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アーシャから発せられる言葉が、重く肩にのしかかる。
耳に入る声は現実のものとは思えず、まるで他人事のようにも聞こえた。
意味の理解はできても、本能がそれを拒否をする。
レオや上官……それだけじゃない。
これまで国に忠誠を誓ってきた兵士達だって同様のはずだ。
それほどまでに告げられたものは残酷で、言葉を失うには十分なものだった。
「できる限りかいつまんで話したが、これがこの国の過去と現実だよ」
アーシャが口にしたのはアマルドラの奴隷制度――徴用の前身となる制度だった。
アマルドラの国土は大国に挟まれる緩衝地帯であり、国境線での争いが尽きなかった。
しかし未来を憂う尊い国民の自己犠牲、自国への敬意と献身により侵攻を防いだと教えられた。
犠牲と献身。
愛国心の強い国民達の犠牲という薄氷の上に成り立つ国家。
しかしいつかは限界が来る。
戦死者は増え続け、兵糧は底をつき、勝ち目のない戦が続いた。
遂にアマルドラは俗国となり、現在の至る。
告げられた真実は、強制的に国民を奴隷化し、戦場に送り続けたという隠蔽された歴史だった。
そしてそれは現在も脈々と受け継がれている。
特別徴用兵とその名を変えて。
「それじゃあわたし達は……」
「自分自身で確かめるといい」
アーシャが押し付けるように本を渡してきた。
なんの変哲もない、古ぼけた革表紙の本。
目を凝らすと、うっすらと【ルーカス】と記されている。
「栞を挟んである。そのページを見てごらん」
そこには見慣れたものが描かれていた。
「……これは……徴用印?」
「違う。隷属印だ。別名は蛇輪の刻印」
「蛇輪……」
「自らの尾を喰む蛇が円環を表す。その印は古い呪法だよ」
昨晩の出来事が過ぎる。
嫌気が差す体調不良、じくじくと続いた鈍痛、消えた徴用印。
思わず刻印されていた箇所を手でさすった。
「体調は?」
「おかげさまで、今はなんとも」
「気分もいいんじゃないかい」
「……さっきまではね」
「アーシャ。一ついいか」
アディスが口を挟む。
横目で顔を覗くと、その額には一筋の汗が流れていた。
「これだ」
言いながらアディスが、半ば奪い取るように本を掴んだ。
「この【ルーカス】ってのは、あの胡散臭い徴印師と同じ性だよな?」
「名の知れた家系だ。古くから王族に仕える呪法師の血を引く末裔」
「勘弁してくれ。だったら俺達徴用兵は呪われてるってか? その呪いで操られてるってのか? そんなお伽話みたいなことが現実にあるわけねぇだろ!」
「あるよ」
さも当たり前のように、アーシャが言った。
「命を賭けて忌物と戦う理由は? そこまでして国に仕える信念はどこから来ている? 仕事なら他にもあるだろう。そこまで徴用兵に固執する意味があるのか」
耳が痛かった。
確かにわたしは固執していた。
徴用印という立場に。
その地位に。
両親を亡くし、あてのない暮らしを続けている最中、差し伸べられた手。その先には他の国民よりも優遇された生活があった。
訓練は厳しいものだったし、任務は命懸けのものが多い。士官校では首を傾げる教えもあったが、次第にそれが当たり前のことだと考えるようになっていった。そして安定した生活と国に仕える名誉が与えられていた。
同時に失っていた。
大事なことを。
そしてそれを間違いだと思わなかったし、思えなかった。
「ノア。徴用印が消えているね。心境の変化があったんじゃないかい?」
「……あったよ」
「呪法と口にすると恐ろしいが、要は洗脳の一種で、刻印はそれを最大限に発揮するためのもの。だがその効果が誰しも同じわけではない」
心当たりがあるのか、声を荒げていたアディスも押し黙っている。
にわかに信じ難いアーシャの言葉。
だがこれが真実なのだろうと思わせる説得力がある。
口調、眼差し、その全てが確信めいているのだ。
「はっ。さすがは悪名高いアマルドラだ。胡散臭いったらありゃしねえ。俺の弟はそんなくだらねえことで死んだのかよ」
「悪名高いって……」
「じゃあクソだ。とびきりのな」
アディスの顔がみるみる赤く染まっていく。
歯を食いしばり、強く握った拳は小さく震えている。
「その灰髪、西の出身か?」
アーシャが目を細める。
「そこまでお見通しってか」
肯定するアディスの言葉に耳を疑った。
西国とアマルドラの関係は最悪と言える。
国民同士も嫌いあい、文化や風習すらも貶し合う。
「弟が死んだか。まんまと徴印師に刻印され丸め込まれたわけだ」
「お前に何がわかる!」
鞘に手をかけ、今にも飛び掛かりそうなアディスを必死に制止する。
激昂するアディスの力は相当なもので、歩みを止めるだけでも精一杯だった。
「ちょっと待って! ここで争っても仕方ないだろ!」
「……よく落ち着いてられるな。お前だって騙されてたんだぞ。国に! アマルドラのクソッタレ共に!」
「わたしだって混乱してる! 徴用印が消えたのもそうだ! いまさら上官とレオを失った重大さに気づいたんだ!」
今だって思い出すだけで、悲しくなる。
自分が情けなくなる。
だけど――。
「ここで暴れたって何にもならない。わたしは真実が知りたいんだ。だからアーシャを探してたんだ」




