音が聞こえたような気もするが、幻聴だ。
結局明け方まで卒論に取りかかっていた俺は、いつの間にか眠っていたらしい。
起きたら知らない世界にいた。
……なんだここは。
いつものボロアパートじゃなく、何処か全く知らない部屋のベッドに寝ている。
起き上がると、薪が爆ぜる音と共に小さな暖炉が目に入った。辺りを見回すと木製の壁には知らない言葉で書かれた布製のタペストリーがかかっている。
ポン!
突然の機械音と共に、俺の目の前にウィンドウが現れた。
『吉備北幸助 LV.1
HP:50 MP:5 体力S 武力A 知力C 交渉B
装備:たびびとのふく 武器:ひのきのぼう』
……これはアレか。
俺はゲームの世界にでも迷い込んでしまったのか。
実を言えば、異世界に飛ぶのは初めてじゃない。以前、友人の藤岡と共に別の世界へ飛び、逃げる人々を手助けしたり襲ってきた敵兵と戦った事がある。
そのためか、自分でも意外な程冷静に現状を受け入れている。
さて。
目の前に出ている自身のパラメータを腕組みして眺め、考える。
これらの能力値を見る限り、つまりは敵が出てくるゲームという事だ。一応教師を目指しているので知力Cという評価に腹が立つが、まあそこは目を瞑る。
それよりも、これからスライムだのゾンビだの飛竜種だのを相手に、思いっきり暴れることになるのだ!
正直、血が滾る。
俺はわくわくしながら服を着込み、置いてあった荷物とひのきの棒を手にすると、張り切って扉を開けた。
宿を出るとそこは雪国だった。
「うおっ、すげえっ」
日頃あまり積雪のない地域に住んでいるため、この景色は新鮮だ。
俺は真っ白な雪原の中、きょろきょろと辺りを見渡しながら雪かき済みの道を歩いた。
さあ来いモンスター、いつでも戦闘OKだ!
ジャジャーン!
けたたましい登場音と共に、誰かがザッ! と目の前に飛び出してきた。
俺はひのきの棒を構えると頭上高く振り上げ――、
「にゃーん」
出てきたのは猫だった。
いや、猫のコスプレをしたショッキングピンクヘアの若い女だった。猫耳にピンクの肉球がついた白い手足からは鋭い鉄製の爪が飛び出ている。身体はこのクソ寒い中、長い尻尾の付いた白ビキニだ。
「うちはにゃんにゃん拳の武闘家だにゃん♪
ゆーしゃたん、いっしょにおともさせてほしいにゃんっ」
ああ、俺一応勇者設定なのか。
「服着て出直してこい」
極寒の中、ぼつぼつと鳥肌立てながら黄色い鼻水を垂らし、腰がカクカク震えているビキニ系女子。
まったくもってエロくない。
「あにゃ? ゆーしゃたんは、ネコがお好きじゃないにゃ?」
言った後で、「ぶえっくしょーい!」と盛大なくしゃみをし、ネコ女は俺の顔に盛大に唾と鼻水を飛ばしてきた。
「帰れ」
追い払う仕草をすると「フー!」とか言いながら女は雪原に走って消えていった。
――今のは仲間イベントだったのだろうか。
よく分からないまま、再び俺は歩き出した。しばらく行くと、ゼリーみたいな小さなスライムの集団がのろのろと道を横切っていた。もしや、と棒の先でつついてみると、「きゅう?」「きゅぅ……」と驚きと悲しみの声をあげながら、あっけなく全滅した。
♪パパパパッパッパッパーン!
