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名もなき少女の還り路  作者: 猫鈴
還と忌物
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8

 アーシャから発せられる言葉が、重く肩にのしかかる。

 耳に入る声は現実のものとは思えず、まるで他人事のようにも聞こえた。

 意味の理解はできても、本能がそれを拒否をする。


 レオや上官……それだけじゃない。

 これまで国に忠誠を誓ってきた兵士達だって同様のはずだ。


 それほどまでに告げられたものは残酷で、言葉を失うには十分なものだった。


「できる限りかいつまんで話したが、これがこの国の過去と現実だよ」


 アーシャが口にしたのはアマルドラの奴隷制度――徴用の前身となる制度だった。


 アマルドラの国土は大国に挟まれる緩衝地帯であり、国境線での争いが尽きなかった。

 しかし未来を憂う尊い国民の自己犠牲、自国への敬意と献身により侵攻を防いだと()()()()()


 犠牲と献身。

 愛国心の強い国民達の犠牲という薄氷の上に成り立つ国家。

 しかしいつかは限界が来る。

 戦死者は増え続け、兵糧は底をつき、勝ち目のない戦が続いた。

 遂にアマルドラは俗国となり、現在の至る。

 

 告げられた真実は、()()()に国民を奴隷化し、戦場に送り続けたという隠蔽された歴史だった。

 

 そしてそれは現在も脈々と受け継がれている。

 特別徴用兵とその名を変えて。


「それじゃあわたし達は……」

「自分自身で確かめるといい」


 アーシャが押し付けるように本を渡してきた。

 なんの変哲もない、古ぼけた革表紙の本。

 目を凝らすと、うっすらと【ルーカス】と記されている。


「栞を挟んである。そのページを見てごらん」

 そこには見慣れたものが描かれていた。

「……これは……徴用印?」

「違う。隷属印だ。別名は蛇輪の刻印」

「蛇輪……」

「自らの尾を喰む蛇が円環を表す。その印は古い呪法だよ」


 昨晩の出来事が過ぎる。

 嫌気が差す体調不良、じくじくと続いた鈍痛、消えた徴用印。

 思わず刻印されていた箇所を手でさすった。


「体調は?」

「おかげさまで、今はなんとも」

「気分もいいんじゃないかい」

「……さっきまではね」

「アーシャ。一ついいか」


 アディスが口を挟む。

 横目で顔を覗くと、その額には一筋の汗が流れていた。


「これだ」

 言いながらアディスが、半ば奪い取るように本を掴んだ。


「この【ルーカス】ってのは、あの胡散臭い徴印師と同じ性だよな?」

「名の知れた家系だ。古くから王族に仕える呪法師の血を引く末裔」

「勘弁してくれ。だったら俺達徴用兵は呪われてるってか? その呪いで操られてるってのか? そんなお伽話みたいなことが現実にあるわけねぇだろ!」


「あるよ」

 さも当たり前のように、アーシャが言った。

「命を賭けて忌物と戦う理由は? そこまでして国に仕える信念はどこから来ている? 仕事なら他にもあるだろう。そこまで徴用兵に固執する意味があるのか」


 耳が痛かった。

 確かにわたしは固執していた。

 徴用印という立場に。

 その地位に。


 両親を亡くし、あてのない暮らしを続けている最中、差し伸べられた手。その先には他の国民よりも優遇された生活があった。


 訓練は厳しいものだったし、任務は命懸けのものが多い。士官校では首を傾げる教えもあったが、次第にそれが当たり前のことだと考えるようになっていった。そして安定した生活と国に仕える名誉が与えられていた。


 同時に失っていた。

 大事なことを。

 そしてそれを間違いだと思わなかったし、思えなかった。


「ノア。徴用印が消えているね。心境の変化があったんじゃないかい?」

「……あったよ」

「呪法と口にすると恐ろしいが、要は洗脳の一種で、刻印はそれを最大限に発揮するためのもの。だがその効果が誰しも同じわけではない」


 心当たりがあるのか、声を荒げていたアディスも押し黙っている。

 にわかに信じ難いアーシャの言葉。

 だがこれが真実なのだろうと思わせる説得力がある。

 口調、眼差し、その全てが確信めいているのだ。


「はっ。さすがは悪名高いアマルドラだ。胡散臭いったらありゃしねえ。俺の弟はそんなくだらねえことで死んだのかよ」

「悪名高いって……」


「じゃあクソだ。とびきりのな」

 アディスの顔がみるみる赤く染まっていく。

 歯を食いしばり、強く握った拳は小さく震えている。


「その灰髪、西の出身か?」

 アーシャが目を細める。

「そこまでお見通しってか」


 肯定するアディスの言葉に耳を疑った。

 西国とアマルドラの関係は最悪と言える。

 国民同士も嫌いあい、文化や風習すらも貶し合う。


「弟が死んだか。まんまと徴印師に刻印され丸め込まれたわけだ」

「お前に何がわかる!」


 鞘に手をかけ、今にも飛び掛かりそうなアディスを必死に制止する。

 激昂するアディスの力は相当なもので、歩みを止めるだけでも精一杯だった。

 

「ちょっと待って! ここで争っても仕方ないだろ!」

「……よく落ち着いてられるな。お前だって騙されてたんだぞ。国に! アマルドラのクソッタレ共に!」

「わたしだって混乱してる! 徴用印が消えたのもそうだ! いまさら上官とレオを失った重大さに気づいたんだ!」


 今だって思い出すだけで、悲しくなる。

 自分が情けなくなる。

 だけど――。

「ここで暴れたって何にもならない。わたしは真実が知りたいんだ。だからアーシャを探してたんだ」



 

 


 

 


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