代わりの者
目の前に晶がいる。
本物だ。
可愛い。
目が離せずにいると、朋樹に肩を叩かれて我に返った。
「陽一、いい加減にしろよ」
気持ちはわかるけど、とふてくされた顔をしている。
「こうしている間にも兄上は鳥居を破壊しているかもしれん。すぐに分かれよう」
佐之尊が言ったとき、待たれよ、と声がして、一同は立ち止まった。
聞き覚えのある声。
「赤猪子さん?」
隣を見ると、晶も頷いた。
すると、部屋の中にスーッと人が現れた。
巫女装束姿の赤猪子だった。
「赤猪子!」
「姫様、ようやく地球に参られたのですな」
「うむ。母上に頼まれたのじゃ」
「頼まれなくても、姫様はご自分の意思で来られたろうの。事情はわかっております。お兄上が復活されたのであろう」
「どこまで知っておるのじゃ」
「わしの情報も皆と似たり寄ったりじゃ。ただ、これからは、覚悟をせぬと大事になります。わしが参ったのは、そのことを早く伝えるためじゃ」
「覚悟とな?」
佐之尊が首を傾げる。
「赤猪子どのが手伝ってくだされば、百人力ではないか」
「殿下、ことは容易ではないのじゃ。これからは、慎重に動かねば大変なことになります」
そう言って朋樹を見た。
「朋樹、そなたはここまでじゃ」
「えっ? な、なななんでだよー」
急にふられて朋樹は、泣きそうな顔になる。
「そなたには酷な話でわしも申し訳ないと思っておる」
「事情を説明してくださいよ。このままじゃ、納得できません」
「赤猪子、なぜじゃ?」
「姫はご存知ないのも無理はありません。今やこの地球は安寧の地ではないのです。もし、陽一殿と朋樹が、その姿で事件が起きた場所をうろついていたら、すぐさま、牢屋に入れられるであろう」
「あっ! カメラか!」
朋樹が叫んだ。
今やどこにでもカメラが設置され、監視されている時代だ。
「さよう。うかつに動くと犯人にされかねぬ」
「確かに……」
薙が唸った。
「赤猪子どのの言う通りだ。月から来たものたちなら、地上に我々の個人データは存在しない。しかし、陽一と朋樹は違う。住民票があるかぎり、すぐに警察がここへやって来るだろうな」
「陽一……」
晶が不安そうな顔をした。
「大丈夫だよ、晶。俺はもう決めているんだ。晶と会えなくなってから、この先のこと考えていた。俺、月に行く。晶と離れない。ずっと一緒に生きるって決めたんだ。だから」
陽一は、赤猪子にを見た。
「赤猪子さん、あとから俺も聞いたんだけど、俺の身代わりでみんなを騙したんでしょ。きっと、それを作ってくれるんだよな。俺は晶とみんなで流依という子どもを探す」
騙すとは人聞きの悪い、と赤猪子はぶつくさ言ったが、そうするつもりだったのだろう、こくりと頷いた。
すると、朋樹が叫んだ。
「僕もやる。みんなの役に立ちたい!」
「朋樹……」
朋樹の気持ちは痛いほどよく分かる。
子供の頃からずっと、うぐいす姫に夢中だったのだ。
今までも共に行動してきたのに。
しかし、赤猪子は首を振った。
「ダメじゃ朋樹。申し訳ないが、お主はあまりにも危うい」
「どうしてっ?」
「これからは電子機器も使えぬ。全てが監視の対象なのじゃ」
がっくりする朋樹を見て、陽一はあまりにもかわいそうに見えた。
重苦しい空気が部屋を取り巻いている。
赤猪子の言い分は最もだった。
朋樹はうなだれていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「邪魔しないから。絶対にばれないようにするから」
薙と佐之尊も何も言わなかった。
「何かよい手はないかの」
晶も考え込む。
陽一も必死で考えてみたが、思い付かなかった。
すると、
「ごめん!」
朋樹が口を噛み締めて叫んだ。
「みんな、ごめんっ。僕のわがままだった。大切な時間なのに。わかったから。僕はここまでにする。よけいなことはしない。でも、もし、何か困ったことがあったら相談してよ。少しでも役に立ちたいって気持ちは変わらないから」
朋樹の目が赤い。
「かたじけない」
晶が、朋樹の手を取ってお礼を言った。
朋樹は、今にも泣きそうな顔で我慢していた。
「では」
赤猪子がその場の空気を払拭するように、毅然とすると、袂から、白い人形の紙を取り出した。