華々しいファンファーレ音と共にウィンドウが飛び出し、俺のレベルが2になったことを告げる。
後味が悪過ぎる。
「きゃーっ、さすがゆーしゃたんですぴょんっ、おつよいですぴょーん♪」
目の前に、再びさっきのピンク頭が飛び出してきて跳ねた。
今度はネコじゃなく黒いウサギの耳と尻尾だ。材質がもこもこになり多少面積は増えたものの、やはり胸と尻以外を隠す気はないらしい。
「うちはあそびにんだぴょん♪ ゆーしゃたん、いっしょ、に、イイイ……コト、し、て、あそぼ……だ、だ、ぴょん……うう」
飛び跳ねながらやってきたものの、ウサギは脂汗をかきながら腹を押さえていた。
「おい、これ巻いとけ」
荷袋から毛糸の腹巻を出して押し付けると、
「こっ、こんなダサいものいらないぴょんっ! う、うちはあそびにんだし……っ」
語尾が弱弱しくなったかと思うと、「うが……っ」と呻いてウサギは腹を押さえ、丸くなった。
「大丈夫か?」
流石に心配になり肩に手を置くと、ぽっ、とウサギの顔が赤くなった。
「そ、そんな風にしてうちに手をだすつもりだぴょんっ」
「はあ!?」
「ふ、ふんっ、やさしくしなさいぴょんっ」
脂汗をかきつつも、んーっ、とウサギは目を閉じ唇を尖らせた。
「――野グソすんなら、もっと遠くでしてこい」
取り出した尻拭き用の紙束を出すと、ウサギに頬を引っ叩かれ、物凄い勢いで再び俺の前から姿を消した。
腹巻と紙束はしっかり奪っていきやがった。
「何なんだ、アイツは……」
その後に出くわした敵もたいした手応えがなく、気付けば俺はあっという間にレベル10になっていた。
おかしい。
どうやらこの世界はRPGらしいが、レベルというものは高くなるにつれそうそう簡単に上がらないはずだ。なのに、その辺の虫だの毛玉の塊をぽこっとやったたけでファンファーレが鳴り響く。凶悪なモンスターなど何処にもいない。
バランスがてんでなっていないのだ。
不満が残るものの、次の町に着いたので、俺はひとまず宿に一晩泊まることにした。
ベッドに横たわりうとうとしかけていると、トントン、と控えめなノック音がした。
「……はい」
目を擦って起き上がり、扉を開けて相手を見ると、例のピンク頭だった。
「ゆーしゃたん……うち、付いてきちゃったクマぁ」
うるうると上目使いで俺を見上げる彼女の格好は、クマ頭にベビードールだった。
ドアを閉めようとしてもぎぎぎ、と足を挟みこんできて閉じさせない。そのまま、抱きつくようにして床に押し倒された。
「うちのベーゼを受けるがいいクマー!!!!」
言うが早いか、クマピンクはドドドド! と素早く俺にキスをしようとしてくる。慌てて避けるものの、武闘家と言っていただけあって、意外と力がある。下手したら今日出会ったモンスターの中で一番強い。
「おい待てっ!」
俺は大声で動きを止めさせ、尋ねてみた。
「お前っ、何で俺にそんなに固執してんだよ……あと、その動物のコスプレは何なんだ!?」
「だ、だって……ゆーしゃたんが襲ってくんなきゃ、うち……ううっ、ひっく」
ピンク頭はうるうると目に涙を溜めて俺を見下ろした。
止めてくれ。
ピンク頭の話によると、ここは確かにゲームの世界だそうだ。ただし、俺が想像していたような本格RPGではなく、RPG風のエロゲらしい。
『1919! 4545! ゆーしゃたん』という酷いタイトルのその世界に、俺はサンタクロースのおっさんによって飛ばされたということだ。
おっさんよ……マジでサンタだったのか。
「ひっく……で、ゆーしゃたんが相手してくれなきゃ、うち、うち、ホントはモブ寄りのキャラだからぁ、ここで消えちゃう……そんで、どーせゆーしゃたん、うちのこと嫌いなんでしょ!? う、うわぁあぁんっ」
「あー、くそっ」
泣き出したモブピンクからクマの頭を取ると、俺は彼女の手を引いた。
「誰が嫌いって言った」
「ふぇ?」
「……正直、最初からすげえ可愛いって思ってたよ。
けど、あんな寒そうな格好だの震えたり腹痛そうな素振りだの見たら、そんな気も起きないっつの」
俺はピンク頭の髪をぽんぽん、と撫でた。
「ゆ、ゆーしゃたぁん……」
うるうると見上げるその唇に顔を近付けて――、
【はーいっ、時間切れだよぉ――☆】
おっさんのやたらと爽やかな声と共に、そこで俺の意識は途切れた。
目覚めると、元のボロアパートの煎餅布団の中にいた。
そんな、若かりし頃の俺のロンリー・クリスマスの思い出。
笑えよ。
クリスマス当日。
昼間から酒とつまみを持ってボロアパートに来た藤岡が見たのは、両膝を抱え、
「サンタの野郎……」
と部屋の隅でブツブツと呟く一人の青年だった。
「……よほど大変なんですね」
げっそりとこけた頬に目の下の濃いクマを見て、藤岡はせめて栄養をつけさせようと、鍋の材料を買いに出たのだった。