第15話『私は……今回も何も出来ませんでした』
結局、黒人形の中で私が出来た事など殆ど無かった。
アマンダさんに体を貸して、返ってきてからは、アマンダさんやアマンダさんと一緒に居た子供達の心に残る傷……過去に刻まれた恐怖や憎しみを癒した事くらいだ。
それに、おそらくそれが無くてもアマンダさんは救われていた。
オーロさんと話をしたのが良かったのかもしれない。
「……」
私は丘の上に簡単なお墓を作り、そこで祈りを捧げながらアマンダさんの魂が少しでも救われる事を祈る。
そして、この街に生きていた人たちが、いつまでも穏やかな静寂の中にある事を願う。
「さて、そろそろ行くか」
「もう良いんですか? オーロさん」
「あぁ。十分に話は出来たよ」
「でも……」
私はどこか寂しそうな顔でお墓を見つめるオーロさんに何か言おうと考えたが、結局何も思いつかず黙ってしまった。
「アマンダもこれでようやく落ち着ける。あの子達もな。お前のお陰だ、ミラ」
「私は……今回も何も出来ませんでした」
「んな事はない。俺じゃアマンダの傷は癒せなかったよ。ありがとうな。ミラ」
「……はい」
私は頷きながら、消える時のアマンダさんを思い出す。
晴れやかで、綺麗で、とても可愛らしい人だった。
「っ! オーロさん! 私、実は蘇生魔術の構築式を全て覚えているんです! あの場所の物は消えてしまいましたが、儀式を行えば、また……むぎゅ!」
「ミラ」
「は、はひ」
「アマンダ達はそれを望んでいない。寝ている所を起こしたら可哀想だろう?」
「で、ですが……」
「それに、俺だっていつかは向こうへ逝くんだ。アマンダも待っていてくれるというし、今無理をする必要は無い。やる事もあるしな」
私はやや乱暴に頭を撫でられながら頷き、む―と口を尖らせた。
しかし、そんな私にオーロさんは苦笑するばかりで、また会いたいという様な話は無いのだった。
「ふむ」
「どうした? 瞬」
「いや。先ほどアマンダが待っていると言っていただろう?」
「あぁ。言ったな」
「ならば、全てが終わって、まだその時まで時間がありそうなら死者の国へ行くのも面白いかと思ってな」
「「死者の国?」」
シュンさんが言った言葉に私とオーロさんの声が重なり、風通しのいい丘で響く。
「そうだ。ヤマトに伝わる話でな。深い森の奥に『死者の国』と呼ばれる場所があるらしい。そこでは死者と言葉をかわし、触れ合う事も出来るとか」
「それは凄い! 是非行きましょう! ね? ね!? オーロさん!」
「落ち着け」
私は再び頭の上から押さえつけられ、強制的に黙る事になった。
そして、オーロさんは特に気にした様子も見せず、シュンさんへ言葉を返す。
「まぁどちらにせよ。全てが終わった後だ。まだ俺達にはやる事があるからな。そうだろう? 瞬。ミラ」
「あぁ、そうだな」
「……確かに闇神教の人たちは止めなければいけないですからね」
私はルーナさん、天霧宗謙、アダラードの三人を思い浮かべながら頷いた。
ルーナさんはミクさんに捕まったけど、二人はまだ捕まっていない。
「オーロ、ミラ」
「どうした? 瞬」
「はい。なんでしょうか」
「ヤマトへ、行ってみるか」
その言葉に、私は驚いてシュンさんを見た。
だって、ヤマトは……。
「良いのか? ヤマトは親交のない人間を受け入れる国では無いだろう」
「まぁ、確かにな」
「それに、俺はヤマトで暴れたし、ミラだって逃亡中の聖女様だぞ」
「……まぁ、問題は無いだろう。ヤマトは国連には加盟していないし、巫女様も非常に寛大な御方だ」
シュンさんが私たちから目を逸らし、空を見ながら放った言葉に、私もオーロさんもジトっとした目を向ける。
しかし、シュンさんは私たちの視線を気にした様子も見せず、フッと笑った。
「いざとなれば侵入するという手もあるからな」
「何がイザだ。お前にとっては母国だろうが、お前が何とか出来ないのか? ヤマトの守護刀十二刀衆と言えば、国の中枢に関わる人間だろう? しかもお前はそれの二番手だ」
「まぁ、それはそうなんだがな」
「なんだ。お前にしては歯切れが悪いな。瞬」
「いや。俺は人斬りとして国内ではあまりよく思われていなくてな。発言力もそれほど高くはないんだ。だから……」
「なんですか! その話は!!」
私は怒り、声を上げた。
シュンさんは、最初こそ怖い人の様に思えていたが、実際に話せば不器用ながらいい人なのだという事がわかる。
すぐにわかる。
異国の人間である私だってすぐに分かったのに、シュンさんと同じ国に住んでいる人たちがシュンさんの事を誤解したままだなんて!!