赤猪子は指先で、白い紙にサラサラと文字を書いた。すると、陽一の名前と年齢と性別が浮き出てきた。
人形を宙に投げると、それが陽一の姿になった。
朋樹がびっくりして、尻餅をつく。
陽一も自分と同じ姿を見て、唖然と口を開けた。
陽一の姿の人形は、その場に大人しく座り込んだ。
「俺にそっくりだ」
「そっくりではない。これは、陽一どの、そのものじゃ。さて、次は陽一どのを別の人間にせねばならん」
薙はあごに手を当てて、陽一を眺めた。
「この地球上では存在しない男だな。佐之、お主誰かおらんか?」
「そうだな。ほれ、あれがいい。俺よりずっとあとに神にさせられたやつがおる。あやつは、レアンではなかった。軽ノ太子だ」
「太子か。いいかもしれんな」
赤猪子も知っているのか、頷いた。
「賢い男であったが、嘘をつけぬ真面目なやつで、妹と共に自害してソースに戻った。やつは、地上にはおらぬから太子にしよう」
聞いたこともない名前で、陽一は戸惑った。
「あ、あの。どうすればその人になれるんですか?」
「軽ノ太子はソースに戻っておるから、呼び掛けに応えるやもしれん。直接、本人に姿を作ってもらうといい」
「は?」
意味がよくわからない、と思っていると、赤猪子が目を閉じて、深く深呼吸をした。
静かに息を吐きながら呼吸していると、じょじょに姿が変わり、若い巫女姿に変身した。
そして、目を開いた。
なんだかぼんやりした顔つきである。
何度か目を瞬たかせると、あたりをキョロキョロ見てから、陽一に目を止めた。
「君がよういちか。彼女からはなしは聞いたよ」
にっこりと笑って、陽一の手を握った。
「なんだか面白いことになっているんだね。私の外見でよければ自由に使うといい」
陽一は、握られた手のひらから強いエネルギーを感じ、それから、体が燃えるように熱くなった。
少し痛いような感覚に目をぎゅっとつむって、次に目を開くと、目線が今までよりも高くなり、体つきが変わったのにきづいた。
手のひらを見ると、自分のより大きい気がした。
「イケメンじゃん……」
朋樹がぼやく。
「晶……」
心配になって、晶を見ると、
「心配するな。わしは、陽一の本当の姿の方が好みじゃ」
とクスクス笑って言った。
鏡で見ると、全く見たこともない、しかも、髪の毛の色が薄い茶色の別人が映っていた。
「太子の血には、大陸からの移民の血も混ざっていたのだな。目の色も茶色だ」
佐之尊がまじまじと見つめてくる。
「これなら、ばれないな」
「あの、元に戻るにはどうしたらいいですか?」
「ん?」
陽一の質問に薙が答えた。
「練習しろ。この物質世界は素粒子でできている。その姿をしっかりと把握して、自由に変身できるようにしたらいいだけさ」
か、簡単に言うけど。
と、陽一は焦った。
この姿に変えてくれたのは、軽ノ太子のおかげなのだ。
軽ノ太子はそのままソースに戻ったらしく、赤猪子に代わり、しばらくはわしが手助けしよう、と言ってくれて、陽一は胸を撫でおろした。
「では、これでようやく動けるな」
晶が言った。
「佐之尊と俺は個人で動く。晶と赤猪子どのと陽一は3人で動け」
薙が言った。
「何かあればすぐに報告する」
言うなり、薙の姿が消えた。
佐之尊も体を起こし、
「陽一くん、2人を頼んだぞ」
と言って消えた。
あとに残った四人は顔を見合わせた。
「さて、では参ろう」
当然のように、晶と赤猪子が中心になる。
太子の姿になった陽一は、自分もしっかりして、晶を守ると心に誓った。
「陽一、晶ちゃんを頼んだからね」
「ああ」
自分の声が別の人間だ。
低い大人びた声に戸惑いながらもすぐに慣れるさ、と言い聞かせた。
座ったままのおとなしい陽一。
急いでも仕方ないってわかっているけど、自分の姿に戻るためにも、時間は待ってくれない。
地球で何が起きているのか。
見極める時期がきているのだ。
陽一はさらに気を引き締めた。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
こちらの作品は、2024年よりカクヨム様にて推敲しなおして、再度連載を始めました。
まだ、なろう様の方の部分の方がかなり進んでいるのですが、もし、ご興味がありましたら、カクヨム様にて読んでいただけると幸いです。
ありがとうございました。