そんなのおかしい!!
「オーロさん! 私、ヤマトに行きたいです!! 行って、シュンさんへの誤解を何とかします!!」
「……まぁ、俺は構わないが」
私の言葉にオーロさんはやや戸惑いながら、シュンさんを見て視線で問いかける。
そして、シュンさんは何故か私を見て苦笑しながら頷いた。
「そうだな。元々誘ったのは俺だ。受け入れよう」
「え? どういう事ですか?」
「まぁ、ミラの暴走は出来る限り止めてやる。出来る限り……だがな」
「オーロさん!?」
「助かるよ。オーロ」
「シュンさん! どういう意味ですか! それは!!」
「気にするな。これからも長い付き合いになるだろうからな」
「オーロさん! シュンさん! 答えてください! 二人とも!」
私は笑いながら歩き始めた二人を追って、丘から歩き始めながら右手を振り上げた。
何か酷い誤解がされていると。
『ふふ』
しかし、不意に後ろから声が聞こえ私は振り返った。
そこには薄く、今にも消えてしまいそうな姿の女性が一人……。
『ミラさん。ありがとうございます。それと、オーロさんのこと、お願いしますね』
両手を胸元で握り、祈る様に微笑むその人に私は思わず手を伸ばそうとした。
「ミラ! 何やってんだ!」
「あ、いえ! 待って下さい! ここに……」
アマンダさんが居て。と言おうとして振り返ったが、そこにはもう誰も居なかった。
幻だったのだろうか。
いや、違う。
だって、アマンダさんは黒人形の中で会った時とは違って、酷く安らいでいる顔をしていたのだから。
あれが幻の訳がない。
そうだ。だって、アマンダさんはちゃんと暗闇の中から光の世界に来たのだから。
「ミラ!?」
「待って下さい! 今行きます!」
私はサルヴァーラの街に別れを告げて走り出した。
「そういえば、お前。セオドラーに連絡しなくて大丈夫なのか?」
「え?」
「本来なら俺たちはセオストに向かうはずだっただろう? 向こうで待ってるんじゃないのか?」
「あ!!」
私は急いで通信機を取り出してセオ殿下に連絡を取るのだった。
「テステス。テステス。こちらメイラーのミラですが……セオ殿下は」
『ミラ!! 今どこにいる!?』
「えー。今はサルヴァーラの街を少し外れた所ですね」
『やはり聞き間違いでは無かったのか! サルヴァーラの街と言ったな。サルヴァーラの街は既に流行病で滅んでいる街だろう! そんな所に何の用だ! 何か歴史的な文献でもあったのか? だとしてももしまだ病気が残っていたらどうするんだ! そういう時は……』
セオ殿下のお説教を聞きながら、私は愛する人が今だこの世界に存在している事に幸せを感じてオーロさんやシュンさんと一緒に並んで歩くのだった。
新たな目的地ヤマトを目指して。




